第47話 Goal
辺りはもう仄暗く、少々それも通り越して夜の帳が落ち始めていた。車、歩道に設置されている街灯にも火が灯り始めた。
喫茶店から連行された勇は、いつの間にか道中で目隠しをされており現在地を確認できないでいる。しかし、勇にとってはもう観念しているから、そんな事はほぼほぼどうでもよい情報だった。
徐に連行している警備員たちの足が止まった。その後、勇はどうやら椅子に座らせられているようだと分かった。抵抗もせず椅子に座る。しかし、その意図がはっきりしない。
<ん、何で椅子があるんだ?何のためだ?>
全く自分の置かれている状況が把握出来ない。
<まぁいい。死ななきゃいいさ>
勇は既に何かしら危害が加えられるかもしれないと言う覚悟をしていた。
数分経過しただろうか、不意に目隠しがほどかれた。目の前には大きな宮殿が姿を現した。その手前には立派な門があり、勇はその前で椅子に座らされている。
「ん、何だ?ここは。<エカテリーナ宮殿>とかいう建物の前か?」
宮殿はぼんやりみえるものの、はっきりその姿は確認できない。門の様子は把握できた。
「おお、やっぱり言うだけあって綺麗な門だ?あれ、ここに来て駄洒落か?」
椅子に座りながらくだらない言葉で独り突っ込みをする、少々おかしなメンタリティになって来ている。
周りには誰も居なくなった。ただ、勇だけが立派な門の前に椅子に座って放置されている。さっきまでいた警備員どもも居なくなった。
「おい、何なんだ?この状況は。縛られてないから帰ってやる、といってもなぁ」
辺りに何も無いから帰るに帰れない。 勇はきょろきょろ見渡して辺りには何もない事を再確認している。
「ああ、何もかも終わった」
すると、エカテリーナ宮殿がゆっくりとライトアップされ、幻想的なその全容が時間と共にはっきりその輪郭を露わにした。と同時に、宮殿から門の方へ誰かが近づいて来る。ライトアップはグラデーション的に明るくなって来ているので、人が此方に近づいて来ているのは何となくわかったが、見当もつかない。
その人影が段々とはっきりしてきた。どうやら背の高い女性の様だ。しかし、勇はすぐにピンときた。
<あのシルエットは【ナスチャ】だ!>
「ナスチャ!」
勇はあらん限りの声で問いかけた。
「勇!」
やっぱりその背の高い女性は間違いなくリサだ。しかも白い立派なドレスを着て駆け寄ってくる。ドレスの裾が絡みつきそうだ。東京のコンビニまで雨の中で定期を持ってきてくれた姿がリフレインする。
「勇!やっと会えたわね」
「おお、そうだよ。大変だったぞ、此処までたどり着くのに。てっきりもう死ぬもんだと思ってたよ」
「そんな事在る筈ないじゃない」
「そうは言うが、ここに来るまでいろいろありすぎて」
リサは女性の有らん力で立ち上がった勇の体を抱きしめる。二人の眼からキラキラしたものが無意識に頬を伝う。
「ごめんなさいね、勇。これには深いサプライズが」
「サプライズ、そう。え?何だ、サプライズって」
すると、門から様々な人がぞろぞろと出て来た。その面々には、気持ち悪いタクシー運転手、喫茶店の初老の老人、黒服ども(ここでは警備員)赤坂のママやりん、果ては沖川まで参上した。今までリサに出逢うために見かけた面々だ。
「お嬢様、こんな感じでよかったですか?きひひ」
タクシー運転者が例の気味の悪い口調で問うた。
「問題ないわ。みんな、ありがとう」
「おい、『みんな、ありがとう』って何だよ。わけわからんし、こいつらみんな見た事在る奴らばかりだ。おい、沖川!お前まで!何でいるんだよ!此処に!」
「武藤先輩、悪かったですね。実は全てナターシャお嬢様による【どっきり】です。よかったですねぇ、お嬢様と出会えて」
「はぁ?どっきり?何のだよ!」
「だから、全てがお嬢様が綿密に計画されたどっきりですよ」
「何?意味が分からん!ちゃんと一から話せよ!沖川!」
「まず前提として、ロマノフ家はロシア帝国を統治していた訳ですから、小市民が手の届かないような莫大な財産がある訳です。それは分かりますよね?」
「まぁそうだろよ」
「領事館に足しげく通っていた少女のお話は実話ですし、その少女はナターシャお嬢様です。そこまでいいでしょうか?」
「ああ」
「お嬢様はその時、武藤先輩を婿にするとお決めになりました。まぁ、先輩は東京に戻られましたが」
「そうだな」
「お嬢様は当時9歳です。その10年後なので現在19歳でおられます」
「ふむふむ。それはわかるぞ」
「で、ですね。この一連の壮大などっきりの始まりは赤坂のクラブすが合ってますか?」
「ああ、そうだな。リサ、いやナタシャに初めて会ったのはそのクラブだ」
「勇、分かってるわよね?私の呼び方」
「すまん、ついつい」
「沖川さん、お話続けて」
「はい。お嬢様はそのキャストとして、或る意味身分を偽って先輩と初めて出会う訳です」
「よく俺があそこに行くって分かったな」
「今更何をおっしゃいますか。最初に言いましたが、名家のお嬢様がこのようなどっきりを設営すること自体、赤子の手を捻るより容易い事です。しかもこのIT時代ですから調べれば超容易です」
「え?って事はここまで来るのは全部【仕込み】ってことか?!」
「どっきりですから」
「マジか!すげぇな!あのタクシー運転手の野郎、ちょいちょい出て来ておかしいなぁと思ってたんだ」
「【仕事】ですから」
「そういう意味の仕事かぁ。なるほどねぇ」
「って事はさっきまでいた喫茶店のやつも?」
「そうよ。私働いてたでしょ?」
「な~!!おい、そりゃひでぇなぁ。やっぱりな。怪しかったんだよなぁ、あの時」
「バレないかドキドキだったわ。ねぇ、爺や」
「ええ、お嬢様」
「あ!やっぱり!思い出したぞ!西新宿の喫茶店の!」
「いかにも。領事館近くのボルシチの名店にも居りましたよ、がはは」
「がはは、じゃないだろ」
「つのるお話の続きは宮殿の中で。さぁお入りください。美味しいお料理をたらふく食べて頂きますよ」
勇は泣いていいのか、嬉んでいいのかよくわからなかったが、そんな事はどうでもよくなった。勇とリサは手を繋いで宮殿へと歩いて行く。
「またおでん食べたいわ。あれは爺やでも作れないから」
「日本に言ったら毎日食わせるよ」
「まぁ嬉しいわ」
リサは美しいドレス姿で勇にキスした。
その後の宴会、いうなれば披露宴は朝まで笑いが絶えなかったことは言うまでもない。
翌日の昼間には二人の結婚式が執り行われた。宮殿の周りには沢山の観光客らが二人を祝福した。 <おしまい>
溜飲晴し イノベーションはストレンジャーのお仕事 @t-satoh_20190317
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