16

夕飯の支度を済ませた頃、疲れきったお姉ちゃんが帰ってきた。くたびれたお姉ちゃんが、玄関先で折り畳み傘の水滴を撒き散らしながら不機嫌そうに「ただいま」を言う。

今日はこっちか。

私は作り笑いを顔面に貼り付けて、お姉ちゃんを迎える。お姉ちゃんは私に目もくれず、豪快な足取りでリビングに引っ込んでいった。私の中で、何かがパラパラ剥がれ落ちるのを感じる。内側から、怒と哀が溢れ出しそうだ。いつも通りの私らしくを繕った。

「お姉ちゃん、先にお風呂入ったほうが…」

リビングを覗くと、お姉ちゃんはソファーの上で溶け始めていた。まるで鏡でも見ている気分になる。帰って初めにやる事がそのまま同じだなんて。

「言わなくていい。ほっといて、好きにさせて」

今でも十分好き勝手にやっているだろうに、喉元まで出かかった悪態を飲み込んだ。注意する大人がいないと、人はどこまででも堕ちれる。それを誰よりも身近に感じているから、私は反面教師にして注意深く日々を送っている。こうは、なりたくない。もうなりかけている、という事は棚に上げて私はお姉ちゃんに背を向けた。

本当は、お姉ちゃんが動いてくれないと進まない物事はいくらでもある。家族として、家事を担うものとして言いたいことは山ほどある。

けど、言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る