12
その後、彼女は傘とハンカチを押し付けて、有無を言わさず去っていった。
放心していた私が、彼女の名前を聞きそびれたことに気づいたのは、姿が見えなくなってからの事だった。なんとも間抜け。すくえない自分に呆れながら、とぼとぼとライブハウスに戻るのであった。
とっくにライブも終わってがらんとした店内で、待ち構えていたいっちんにしこたま怒られた。H.OYの演奏中に席を外していたことも、客席に降りて混乱を招いたことも、更にはヨレヨレのTシャツを着ていることまで責められた。もう何を言っても怒りそうなので黙っていた。最後に
「ただでさえあんたは他バンドから印象悪いんだからこれ以上自分で下げないで」
と、心配されているのか馬鹿にされているのかわからない小言で説教は終わった。ずっと脇で様子を伺っていたあわこが、この後の打ち上げへの参加を飄々と聞いてきたけど、着替えもないし明日は普通に学校なので行かないと答えた。
大人達に紛れて打ち上げに向かう二人と別れたのは、9時をとっくに過ぎてからだった。
勢いを増す雨足に、私は早足で対抗した。
雨は不安を誘う。ライブ終わりの耳鳴りがあると特に。けど、今日は違う。だって、特別に出会えたから。ふわふわした気持ちが腹の底から膨れ上がって、鈴蘭の香りを連れてきた。
「あ…」
それは、不格好に弾けて消えた。
家の入口前に立って、初めて思い出す。
今日は厄日だった、と。
目の前で引き戸が、勢いよく開いた。
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