異世界寄席

逆霧@ファンタジア文庫よりデビュー

第1話

 えー、最近巷では異世界物ってのが流行ってるそうで。なぜだか落語の世界でもそんなのがあったりなかったりするんですわな。え? どっちだって? まあ、こんな話で。


 ある日の夕刻の事ですな。熊さんが仕事から帰ってくると、長屋の前の井戸で八っつあんが酒瓶片手にフラフラしていたんだ。


「どうした八っつあん、もうこんな時間からやってるのか?」

「いや、ちょっとこれはね、昼に少しばかりいい酒を貰えたもんで飲んでいたんだがね、だいぶいい気分になっちまってね、明日の分を取っておこうと思って今日はこれで封してお終いなんさ」

「おいおいおいおいおい。じゃあ何か?お前さんは1人でその酒を楽しもうって事か?」

「そりゃあ普通の酒ならみんなで分け合うのも良いとおもうがね。これはちょっと、良すぎる酒だからな」

「なんだよ。それはがっかりって言うレベルじゃねえぞ? おい。それでもお前さんは職人の端くれか?」

「おい熊さんよお、職人と酒と何が関係あるっていうんだ」

「江戸の職人ってのはなあ。宵越しの金と酒は残さないってのが粋なんじゃねえか。それをだよ、ちょっとばかり程度のいい酒だからって、ちびりちびりと1人で楽しもうって、それは駄目だよ」

「うーん。そうか、粋じゃねえか」

「そうだよ、全く粋じゃねえ」

「うーん。よし、解った。そこまで言うなら今日は飲もう。肴はあるか?」

「お、そうこなくっちゃな。ちょうど今しがた家で食おうと思って買った鰻があるんだ」

「ほう、鰻かあそれは良いね。酒も旨くならあ」


 そんな感じで熊さんの長屋で2人は酒盛りを始めたんですわ。これが旨い酒でね。熊さんも八っつあんもだいぶいい気持ちになっちまってね。すすむすすむ、あっという間に酒瓶は空になってしまった。八っつあんは昼から飲んでいたからねもう充分とばかりに畳みにデーンと寝てしまいやがって。熊さんはもうちょっと何とかならねえかなと、また長屋の井戸辺りに行ってみたんですよ。

 まあ、そんないい具合に酒をぶら下げた人間がいるわけ無いんですがね。

 そしたらですな。井戸の中からパーっと光が溢れ出し。熊さんは、シューっと光の中に吸い込まれてしまったですわ。


 熊さんが気が付くと、周りは石の壁に石の床、足元には赤い敷物が敷かれていてそれが壇上のなんだか偉そうなオッサンのところまで続いている。江戸の町ってのは木の柱に土の壁って決まっているんですな、熊さんは見たことも無い建物に目をパチクリさせていた。


 するとそのオッサンが偉そうに話しかけてくるんだ。


「良くぞ参った、異界より招かれた勇者よ」

「ん? 勇者? あっしの事かい? あっしは熊五郎ってんだ。勇者なんて名前じゃねえよ。あんたは誰だい?」


 突然王様にタメ口で話しかけるもんだから回りの兵隊たちは色めき立つ。当の熊さんはいい感じに酔っ払ってるからそんなこと構いもしない。

 だけども王様ってのは人の上に立つ懐の大きい人間だから、そんな事は全く気にしないんだね。


「わしは、この国の王様だ」

「なんだい王様ってのは、お殿様の親戚けえ?」

「お殿様というのは解らないが、きっとその指摘であってるだろう」


 寛大な王様の対応もあってか、周りはようやく落ち着きを取り戻し始める。そうすっと次に王様は熊さんに頼みごとを持ちかけてきたんだな。


「是非とも勇者殿には魔王を退治して頂きたい」

「おいおいおい、こちとら大工よ? 出来ることって言えば家を作ることくらいなもんだ。何を言ってるんだこのお殿様は」


 こちらの当惑は何処行ったもんでね、王様ってえお殿様の話はどんどん進んでいくんだよ。まるで断るのを許さねえって勢いで。そのうち、レベルを上げろと言われる。

 そのレベルってのはないんだい? そう聞くと、修行して強くなることだといわれる。


 しかしこの熊さん、生まれ出る頃より修行というものが大の苦手で、大工の職ですら修行をしないで始めるくらいなもんで。嫌だ嫌だと散々ごねますがね、魔物をいっぺえ狩れば勝手に強くなると言われ、城から放り出されたんですわ。


 それから二ヶ月ほど経ったある日、熊さんはいつものように酔っ払って千鳥足で帰って来る。それを聞いて王様は魔王をやったかと喜んで迎えたんですわ。


 王様は、いつものように高いところに座ってこっちを見下ろして話しかけてくる。


「して熊五郎、旅に出て二ヶ月経ったがどうだった」

「へい殿様。この国には沢山の魔物がいるようで」

「そうだな、魔王が蔓延る世には魔物も数多く出る。身近なところだとゴブリンか」

「ゴブリン。あの小さくて緑の小鬼のことだね、あれはいけねえ」

「何がいけないんだ?」

「あっしは緑が苦手なんですわ。ピーマン、きゅうり、メロン、ゴブリン、緑のものはとてもじゃないけど受付ねえ」

「まあ人にはどうしても苦手な物はあるからな仕方ない。それではコボルトはどうだ?」

「コボルトですか? あの犬の顔した人間だね。あれも駄目だ。」

「いったい何が駄目なんだ?」

「あっしの住んでいた世界には、生類憐みの令という決まりがあるんでさ。犬や猫は決して殺してはならないって言われて育ったんですわ」

「なるほど、お前の世界の習わしで決まっているものであれば無理強いは出来ぬな。それではオークはどうだ」

「オークですか。豚の魔物だね。あれも駄目だ」

「なんだ、駄目なものばかりじゃないか、理由はなんだ?」

「あのオークという魔物を見てると、江戸に残してきた女房を思い出しちまうんだ」

「それは……まあ仕方ないというか。まあよい、結局のところ魔王はどうした?」

「はい、いましたよ、魔王」

「おお、居たか、してどうじゃった?」

「それがですな、どうやら魔王は下戸なのか酒が苦手なようで」

「ほほう、酒で酔わして退治したというわけじゃな」

「いや、酒くせえのは駄目だから別の勇者をよこしてくれっていわれて追い出されちまいました」




 お後がよろしいようで。

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