第25章 あやしいタクシーに再乗車する
「あ、おまえ、さっきの運転手!こっちはちゃんと新宿駅東口って伝えたんだから、そこまでちゃんと行けよ!」
「しかしお客さん、その近辺までお送りしたじゃありませんか。新宿と言えば新宿でしょ。なんせ、こっちだって『仕事』ですので」
「何言ってんだ、あんた。タクシーは目的地まできっちり行くのがあんたの仕事だろ?それが商売なんじゃないのか?」
「商売には色々ありますから。きひひ」
「いいから吉祥寺に行ってくれ!早く!」
「承知いたしました」
「今度はちゃんと行ってくれよ」
「はい」
どうやら、タクシーはタクシーでも気味の悪いタクシーに2度乗るなんて事もあるようだ。相当運が悪いのだろう。
「ねぇ、大丈夫なのかしら。このタクシーに乗っても」
リサは小声で勇に耳打ちする。
「どうかな。さっきがさっきだからな。今回はちゃんと釘を刺しておいたから大丈夫だろう」
「なんですか?釘を刺すって?だめですよ、そんな事」
リサの声が少し大きくなった。
「後で説明するよ」
リサは少し不満気だ。運転手はバックミラー越しでにやにやしている。
「しかし黒服どもはしつこいな。まさか、あそこまで付いて来てるとはな。深夜だと思って少し油断したよ」
「仕方ないですよ。それに彼らもそれが仕事ですから」
「そりゃそうだけど、そこで相手の仕事を褒めるってどうなんだ?」
「ま、まぁそうですけど」
リサは少し焦った表情で言った。
タクシーはJR荻窪駅まで青梅街道をひた走る。その後、JR西荻窪駅を過ぎ伏見通り、神明通りを経て本宿小通りに出た。経路的には正解の様だ。西荻窪駅辺りで
「吉祥寺のどちらまで?」
と運転手が話しかけて来た。勇は腕時計をちらっと見やった。深夜2時になるところだった。
「成蹊大学までだ」
「かしこまりました。しかしお客さま、私のタクシーに1日、正確には日を跨いで2日ですがご乗車なさるとは運がいいですね」
「どこがだよ!逆だろ?普通。それにお前さん、まともに目的地に行ってないだろ?さっき」
「ええ、ですがお代は頂いていないですよね?」
「ま、まぁそうだが」
「今回も頂きません」
「はぁ?意味が分からない。新宿から吉祥寺までなんていいお客だろ?」
「ええ。そうですが。乗車時に申しましたが、こっちも『仕事』なんで」
「なんだ?お前さんのその『仕事』ていうのは。もう、よくわからん!」
「いいじゃないですか。運転手さんのご好意でしょ?ありがたくそうしましょうよ」
リサが険悪になりつつある車内の雰囲気を宥めようとした。
「まぁそうだけど、こっちだってなぁ、うーん、なんだかなぁ。まぁそうするか。腑に落ちんが」
「ありがとうございます。きひひ」
「しかし薄気味悪いな。このタクシーは。目的地まで行かないわ、行ったら行ったで長距離なのにタダってどうなってんだ、今日は!」
「いいじゃないですか。タクシー料金得したんですから。ありがたく頂きましょう」
「あ、ああ」
五日市街道を暫く進むと、成蹊大学近くの目印であるコンビニエンスストア「ロードン」付近でふたりはあやしいタクシーから降車した。
「ありがとうございました。またのご乗車をお待ちしております」
「悪いが、もう二度と乗らんぞ!」
「二度あることは三度あるって言いますよ。きひひ」
間もなくそのあやしいタクシーは、八王子方面へと走り去っていった。
「いさみの家はこの辺なの?」
「ああ、そうだ。コンビニで何か買っていこう」
「雨降っている時入ったコンビニと一緒ですね。青いお店」
「ああ。ロシアには確実に無いがな」
「おでん、おいしかったな」
「そうか。そりゃよかった」
ふたりはロードンで大根、煮卵、糸こんにゃくを2つずつ購入して勇のアパートまで歩き始めた。気が付くと雨はいつの間にか上がっていた。
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