第26章 名家のお嬢様といち外務省職員
「いさみは外務省でどんな仕事をしているの?」
深夜の怪しいタクシーを下車し、勇のマンションへと二人並んで向かっている。その手には先程コンビニで購入したおでんをぶら下げている。
「主に事務方の仕事だな。具体的には上官の出張先までの段取りや宿の手配とか。この歳でそんな仕事する役職じゃなぁ。情けないよ」
「そんなことないです。あ、サンクトペテルブルクに居たんでしょ?そういう事もあるのね」
「あるとも。やっぱり外務省だから体裁的には海外勤務は一度くらいは皆あるみたいだ」
「どうだった?ロシア」
「いい所だと思う。でもそんなに長くは滞在できなくてね。ロシアの事もう少し詳しく知りたかったんだが」
「何か印象に残ったことはあった?」
「うーん、結構前の事だからな。駅舎はきれいだったな。店でも話したけど。あ、そういえば店の勤務はどうするんだ?」
「あ、いけない。明日ママさんに連絡しないと」
「大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、多分」
「そうか、だめならそれで仕方ないな」
「そうなったらどうすればいいですか?」
「そうだなぁ、今は何とも言えんがその時考えればいいんじゃないのか?」
「そんな!無責任です」
「そうは言うけど、あれこれ考えすぎても何もできない」
「大丈夫かなぁ」
「なんとかなるさ」
「いさみは面白い人ね」
「そうかな。まぁ周りの人間と考え方が少し違うかもな」
「それは個性的って意味でしょ?」
「よく言えばな。そろそろ家に着く」
そこには小学校のグラウンドがあるようで、だだっ広い敷地があった。
「ここは学校ですか?」
「よくわかったね。そうだよ。第四小学校。朝方子供が登校してくる」
「にぎやかでいいですね」
「まあな。少しうるさいが」
「着いたぞ」
然程新しくはないものの、結構立派なマンションだ。
「へー、立派なマンションね」
二人はマンションへと歩を進めた。
オートロックのマンションは最近では全く珍しくもない。暗証番号を入力し、エントランスの自動ドアが開いた。
「郵便物は、と。無いな」
503号室の郵便受けの取っ手を持ち上げながらぶつぶつ言っている。
「エレベーターに乗って。5階だから」
勇は「開」ボタンを押しながらリサを促した。「5」のボタンを押すとドアが閉まり、エレベーターは上昇していく。上昇中に無言になるのは各国共通なのだろうか、ふたりは無言のままである。
「ガタン」
エレベーターが3階に来た辺りで上昇が止まった。
「おいおい、なんだ?まだ3階だぞ」
すると、函内の天井の電灯が点滅しだした。と思ったら直ぐに消えてしまい、真っ暗になった。
「きゃっ」
リサは思わず勇に抱き着いた。
「大丈夫だ。心配ない。一時的なものだよ。そうだ、スマホのライトを、っと」
勇はスマホのライトを点けた。すると、階数ボタンの下に非常用の懐中電灯を見つけると手に持ち直ぐに灯りを点けた。
「しかし参った。昨日、今日といろんな事がありすぎるな」
「怖いです」
Yシャツの両腕にしがみつきながらリサは怯えている。
すると、どこからのスピーカーから
「どうかしましたか?こちらはエレベーターの監視室です」
という声が聞こえて来た。
「途中で上昇しなくなって電灯も切れました」
「わかりました。至急調査します」
「大丈夫でしょうか」
暗がりの密閉空間でリサがか細い声で尋ねた。
「平気だよ。日本のエレベーターはリモートで監視されているから直ぐに動くよ」
「ところでお嬢様の好物はなんだい?」
勇はリサの不安感を少しでも和らげる為、全く関係のない話題を振ってきた。
「ええっと、おでん!」
「さっき買ったからな。美味いだろ?日本のおでん」
「とっても美味しいです。いさみが買ってくれたから大好きです」
「おれも好きだな。部屋に着いたら一緒に直ぐに食べよう」
「それで、、、」
勇が何か言いかけた時、天井の電灯がピカピカっと光を放つと同時にエレベーターもゆっくり上昇し始めた。
「正常運転に戻りました」
「ありがとうございます。助かりました」
「こちらは仕事ですので。きひひ」
<ん?何か聞き覚えがあるような。まぁいいや>
「よかったですね。直って」
「ああ。着いたぞ」
エレベーターの扉が5階で無事に開いた。
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