10
最後の曲。
『深淵より愛をこめて』
これは、とあるアイドル歌手の曲。
ギターソロで始まる、爽やかさのある澄んだメロディーライン。今までのどの曲よりも美しくギターが鳴る。
ノスタルジックな雰囲気が、ベースとドラムが入る事で一気にロックと化す。徐々に上がるテンポに、観客も盛り上がっていく。
オリジナルは、たった一人マイク一本でこの歌をうたった。澄ましていて、綺麗で、落ち着いていて。それだけで、人々は彼女に夢中になった。けど、同じ曲でも私達の演奏は全然違う。めいいっぱいのかっこよさと、ロックな魂を込める。
張り上げた声は、ちっとも綺麗じゃない。透き通った歌声とは反対側の、人間らしい肉の詰まった叫びみたいな歌声。
これは、愛の歌。
オリジナルが無垢な無償の愛ならば、私のは強欲で縋り付くような愛。
喉が嗄れたのは、明らかだった。痛いし、もう声も掠れてる。
人気曲だからか、観客はここぞとばかりに、拳を突き上げて曲を心から楽しんでいる。伝わってくるのは、この会場中の熱気。
髪を振り乱すと、汗も一緒に飛び散る。
楽しい。
これが、高揚感なんだ。
「ありがとーございました!!」
痛い喉から、今の全力を絞り出した。
感極まって、少し早まってギターの音がぶち切れた。それを厭わずに、勢いよく頭を下げる。
沢山の感情が一気に押し寄せてきて、満面の笑みで顔を上げた。
瞬間、時が止まったような気がした。たまたま目に留まったその人に、私は釘付けになった。20人程の見慣れた観客の中で、一際目立つ1人の女性。
涼やかな目元に、メタルフレームの丸メガネ。さらりと流れる黒髪が、自身の腰までのびている、古風な雰囲気がよく似合っている。
初めて見る人だった。
「あ………綺麗」
無意識に発したその言葉に、自分で驚いた。
あわこに呼ばれ、急いでステージ横に捌けていく。ちらりと横目で彼女を確認すると、ちょうど出口を抜けるところだった。
追わなきゃ
空っぽの脳に響く、どこまでも真っ直ぐな思い。ギターをステージにほっぽって、消えゆく彼女の姿を追いかけた。無心でステージを飛び降りる。騒ぐ観客にもみくちゃにされながら、やっとの思いで出口に辿り着いた。
「ちょっと日生?!」
後方でいっちんの叫ぶ声がした。
「ごめん!!いっちん、あわこ」
謝罪が聞こえたかはわからない。けれど、気にせずただ目の前の扉を押し開けた。
ふわりと、雨の匂いに混ざって鈴蘭の香りがした。
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