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三組分、それぞれの素晴らしい演奏を目の当たりにして、完全に私は臆していた。
前のバンドの最後の曲が始まる。
舞台袖に立った今、退けないことはわかっている。なのに、膝が笑っていけない。
「日生!!」
「ニッキー!!」
目の前で二人が笑っている。裏切れない。
ぶらさがっているならそれらしく、精一杯やらなくてはいけないのに。また、迷惑をかけるのか私は。おかしな自分が、またここに来て顔を出した。
「勝ち負けはないから、気楽にやろ」
あわこが手を握る。綺麗な白い肌なのに、掌はゴツゴツのまめができている。こんなにも努力したあわこのドラム演奏を、台無しにするのか。
駄目だ。
絶対そんなことできない。いや、しちゃいけない。
グッ、と首に巻いた赤いリボンチョーカーを結び直す。膝を思いきり叩いて、自分を奮い立たせた。
「笑えよ、日生」
いっちんが頬をつねってくる。無理矢理にでも笑えた。ギターのストラップをかけ直す。「"Meltmeter"でしたー!ありがとうございました!」
前のバンドが捌けていくのを見届けて、私は大きく深呼吸する。
「行こっか!」
心からの笑顔を二人に贈る。
意を決して、ステージへと躍り出る。演奏の準備をして、二人からの合図を待った。
目線の先に、見知った顔がいくつかいる。H.OYのライブで見た人々は二十人位。それに紛れる知らない顔。
全員、私達に惚れさせてやろう。それぐらいの気持ちで、まだら模様のピックを握り締めた。
二人の音が消える。後ろを見ると、いっちんとあわこが頷いてみせた。それを返して、前を向く。
「"りちぇっとはうす"です!どうぞ覚えて帰ってください!!!!」
腹からの声を響かせる。
あわこがバチを三回鳴らす。
『群青崇拝』
ギターも歌も、拙いなりに全力で表現してみせる。一番のサビは、人格である自分が才能への疎ましさを生々しく唄う。二番は全体的に才能の自分が楽しげに飛び回る。
まるで二人の人がやり取りをするような歌詞。でもこれは一人の話。だから声色は変えずに、感情を私の中で作る。
そして最後は、『ああ、どうぞ捨ておいて』脱力したように、諦めた感じで。
それにギターも合わせていく。
ストーリーが伝わるように、私は曲に感情を持たせる。これが、私の唯一の個性。
一曲目の切ない終わり方に、観客は拍手をくれる。望んでた称えられ方。気持ちが上がってきた。
「次、『スピカ』って曲やりまーす!」
『スピカ』
これもオリジナル曲。いっちんが先に曲を作って、それにあわこが歌詞をつけた。だからか曲の印象が強い。ギターソロがあって、声を伸ばす所が多い。歌っていて気持ちがいい。曲は全体を通して沈むところが一切なく、ずっと盛り上がっている。二人の高いクオリティに、私は食らいついていく。汗が滲む。焦るし、大変だけど失敗は恐れてない。ただ、楽しい。
最後の節は、きらきら星を少しアレンジした曲調。だから、思いきり可愛らしく演奏する。綺麗に弾けた音は、一際大きく響く。惜しくも、どんどん細くなって消えていく。
ああ、もう最後の曲だ。
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