19
澄み渡る晴天に、黒髪が舞う。どこからかやってきた風に、彼女の細い体が揺れた。
目を疑った。こんな偶然あるんだと、思わされる。
そこにあるのは、探していた女性の姿。白いサマーニットにフレアのスカート。格好は違えど生身の人は、記憶そのままだった。
「あ、あの…」
細身をねじり、彼女がこちらを向く。メタルフレームの奥で切れ長の目を細めて、微笑みを私に向けてくれる。
「わあ、偶然だね。こんにちは」
何も驚いてやしない顔で彼女が言う。私は、こんなにもびっくりしたのに。喉が鳴り、言葉があふれ出しそうになる。様々な感情の中から本当に言いたいことを、抽出して、研磨して、舌にのせる。
「会いたかった、です」
その言葉の方が驚きだったようで、彼女の表情がかすかに動き、非常に愛らしく身じろいだ。照れとかそんな甘い様子でなくて、むしろ引いているような気がする。
あれ、気持ち悪かったかな。後になって、心配になる。
「傘とかハンカチとか返したくて。名前も聞いてなかったし。だから、会いたかったんです」
間違っていないけど、こんな事が言いたいんじゃない。彼女の褒めてくれた"素直"を守りたかったのに。
「いいのよ。あげたつもりだったもの」
「そんな、貰えませんよ」
本当は欲しくてたまらないけど。
「あげたいからあげたの。貰って?」
一気に彼女のご尊顔が目前に近づいて、生唾を飲んだ。目を逸らせない。顔が綺麗なのも、あるけどなんだか逸らしてはダメだと本能が言ってる。
「やっぱり、真っ直ぐだね」
ふわりと笑って顔を離す。心臓がどくどく鳴ったまま元の脈に戻らない。
「ね、じゃあハンカチと傘のお礼に、一個頼み事きいてくれない?」
手を握られて、また脈拍が加速する。全身が心臓になって、単純な生き物になってしまった気分。思考がまともに働かない。
「なんでもやります」
つくづく馬鹿だと思う。
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