第33話 うんそうなの♪ わたし、パッドで大きく見せているの♪↑↑↑


「更衣室はこの廊下の突き当たりを左だ」

「ありがとうな。じゃあすぐ着替えるから待っててくれ」


 勇雄と講堂まで来た大和は、入口手前の廊下を進み、丁字路を左に曲がった。


 早くも仲間ができたことで、足も胸も軽い。

明るい学園生活に期待しながら、大和は勢いよく更衣室のドアを開けた。


 下着姿の美少女と眼が合った。


「「えっ」」


 と、互いの声が重なった。赤い瞳が丸く開いて、じっとこちらを凝視してくる。


 ちょうどスカートを脱いだところらしく、前かがみでスカートをお尻から抜いた姿勢で、彼女は固まっていた。


 大和もまた、彼女に目を、いや、意識を根こそぎ奪われ固まった。


 雪のように白く、ホクロひとつ無い滑らかな肌。

 丸い、ふたつのふくらみを包む、花柄刺繍の入ったハーフカップブラと、前かがみになることで強調された、深い谷間。

 細い指先から、スカートがすとんと落ちた。やわらかそうなふとももと腰に食い込む、白の三角ショーツにも、花柄の刺繍が施されて、腰は、蝶々結びの紐が飾り立てていた。

 ほのかに青みがかった月白色の髪に縁どられた小さな輪郭は、唯一の色彩である瞳と同じ、朱色に染まっていく。


 反対に、大和は自分でも青ざめていくのが解った。


 痴漢 覗き 性犯罪者 冤罪 有罪 事故 親父が山林を手放して入学させてくれたのに初日から女子更衣室に突撃して退学? 責任 切腹。


 無数の単語と暗黒の未来が頭の中で無限に広がり、冷たいトゲトゲ有刺鉄線で、心臓を絞り上げられた気分だった。


 純白の少女が口を開けると同時に、大和は、彼女を止めようと反射的に手を伸ばした。

 劇的に彼女が崩れ落ちて、床に額を打ち付けんばかりの勢いで土下座をしてきた。


「すいません間違えました! このことは誰にも言わないでください!」


 大和は、中空に手を伸ばした間抜けなポーズで、再び固まった。


「…………へ?」


 立場が逆だ。謝るのはこっちではないのか? と、大和は混乱した。


 ――女子からパンツ丸出しで土下座されたら、どうすればいいんだろう……。


 ぎゅっとくびれた腰に反して、程よく大きめで丸いお尻が、薄い布地一枚隔ててプルプルと震えているセクシーな様から視線を外して、大和は努めて冷静に言った。


「……ッ、とりあえず、落ち着こうか、お互いに……?」


 そこで、大和は気づいた。彼女の背中、ホックの内側から、タグがはみ出していることに。


「……D?」

「!?」


 絶望色の顔を跳ね上げ、肩越しに自身の背中を見ながら、彼女は無言の悲鳴を上げた。



   ◆



 3分後。


 シーカースクールの制服である白ランを着た彼女、(同じ真白教室の望月もちづき宇兎うさぎというらしい)をベンチに座らせて、大和もすぐ隣に腰を下ろした。


「えっと、それで望月は、なんで土下座したんだ? 普通、逆じゃないか?」


 望月を落ち着かせようと、彼女のご機嫌をうかがうように、大和はおそるおそる尋ねた。


「だってここ男子更衣室でしょ? じゃあわたし、変態じゃない?」

「それは、でも、俺が女子更衣室に入ってきた覗きだとは思わなかったのか?」

「いやいやいや、覗きの人があんな堂々と気安く入ってくるわけないよ。それで、『あーここ男子更衣室だったんだ。そういえば確認していなかったかも。どうしようわたし完全に不審者だよ』……って」


 ――判断力すげぇ……。


「うぅ……お見苦しいものを見せてごめんなさい」


 ベンチに両手をついて、望月は頭頂部を見せるようにして頭を下げてきた。


「いや、気にするなよ。俺は何も迷惑してないし」


 ――むしろ……いやいや、俺は何を考えているんだ。


 Y染色体由来の邪心を振り払いつつも、大和はあらためて、望月に目を留めた。

よく見ると、いや、よく見なくても、望月は可愛い女の子だった。


 顔立ちはもちろん、おとなしめで優しい声も可愛らしく、頭の左右でツーサイドアップにまとめた月白色の髪はふわふわで、ウサギの耳のように垂れて愛らしい。


 下がり眉とタレ目が柔和な印象を与え、御雷蕾愛とは、対極に位置する女の子だと思う。


「あの、ね。このことは誰にも言わないでくれると嬉しいんだけど」


 困った声で懇願しつつ、望月はビクビクと震え上目遣いに俺の顔色をうかがってくる。

 小動物めいた眼差しで見つめられると、まるで自分がいたいけなヒロインを凌辱する闇の暴れん坊将軍になったような気がして、大和は謎の罪悪感に苦しめられた。


「そんなに心配しなくても言いふらさないって」


 ――俺も巻き添えだしな。色々と。


 入学早々、巨乳美少女の下着姿を拝んでしまったとなれば、誰に何を言われるか、1から10まで想像できる。


「本当の本当に内緒だからねっ」


 赤面で迫りながら、念を押してくる望月に、大和はつい仰け反ってしまった。


「わ、わかっているって、信用しろよ……?」


 彼女の圧力から逃げるように視線を落とすと、大和は違和感に気づいた。


 ――あれ? さっきよりも胸が小さくなっているような。服の上からだと、こんなもんか?


「う~、何か交換条件がないと安心できないなぁ」


 望月は眉根を寄せて、迫力の無い顔で睨んできた。

 アリクイの威嚇ポーズが可愛いのに似ている。


「お前は弱気キャラなのか強気キャラなのかはっきりしない奴だな」

「だってわたしの青春がかかっているんだよ! 慎重にもなるよ!」


 ちっちゃく拳を握り、望月は語気を強めた。


「そうだ、何か困ったことがあったら言ってね。絶対に力になるから」


 名案とばかりに、望月は手を合わせた。


「おいおい、そういうことは軽々しく言うもんじゃないぞ!」

「もう、お母さんみたいなこと言わないでよ」

「お母さんにも言われてんのか……」

「あ、でも、えっちなお願いはだめだよっ」

「しねぇよ」


 と、言いつつ、さっきの下着姿がフラッシュバックする。


 ――おとなしい顔して、ヒモパン、なんだよなぁ……。


「ねぇお願いだからわたしにえっちじゃないお願いをして。でないとわたし、草薙くんに裸見られたってSNSでつぶやいちゃうかもしれない」

「お前の中で攻守のバランスどうなってんだよ!?」

「お~ね~が~い~」


 目をうるうるさせる望月に、大和は根負けする。


「わかった、わかったから、絶対に何かお願いするから」

「やた♪」


 望月の機嫌は、あっさり直った。


「じゃあ契約成立ってことで。ここで見たことを誰かに言ったら、怒るよ、たくさん」

「わかっているよ、他人がどんな下着つけているとか言う趣味ないし」


 慌てて、望月はヒモの結び目があるであろう腰と、それから股間を手で押さえ、赤面した。


「そ、それもだけど、ほら、その、大きさ、とか……」


 ――あぁ、そういうことか。


 さっきよりも、ワンサイズ小さめの胸を見て、大和は察した。


「大丈夫。パッドで大きく見せていることなら墓場まで持っていくよ」

「え……パッド? ……はっ、うんそうなの♪ わたし、パッドで大きく見せているの♪ でも男子なら猥談でぽろっと言っても仕方ないよね♪」


 ――なんだ? えらく上機嫌だな?


「じゃ、早く入学式行こ」

「お、おう?」


 大和が腑に落ちない顔で首をかしげると、望月は勢いよく、背筋を伸ばして立ち上がった。


 バチン、と不吉な音がして、望月の胸が、バインとワンサイズ大きくなった。

 大和も、そして望月もその姿勢のまま凍り付いた。

 しばらくして、望月は目尻に涙を溜めながら、震える頬を赤くした。


「ぱ……ぱっどだよぉ……」

「お……おぅ…………」


 初対面で目にした、谷間の深さを思い出しながら、大和は慈悲の心で頷いた。



   ◆



 世の中には、胸を小さく見せたい人もいるのだなぁと学びながら、大和は自分の心が綺麗になるのを感じた。


 望月に悩殺されてしまった感は否めないが、慈悲の心が湧いて止まらない。これも、立派なシーカーになるための一歩だと思いながら、大和は望月の秘密を守ろうと心に誓った。


「待たせたな勇雄」


 そして、2人で更衣室から出ると、廊下で待っていた勇雄が一言。


「……なぁ大和。何故男子更衣室から頬を赤らめた女子と一緒に出てくるのだ?」

「誤解だ!」


 心に一点の曇りを残して、大和はお腹の底から叫んだ。

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 書籍版ではこのシーンはカラーページになっております。

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