第2話
我が家の夕飯は遅い時刻になりがちだ。
お父さんもお母さんも残業が多くて、帰るのは早くても八時過ぎ。夕飯は家族三人そろって食べるのが決まりだから、待っていると九時になることもある。
今日も、四時半に帰宅したあたしが、冷蔵庫の中にあるもので夕飯を作った。食材はお母さんが時間があるときにまとめ買いしておいてくれる。
メニューは冷蔵庫の中身を見てから決める。材料がそろっていればちゃんとしたものも作れるけど、大抵は名前のない料理になることが多い。
今日は珍しいことに、お母さんが七時に帰ってきた。お父さんからも、もうそろそろ帰ると連絡が来ている。
お母さんといっしょに台所に立ち、できているスープを温め直したり、皿によそったりする。
昼間、四月とは思えないほどあたたかかったから、今日のメインはトマトソースの冷製パスタだ。トマトホールの缶詰めとベーコンと、冷蔵庫で干からびかけていたナスを使った、レシピも何もない適当料理だ。バジルは玄関の鉢植えから採ってきた。
お母さんは「おいしそう」と言いながら、パスタを盛りつけている。わきからあたしが粉チーズを振りかけると、さらに、わぁ、と歓声を上げた。このくらいで大げさなんだから。
「そういえば、まほろ、部活はどこに入るか決めたの?」
「んー、考え中。運動部以外ってことは決めてる。帰り遅くなりそうだし」
引き出しからフォークやスプーンを揃えながら答えると、お母さんはわざわざ手を止めてこっちを見つめてきた。
そんなことされたら、あたしも手を止めざるを得ない。
「まほろ、夕飯のことはあんまり心配しなくていいのよ。お母さん、残業断って帰ってくれば用意できるから」
「またそういうこと言う。お母さんが頼まれごと断れると思う? あたしはムリだと思う」
軽い口調を心がけて言う。お母さんは笑ったのか顔をしかめたのか、眉間と口のわきのしわが深くなった。
「それに、ご飯作るのはあたしの好きでやってるの。お母さんこそ心配しないで」
スープも三人分よそったところで、玄関のドアが開く音がした。がさがさと、荷物が揺れる音がする。お父さんが帰ってきたみたいだ。
お母さんは重苦しい表情を振り払って「わかった。ありがとう」と言った。あたしは照れ隠しも含めて「ん」とだけ返事をする。
「でも、高校生活は一度きりなんだから、悔いのないようにね」
割れ物を包み込むような、丁寧な声音だった。
あたしは焦点のあってないメガネをかけているような気分で「んー」と返事をした。
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