第16話 密談(3)
宛もなく歩いているとその足取りは重くなるものだが、勇にとっては大して苦にはならなかった。服の件はウニクロで購入し、店への連絡の件は電話で義理立てした事により着地点を見出したからだ。そうなると、自分に科せられた案件から開放されたと言っていい。
一方、リサの足取りは心なしか重たい様子だった。勇と食事をするのは良いが、身上を話さなければいけなくなる為なのか。
「ロシアの名物料理と言えばボルシチか?」
「そうですね」
リサの返答の語気が弱い。
「どうかしたか?元気がないな。まぁ、腹いっぱい食えば治るさ」
勇とは対照的にリサからは返答がない。暫くして
「武藤さん」
「何だ?」
「此処から離れませんか?」
「何でだ?別にボルシチにこだわっている訳ではない。おまえさんの好きなものでいいじゃないか。店なら腐るほどある」
「いえ、そうではなくて」
「そうではなくて、何だ?」
「新宿に行きませんか?」
「別に構わんが、新宿に行きたい理由でもあるのか?」
「いえ、特に理由は無いですが何だかあまり人がいないので」
「まぁ、この辺はビジネス街だからな。でも六本木も近いし。あ、さっき六本木に行ったからか?」
「え、ええ、そうです」
リサは少し慌てて言った。
「そうか。それもそうだな。だったらそうしよう」
勇はタクシーを呼ぶため車道に出た。道が空いている事もありタクシーは直ぐ捉まった。早速タクシーに乗り込む。
「新宿駅の中央東口まで」
勇はそう告げるとタクシーは虎ノ門を後にした。
「涼しい」
リサは先程乗ったタクシーの時と同様に、右後の車窓を半分くらい開けてそう言った。その目線は遠くを見ている様だった。
「おまえさんは暑がりなのか?」
「そうではないですけど、この暖かさで少し冷たい風に当たる事はあまり無いので」
「ロシアではそう言う風はあまり吹かないのか?」
「え、ええ、まぁ」
「北の国でも夏にでもなればこんな感じになるんだろ?」
「そうですね。でも久しぶりなので」
「数年ぶりに外に出た様な言い草だな」
リサは徐に車窓を閉めた。
「さっきまで気持ちよさそうだったのに、急に閉める事無いだろ」
「もういいんです」
「そうか、まぁいいさ」
勇にはリサの【数年ぶりなので】と言うフレーズが妙に引っ掛かっていた。
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