キャンパスがハチミツ色に染まるまで
桃本もも
第1話
金色の光が差し込む体育館には、入学式以来、一週間ぶりに全校生徒が集まっていた。
入学式のときの張りつめた空気とは裏腹に、体育館内はほどよいざわめきに満ちている。
今日はあたしたち新入生に向けた、部活動紹介が行われている。
各部に設けられた時間は三分間。限られた時間内で、できるだけ印象を強く残そうと努力しているのは分かる。
分かるけど……。
正直、退屈。
部活なんてあんまり興味がない。だから一年生のうちはどこかしらに所属しないといけないっていうのがつらい。
遅くまで練習がなくて、遠くに行かないといけないような大会がなくて、みんなそれほど一生懸命じゃない部活があれば、そこでいいやって感じ。
四月にしては暑いくらいの陽気で、体育館の中もぽかぽかとあたたかい。金色の日差しがほどよく降り注いできて、眠気を誘う。
大きくあくびできたら気持ちいいだろうけど、あいにく最前列だからそんなことはできない。
退屈しのぎに、茜谷が負けられる苗字を探していると、入学式から一週間でもう友だちができたのか、どこからかあけすけな会話が聞こえてくる。
「あたしもうバレー部って決めてるから帰っていい?」
「私は運動部なんて絶対ムリ! てか部活自体ダルいし」
「どっか楽そうな部活ないかなぁ」
部活動紹介を楽しんでるのは、実は二、三年生の方なんじゃないかな?
発表してる上級生の方が活き活きしてるし、順番待ちで見てる上級生たちも新入生よりよく笑い声を上げている。
新入部員獲得のための、毎年恒例のお祭りみたいなものなのかも。
前半は運動部で、パフォーマンスを含めた発表にはインパクトがあって、入る気はさらさらなくても楽しめたけど、後半は文化部……。
書道部の作品は遠くてよく見えなかったし、文芸部の部誌も表紙だけ見せられたってって感じだし、ボランティア部のベルマークに至っては壇上に持って上がるような代物じゃないでしょって言いたい。
体育座りしてるおしりは痛いし、密集してて空気が停滞してるから眠いし、早く終わらないかなとしか思ってない。
吹奏楽部は最後に特別枠で演奏するみたいだから、もう文化部も出切ったんじゃないかな。
ひざにあごを乗せてあくびを我慢していると、司会進行の声がスピーカーから流れてきた。
「次は美術部です」
あー、美術部かぁ。盲点だった。あたしの中学には美術部なかったし。
壇上に上がってきたのは、女子生徒がひとりだけ。しかも、作品とかカンペとか、小道具も持っていない。マイクだけを手に、ステージのまんなかで足を止めた。
ショートヘアが伸びてきたのか、はたまた短めのボブなのか分からない、中途半端な長さの髪。夜目、遠目、傘の陰とはよく言うけど、結構距離があるからか可愛らしく見える。身体の線が細いから、よりそう見えるのかもしれない。
髪が乱れない程度の浅い礼をすると、彼女はマイクを構えて話しはじめた。
「こんにちは。一年生のみなさん、ご入学おめでとうございます。美術部の二年、
まるで留守番電話に声を吹き込むような話し方だ。電話から聞こえてきたら聞きやすいかもしれないけど、音が反響しやすい体育館には不向きな早口だ。
「美術部の活動は絵画でも版画でも彫刻でも、何でも自分の好きな芸術に向き合うことです。美術室にある画材でよければ好きに使っていいので、特別お金もかかりませんし、別に毎日美術室に来なきゃいけない訳でもないので、大変な部活ではないと思います」
「へー、いいかも」
近くで無気力な声が上がる。それを聞き咎めたわけじゃないだろうけど、ちょうどいいタイミングで「ただし」と美術部部長の声が、少し大きくなる。
「秋の美術展に何かしら出品しないと、部に在籍していたことにならないのでそこだけ注意してください。以上、美術部でした」
梅若先輩はさっきよりは深めにお辞儀をして、舞台袖に戻ろうとする。すると、司会役は慌てた様子で、マイクを通さずに壇上に呼びかけた。
「あ、あの、まだ一分しか経ってないですけど……」
各部、持ち時間の三分間を時間いっぱい、いや、オーバーして司会に強制終了させられる部が多かった。
梅若先輩は少しだけ足を止めて、司会席を見下ろして何か言った。こちらもマイクなしだったからはっきりとは聞こえなかったけど、
「伝えるべきことは伝えたので充分です」
そのような言葉が聞こえた。
梅若先輩はすっと舞台袖に消え、周りからは「みんなこのくらい短ければいいのにね」との声が上がっている。
他の部はみんな、必死に部員を集めたがっていた。気合いの入った発表を見れば分かる。
だけど、美術部は……別に入部してほしくないみたいな感じだったな。
美術部が最後だったらしく、その後は吹奏楽部が三曲ほど演奏し、閉会となった。
教室に戻ったあと、高速ラリーを見せたバドミントン部、テレビでたまに見る空気砲を再現した科学部、流行り曲を歌って会場を沸かせたアカペラ部などがクラスメイトの話題にのぼっている中。
あたしは心の扉だけじゃなく、門にまで鍵をかけていそうな梅若先輩のことばかり気にかかっていた。
あたしと似ている気がして。
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