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自分の指先が鍵盤を叩いている。
その光景が妙に俯瞰できてしまって、漠然と『上手だな』なんて思ってる。
わくわくする。こんなの初めてだ。
いや、初めてではないのかもしれない。物心がついて両親が居ない現実を理解できた頃には、ピアノは憎悪の対象で、苦しみながらいやいや弾くのが普通だったから忘れていただけで、本当は知ってたんじゃないかな。
ピアノが楽しい、って。
「はい、1曲目はいかがだったでしょうか」
いつの間にか曲が終わっていて、湊さんが話し始めていた。都合よく身体は勝手に動いてくれて、いつもの猫背で次の合図を待つ。早くして欲しくて、湊さんを何度かちらちら見るけれど湊さんはあくまでも仕事なので真面目に講師に徹していた。どうしてこの仕事を志したのかとか、主な仕事内容とか、あと仕事の中で大変な事とかを世間話みたいにつらつら話す。飾り気のない姿が、尊かった。
「2曲目は、多分知ってる人多いんじゃないかな」
おもむろに湊さんが曲の出だしを弾き始めた。私も音を抑えて、合わせていく。低いのに、どこか丸みを帯びた音がよく響く。綺麗に共鳴し合って、美しい余韻を残して曲は終わる。また湊さんが喋ると思ったので手を下ろそうとしたけれど、湊さんはマイクを構えることなく3曲目を弾き始めた。目配せも合図もない、独走していく曲。メロディラインを私は知っている、けれど不思議だ。曲そのものがまるで別物だった。
気後れしそうなまでに上品で高貴で、思っていたように曲が進まなくてどうしていいかわからなかった。小さな音で、申し訳程度にピアノを弾く。今この曲は、湊さん一人で完成している。私はいらないみたいで、つまらなかった。
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