第6話 雨宿り(1)

外壁の大きなガラス越しに見るホテルのロビーには時間がまだ21:00頃の為か、人はまばらだ。0人という訳ではないが少々寂しい。

2人はエントランスに足を踏み入れる。と同時に、あまりに不釣り合いな2人にベルボーイの表情は驚きを隠せない様だ。リサは真紅のカクテルドレスで裾がびちゃびちゃに濡れたままである。

「お荷物をお持ちします」

「大して荷物も無いから遠慮しておくよ」

ベルボーイはちょこっと会釈をした。リサは勇の上着の袖を引っ張り寄りかかっている。自動ドアを潜り抜けフロントでチェックインする。

「いらっしゃいませ、お客様。ご予約の方は?」

ロマンスグレーのフロント係が声を掛ける。が、若干顔色を変えた。リサの衣装具合のせいであろう。

「いや、悪いが予約は無い。適当な部屋を見繕ってもらえるか?」

「承知致しました。只今お部屋をご用意致します」

「喫煙可能な部屋がいいんだが」

「はい。そうなりますと、生憎最上階のスイートルームしか空いて御座いませんが如何なさいますか?」

「そうか、仕方ない。その部屋で頼む」

「かしこまりました」

フロント係が機械を操作して部屋の確保をしている。

「お客様、大変申し訳御座いませんが此方の用紙の内容を記載の上、ご身分を証明して頂けるもののご提示をお願い致します」

「わかった」

勇は備え付けのボールペンで提示された用紙に必要事項を記入する。氏名、年齢、住所、職業などの事項をすらすらと記入していく。用紙の下部に同伴者の情報を記入する欄があった。

「リサ、本名は?」

リサは2、3秒躊躇った。

「ナターリア」

か細い声で勇に告げる。

「ナターリアの次は?」

また少し沈黙があった。

「ナターリア・アレクサンドリア・トルスタヤ」

「何?」

リサの声が小さすぎて語末が聞き取れない。リサの顔を近づけて耳をそばだてる。

「ナターリア・アレクサンドリア・トルスタヤ」

「ナターリア・アレクサンドリア、その次は?もう一度」

「トルスタヤ」

勇は名前を記憶したあと無言で記載用紙の項目を埋めた。記入項目には名前、年齢、性別くらいしか無い簡単なものであった。

「これでいいか?」

勇は用紙と運転免許証を差し出した。

「少々お待ちくださいませ」

震えるリサを抱え込みながらフロント係の応答を待つ。暫くして

「お部屋をご用意出来ました。1201室になります。ごゆっくりどうぞ」

フロント係はカードキーをそっと差し出す。勇はカードキーをさっと右手に取り

「ありがとう」

と一言伝えて傍にあるエレベーターの上昇ボタンを押した。

「これで大丈夫だ」

誰に言う訳でも無く言葉が口を突いた。エレベーターが「12」から下降していく表示を黙って目で追っている。リサは未だにびしょ濡れのドレスを纏ったまま小刻みに震えていた。

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