第4話 運命を繋ぐICカード

 生憎の夜の冷たい雨に赤いカクテルドレスの裾を持ち上げながら勇を探すリサ。

まだ日本に来て然程経っていないが、東京の中心の更に中心でどこの馬の骨ともわからぬ日本人を探している。きょろきょろ辺りを見回しながら宛てずっぽうに手当たり次第に駅の入り口へと向かっていた。しかし、東京の鉄道の出入り口は複数ある事が多い事もリサの頭の中には殆ど無い。

真っ赤なドレスはこの時間でも通行人の目を引く。持ちあげているドレスの裾も既にびちゃびちゃになり始めた。

ふと立ち止まる。先程までの勇との会話を思い返してみる。諺?口?他は?

「あ、靴!」

 堰を切ったように通行人の足元を観察しながら走っている。

「違う、これも」

 勇の靴のイメージははっきりしない。どうだったかを走りながら思い出す。確か色は黒じゃなかったような気がしてきた。若い身なりを気を付けている、と勇は言っていた。色はあまり分からない。足元は暗かった。

 「踵が」

 勇の会話の中で、靴の後ろの減り具合で人となりを推し量るという話を思い出した。今度は靴の色ではなく靴の踵の減り具合に注目しながら走り続ける。が、よく分からない。きっと、勇の靴の踵は変にすり減っていないだろうと推測しながら探すが分からない。リサにも限界が来た。雨空の元、ICカードを握りしめ両ひざに手を突いている。息が上がる。ふと見上げると傍にコンビニがあった。


「おい、どうしたんだ?こんなところで」

 コンビニの灰皿で悠長に煙草を左手に持ちながら男はリサに言った。なんと勇だった。

「あぁ、これ。定期券です」

 はぁはぁ息を切らして勇に言った。リサは右手の雨粒を携えたICカードを差し出す。

「これ、俺のだ。店で落としたか?」

 リサは頭を垂れながら頷いた。勇は吸いかけの煙草を灰皿に放り投げた。

「こんな雨の中、真っ赤なドレスで走って来たのか?ほら、風邪ひくじゃないか」

 勇は雨傘を差しながら、自身が着ている長丈のコートをリサに掛けた。リサは寒さの為か体が震え始めている。

「取り敢えずコンビニに入ろう」

 震えるリサの左肩を抱きながら店内に入る。勇は直ぐにレジに並んで時期外れのおでんを何種類か注文した。

「出汁多めにしてくれ」

 店員に伝えると、忖度して多めに入れてくれていた。

「ありがとう」

 店外に出て左側の灰皿スタンドの近くで

「おい、取り敢えずこれを飲め」

 おでんの出汁を飲むように勧める。リサはずずっと一口出汁を呑み込んだ。

「温かくておいしい」

「そうか。それは良かった」

「これは何という食べ物?」

「おでんだよ。日本の食べ物だ」

「おいしい」

 いつの間にかリサの口から丁寧な言葉尻りが消えていた。初夏の都心を雨が地面を未だに強く叩いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る