7
本番までの数時間を、軽くご飯を食べながらミーティングしよう、と話がまとまったので私たちはライブハウスを出た。
怪しいと思っていた空は、案の定雨を連れてきていた。アスファルトにどんどん水玉模様を広げている。家を出る前に気づいて持ってきていた折り畳み傘は、さっきギターケースの外ポケットに入れてそのままだった。
いっちん達に一言理って、私はライブハウスに引き返した。
ドアを開けると次のバンドの演奏が始まっていて、音圧で最初仰け反った。当たり前だけど、自分達の演奏とは全く違う。迫力も奏法も何より曲が。年季が違うのだろうか。
今演奏しているのは、私達が今回ライブに参加する為に一役買ってくれた"H.OY"というバンド。四人組ガールズバンドで、全員社会人。私はあまり話さないけれど、いっちんやあわことは仲がいい。インディーズながらもかなりの人気を誇り、単独でライブハウスを抑えるのが難しい私達は、よくH.OYのライブの前座をさせてもらう。多分、今回のライブお客さんもH.OYのファンが殆どなんだろう。
私達はまだ学生だから、子供だから、単独ライブをするには財力も技量も足りない。だから、人のライブにお邪魔して徐々にファンを増やすしかない。もっとお金があれば、私達がもう少し大人だったら、人に擦り寄らずに生きていけるのに。仕方の無いことなのに、無性に悔しさが込み上げてくる。
唇を噛み締めて、逃げるように楽屋の方へとかけ出す。別に、誰かが気にとめてくれる訳でもないのに、私は今凄く悲しい顔をしているはず。楽屋の並ぶ廊下に、背中を預けて今にも崩れそうに俯いた。
人にぶらさがっている立場のくせに、他人の才能でしか人前に出られないくせに、一丁前に人を見て悔しがっている事が恥ずかしい。
人を羨んで、でも足りない自分を責めて、感情がぐちゃぐちゃしている。自分でもどうしていいか、分からない。そういう気持ちに、よく襲われる。
ふと、優しい匂いがした。鼻腔をくすぐるような、懐かしさと愛おしさをはらんだ香り。
辺りを見渡しても、誰もいなかった。
香水、と言うには弱いけれど人の髪の匂いと言うには強すぎる。けれど、体臭にしては不快感がない。
「あっ」
視界の端に留まったそれに、納得した。ライブハウスのオープン祝いに届いた花が自分の少し前で咲っていた。
白い鈴蘭が、リボンをかけられた器の中で綺麗に佇んでる。その姿が、黒いモヤのかかった心を晴らしていく。花なのに、目が合った気がして笑った。
おかしな自分を隠して、楽屋のドアを開ける。
楽屋の中に入ると、鈴蘭の香りが濃くなった。当の花があるのは廊下なのに、不思議だった。
廊下にも楽屋にも誰もいない。何処にも人の気配はない。なんだろう、この違和感は。
段々不気味になってきて、急いで折り畳み傘を探して、楽屋を後にした。
今日は不気味な事がよくある。厄日だろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます