第24章 西新宿を発つ

「しかし美味いな、爺やの料理は」

「そうでしょ?私が嘘をつくわけがありません」

「そういう意味ではない。普通に美味いという意味だよ」

「そうですか。それは嬉しいです」

壁掛け時計を見ると、もう日が変わるような時刻になっていた。

「おい、終電が無くなるぞ。早めにここを出よう」

「何ですか?しゅうでんって」

「最終電車の事だよ。家に帰れなくなる」

「それは大変だわ」

ふたりは爺やの料理を早速片付けた。

「ご馳走様でした、爺や。凄くおいしかったよ。またお願いする」

勇はにこりとして手を挙げながら告げる。

「爺や、武藤のところに行くから後は頼んだわよ」

「おい、武藤ってなんだよ。呼び捨てか?」

「じゃぁ、何て呼んだらいいんですか?」

「う~ん、改めて言われると困るな。普通に『いさみ』でいい」

「わかったわ。いさみ」

勇は少し照れ笑いをした。

「じゃぁね、爺や」

「お気をつけて。姫様」


ふたりは手を振って『喫茶 ニコライ』を後にした。先ほど乗ってきたエレベーターは他人が使用していなかったらしく、ここの3階で止まったままだった。↓ボタンを押すと扉が開いた。「1」のボタンを押すと下降して行った。

「ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって」

「いいんだ。気にするな。まぁ、定期を土砂降りの中届けてくれたお礼さ。そのお陰でこうして家にも帰れるしな」

「ありがとうございます。優しいんですね、いさみは」

「そんなことないさ。君の勇気に比べればね」

そうこうしている内に1階にたどり着いた。

「こっちだ」

エレベーターの扉が開くと同時に、勇は無意識にリサの手を引いてJR新宿駅へと向かう。 新宿2丁目からJR新宿駅までは然程遠くない。

「終電は確か0:00過ぎだったかな。中央特快じゃ吉祥寺に止まらんし」

勇はそう呟いた。

「新宿通りに出てそこを真っ直ぐだ。多分間に合うぞ」

リサは勇に手で連れられるまま走り続ける。

新宿通りに出た。深夜だというのに東京、しかも新宿という所は人が湧いて出るかの様に人が大勢いる。

駅方向に右に曲がった時、リサはちらっと左を見た。

「居たわよ、黒スーツが二人」

「何だと?やばいな。ばれてないだろ?」

「多分きづいていな・・・キャッ」

「どうした?」

「く、靴が」

リサの足元をよく見ると、「ウニクロ」で買った白いスニーカーの靴紐が左だけ切れていた。

「大丈夫か?立てそうか?」

黒服たちはふたりに気づいたようだ。猛ダッシュこちらへ駆け寄ってくる。

「まずいな。またタクシーかよ。金もつかな?」

慌てて勇は左手を挙げた。しかし、ドラマの様に直ぐに捕まる訳がない。

「おい、頼むぜ」

黒服たちはもう目の前まで来ている。すると、前方にタクシーが見えた。

「おい、タクシー!ここだ」

タクシーは左ウインカーを点けながら横付けする。

「吉祥寺まで。直ぐ出してくれ!」

「かしこまりました」

<あれ?>

勇には聞き覚えのある声だ。バックミラーをちらっと見て顔を確認した。

「あっ!」

「お客様、先ほどはどうも」

運転手はバックミラー越しに軽く会釈した。ふたりが乗車したのは行きで乗ったタクシーだった。

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