第3話 ハンカチおとし
パプアニューギニアがどんな所かはさて置き勇の冗談で場が一気に和んだ。
「お花摘んで来るね」
「そんな言葉、どこで覚えたんだ?」
「教えな~い」
「なんだ、最近秘密主義だな、おまえ」
「そんなことないわよ」
「そうか?俺にはそう感じるけど。でもお前の秘密は大した事とないな、相変わらず」
「まぁね。大きな秘密持ってたら大変よ。うふふ」
勇はりんに軽くあしらわれた。
まだ店の雰囲気や接客に慣れていないリサを見て勇はリサにそっと話をふった。ある意味この業界の「客側の思いやり」である。勇はこの店でよく「模擬面接」「練習台」として扱われている様な気がする時もあり「客としての面接官」というこの店が勝手に決めている都合もある様だ。
「ロシアの何処の出身?」
「サンクトぺテルブルクです」
「へー、駅舎のエントランスが綺麗だよね?」
「そうです。よくご存じですね」
「俺もロシアへ短期滞在したことがあるんだ」
「え、そうなんですか?何方ですか?」
「サンクトぺテルブルク」
「あら、本当ですか?何年前ですか?」
「えーっと、確か俺が入省して3、4年目くらいかなぁ」
「その時は私が産まれているかどうか位でしょうか」
「何年生まれ?」
「2002年です」
「てことは、19歳?」
「そうです」
「若いな、羨ましいよ」
「武藤さんはおいくつですか?」
「あ、おれ?何歳に見える?って聞いてくるのが日本男子どもの常套句だよ」
「そうなんですか。勉強になります」
「俺は1972年」
「という事は?49歳?その歳に見えません」
「有難いね。一応、若作りには気を付けてはいるんだ」
「ええ、お若いです。気を付けているって具体的に何ですか?」
「服装かな?特に靴は重要だ。日本には<足元を見られる>という言葉もある位だ」
「どういう意味ですか?」
「意味はまぁ、安靴だと蔑んでみられるって感じかな?靴を見れば人となりが何となく分かるんだ、踵の減り具合とかで。ロシアにはそういう諺、うーん何て言ったらいいんだろうか、先人の教えみたいなものは無いの?」
「意味は少し違いますが
<Язык мой - враг мой (イズィーク モーィ ヴラーク モーィ)>
うーん、<口は災いのもと>という言葉はあります」
「え、そうなの?日本と同じ意味合いの諺があるんだ。へぇ~、そういう類の事は万国共通なんだな」
「そうですね。私も日本語をもっと勉強しないと災いが訪れるかも知れません」
「俺は酔っても自分を失うまで呑んだ事は無いが、言葉には気を付けんとな」
「ええ、そうですね」
リサとの楽しい一時もあっという間に過ぎ去り、20:30になった。今日も勇以外客は来なかった。店的に来客時間が浅すぎるのだろう。
勇は席を立った。その時、スラックスの右ポケットから何かが滑り落ちたのをリサはちらっと見かけたが、その時点では何かなと気が付く程度だった。店内はそう明るく無く、落とし物も結構あってタバコとライターが一番多い様だ。
「じゃ、また」
と、勇は背を向けて手を振る。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしてま~す」
りんは気楽そうに背中で手を振っている勇を見送るが、リサはそこまで気が行かない為お辞儀だけになった。
リサは先程の勇が居たソファの片づけをしていた。ふとフロアに何かがある事に気づいた。
「これ、何かしら」
拾い上げると、何やら四角形のメモ書きの片鱗の様に見えた。
「りんさん、これなんでしょうね?」
りんに確認する。
「あら、これ定期だわ」
「定期って何ですか?」
「電車の定期券。ICカードね」
「じゃあ、電車に乗れないのでは」
「気付いて引き返してくるか、切符を買うでしょ」
「それは気の毒です」
と言ってリサは慌てて店のドアを思いっきり引いて駆けて行った。
「勇さんは毎週木曜に来るのに。優しいのね」
りんはくすっと笑った。
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