第37章 過去

「おぉ、このレストラン懐かしいな。よく行ったな」

「そうですね。よく勇さんに奢ってもらったなぁ」

「ここのボルシチ、絶品だよな」

領事館から徒歩数分で現れるバルがある。席に着くと勇と沖川はその頃を回顧した。

「もう10年も経ちますかね、勇さんが東京に戻ってから」

「そうなるな。しかし、おまえはここ長いな」

「いえ、一度モスクワに行きましたよ。ロシアからは出てないですが」

「そうか。それも何かの縁だな。そう言えば結婚したのか?」

「ええ、現地のロシア人です」

「まじか!美人さんなんだろ?」

「ええ、まぁ。自分で言うのも何ですが、この辺で一番の美人です」

「おいおい、もうのろけか?」

「いえ、事実ですから」

「冗談も覚えたのか、おまえ」

「ところで、勇さんの私用って何ですか?」

「いゃな、実は東京でロマノフ家の最後の末裔っていう美人さんと関わってその女性を探している」

「その方がサンクトペテルブルクに住んでいると、」

「そうだ。自分ではそう言っていた」

「何処で出会ったんですか?」

勇は東京でこの経緯を沖川に話した。


「へぇ~そんな事があったんですか。勇さんも意外と情熱的なんですね」

「意外と、は不要だ」

「で、だ。お前の知恵を借りたい」

「何です?見返りはここのボルシチでいいですよ」

「いいだろう。この辺に住んでいるロマノフ家の人間の情報が欲しいんだ」

「う~ん、出来ない事は無いですがちょっと時間を下さい」

「構わん。多少時間が掛かる事は織り込み済みだ」

「そうですか。やってみましょう」

「悪いな。俺は暫くこの辺に滞在するからいつでも連絡してくれ」

「了解しました」

白髭を蓄えた老人がボルシチを二つテーブルに運んできた。沖川は早速勇が注文したボルシチを食し出した。

「あ、そう言えば」

「なんだ?」

「勇さんが帰国した1カ月後くらいだったかな、ある少女が領事館によく来た事がありましてね」

「へぇ~、そんで?」

「いや、何でもと或る日本人に世話になったからお礼がしたいからその日本人を探してくれって」

「初耳だな」

「確か9,10歳くらいだったかな。金髪の美少女でしたよ。お付きの人もいました。

その話をよく聞くと、勇さんの事かな?って思う点があって」

「どんな所がだ?」

「身長とか顔の特徴をよく覚えていて。よく来るもんだからモンタージュを描いてもらったんです。その絵も上手でしたよ。見たら勇さんによく似てて」

「おれか?お礼されるような事したかな?10年も経つと忘れたよ。その世話ってどういう内容なんだ?」

「確か冬だったかな。飼い猫を探して一人で街角に佇んでいたら寒いだろうからって日本の使い捨てカイロを貰って一緒にその猫を探してくれたとか言ってました」

「そんな事か?そんな事でお礼してくれるって?」

「ええ、でもその少女は春になったらピタッと来なくなりました。きっとその猫は見つかったんでしょう」

「ふ~ん。そんな事があったのか」

「その美少女は勇さんの探しているお嬢様なんですかね?」

「そんな事ある訳ないだろうが。むっ、それって10年前でその少女は9から10歳なんだよな」

「そうですけど。付き人も居たんだよな?」

「その事を掘り下げてくれないか?ひょっとしたらひよっとする」

「ええ、いいですよ」

沖川はボルシチを食べながら返答した。

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