9

三組分、それぞれの素晴らしい演奏を目の当たりにして、完全に私は臆していた。

前のバンドの最後の曲が始まる。

舞台袖に立った今、退けないことはわかっている。なのに、膝が笑っていけない。

「日生!!」

「ニッキー!!」

目の前で二人が笑っている。裏切れない。

ぶらさがっているならそれらしく、精一杯やらなくてはいけないのに。また、迷惑をかけるのか私は。おかしな自分が、またここに来て顔を出した。

「勝ち負けはないから、気楽にやろ」

あわこが手を握る。綺麗な白い肌なのに、掌はゴツゴツのまめができている。こんなにも努力したあわこのドラム演奏を、台無しにするのか。

駄目だ。

絶対そんなことできない。いや、しちゃいけない。

グッ、と首に巻いた赤いリボンチョーカーを結び直す。膝を思いきり叩いて、自分を奮い立たせた。

「笑えよ、日生」

いっちんが頬をつねってくる。無理矢理にでも笑えた。ギターのストラップをかけ直す。「"Meltmeter"でしたー!ありがとうございました!」

前のバンドが捌けていくのを見届けて、私は大きく深呼吸する。

「行こっか!」

心からの笑顔を二人に贈る。

意を決して、ステージへと躍り出る。演奏の準備をして、二人からの合図を待った。

目線の先に、見知った顔がいくつかいる。H.OYのライブで見た人々は二十人位。それに紛れる知らない顔。

全員、私達に惚れさせてやろう。それぐらいの気持ちで、まだら模様のピックを握り締めた。

二人の音が消える。後ろを見ると、いっちんとあわこが頷いてみせた。それを返して、前を向く。

「"りちぇっとはうす"です!どうぞ覚えて帰ってください!!!!」

腹からの声を響かせる。

あわこがバチを三回鳴らす。

『群青崇拝』

ギターも歌も、拙いなりに全力で表現してみせる。一番のサビは、人格である自分が才能への疎ましさを生々しく唄う。二番は全体的に才能の自分が楽しげに飛び回る。

まるで二人の人がやり取りをするような歌詞。でもこれは一人の話。だから声色は変えずに、感情を私の中で作る。

そして最後は、『ああ、どうぞ捨ておいて』脱力したように、諦めた感じで。

それにギターも合わせていく。

ストーリーが伝わるように、私は曲に感情を持たせる。これが、私の唯一の個性。

一曲目の切ない終わり方に、観客は拍手をくれる。望んでた称えられ方。気持ちが上がってきた。

「次、『スピカ』って曲やりまーす!」

『スピカ』

これもオリジナル曲。いっちんが先に曲を作って、それにあわこが歌詞をつけた。だからか曲の印象が強い。ギターソロがあって、声を伸ばす所が多い。歌っていて気持ちがいい。曲は全体を通して沈むところが一切なく、ずっと盛り上がっている。二人の高いクオリティに、私は食らいついていく。汗が滲む。焦るし、大変だけど失敗は恐れてない。ただ、楽しい。

最後の節は、きらきら星を少しアレンジした曲調。だから、思いきり可愛らしく演奏する。綺麗に弾けた音は、一際大きく響く。惜しくも、どんどん細くなって消えていく。

ああ、もう最後の曲だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る