第32話 銃でもミサイルでも魔術でも持ってこいやァ……


「調子こいてんじゃねぇ、ぞっ!」


 男子の一人が手をかざすと、極太の石柱が列車のような勢いで飛び出した。


 ――凄い……。


 いわおの砲弾ではなく、繋がった一本の石柱。魔力をあれだけの大質量物質に高速変換する魔術センスは、並大抵のものではない。


 明らかに、蕾愛と同類の天才だ。


 大型トラックでも粉砕するであろう死の塊が、生身の勇雄に迫り、大和は息を呑んだ。


 助けに入ろうと一歩踏み出して、目を見張った。


 勇雄の体が、どろりと溶けた。

 いや、溶けたようにやわらかく体をひねり、最小限の動きで石柱を避けた。

 推薦組の石柱男子は、まるで水面に映った勇雄を貫いたような気持ち悪さを感じただろう。


 コンマ一秒のさらに半分もかからず、勇雄は無音で、雷光が駆け抜けるような俊敏さで、石柱男子との距離を詰め、すり抜け、彼の背後で立ち止まると、石柱男子は腹から血を滲ませながら前のめりに倒れた。


「まずは一人、む?」


 何かを察して勇雄が長巻をかざすと、柄が切断された。

 すぐ近くに控えていた男子が、不敵に笑った。


「俺の適性は斬撃現象そのものだ。長巻使いらしいが、得物がなけりゃただの無能だろ?」

「問題ない。事後だ」


 次の瞬間、斬撃男子は仰向けに倒れた。その胸には、赤いシミが広がっていた。

 大和には、いつ斬ったのかもわからなかった。


 速い、のもあるが、何よりも早い。


 両手で保持していた長巻の柄を両断された勇雄は、長巻を持ち直すこともなく、刀身側の柄を握っていた右手で、片手剣よろしく長巻を振るったのだ。


 元より、長巻とは刀の柄を長くしたモノ、柄を失えば、刀として使えば良い。


「これで二人、残るは三人か」


 言いながら、三人目の男子に斬りかかるも、勇雄の快進撃はここまでだった。

 勇雄が振り上げた刀は、半透明の手たちにわしづかみにされ、動きを封じられていた。

 大和をニワトリに、勇雄をヒヨコに、自身を鳳凰にたとえた男子が、鼻で笑った。


「長巻使いかと思ったら剣士かよ。でも、俺のザ・ハンズの前じゃ無力だなぁおい!」

「問題ない」


 勇雄は何の未練も無く刀から手を離すと、鋭い踏み込みで、自称鳳凰男子との距離を踏み潰した。それが最悪手であることは、大和にもすぐわかった。


 勇雄は魔力による肉体強化ができない。それでも彼が戦えたのは、対アポリア用の、高周波長巻ヴァイブロブレードという現代兵器の恩恵によるものだ。


 武器すら手放した今、勇雄は通行人Aでしかない。


 赤信号を渡れば車の方が被害者になる魔力使い相手に素手で挑むのは、自殺行為だ。


「おいおい剣士が剣を離してどうす――」


 勇雄の両拳が唸りを上げ、自称鳳凰男子の言葉を奪った。


 一息の間に、左右の拳は身の程知らずの鼻、アゴ、喉、みぞおち、恥骨に叩き込まれ、なのに打撃音は一発しか聞こえなかった。


 途切れない音速のつるべ打ちに、人間の聴覚認識能力がついていけなかった証拠だ。


「ぎゅ、ぎゅびぃいいいいいいいいい!」


 鼻から下が砕けた自称鳳凰男子は激痛のあまり、のたうち回ることもできず、全身をビィッーンと伸ばしたまま、地面で悶絶して痙攣し続けた。


「これは失敬。まさか、ヒヨコパンチで悶絶する鳳凰がいるとは思わなかったのでな」

「な、なんだそれは……それは、どういう魔術だ?」


 先程、炎を操って見せたリーダー格の男子は顔が青ざめ、声が震えていた。


「魔術ではない。これは五〇〇〇年、人類が積み重ねてきた、ただの武芸だ。そこにあるのは超自然現象チートではなく、人体工学と物理学が支配する、この世で最も公平なことわりだ」


 心穏やかに、明鏡止水の境地で語る勇雄を前に、最後の男子が悲鳴を上げてライフル銃を構えた。それが彼の魔術なのか、自身の周りにドーム状の透明なシールドを展開した。


 勇雄から底知れぬ恐怖を感じたが故の、緊急行動だろう。


「シールド越しに銃を構えてどうする?」

「へ?」


 一切の予備動作が無い、勇雄のノーモーションパンチがシールドを叩くと、中の男子が吹き飛んだ。自分のシールドに背中と後頭部からぶつかり、鼻血を噴いて倒れた。

 何が起こったのか、まるでわからない。


「これはエネルギーを物質の奥へ伝える【遠当とおあて】という技だ。空手家が積み上げた瓦の数枚目だけを割るのを見たことはないか?」

「う……く、ふざけるな!」


 腰の引けていたリーダーが、激昂しながら両手首を合わせ、蛇の頭を模した。途端に、両手の間から膨大な液体が吐き出された。


「毒竜アンフィスバエナの硫酸瀑布だ! 肉体強化もできない体でどうする!?」

「問題ない」


 言うや否や、勇雄の両腕が、それぞれ反対向きの円運動を切った。


 それだけで硫酸瀑布はかき消された。勇雄の腕に付着した硫酸は、遠心力で一滴残らず振り払われ、宙に対の三日月を描いた。まるで刀の血払いだ。


 勇雄の手はもちろん、白ランの袖すらも無傷だった。


 リーダーはまぶたとあごを限界まで開き、愕然と震え始めた。


「硫酸、が……」


「何を驚く? 空手の【廻し受け】は初心者が最初に習う、あらゆる防御の基礎。究めれば万物を払う鉄壁城塞と化す。硫酸如き防げないでどうする? そうだな、お前らには、とある高名な空手家の言葉を教えてやろう……『銃でもミサイルでも魔術でも持ってこいやァ……』」


 にやぁっと、勇雄の口角が好戦的に吊り上がった。


「くっ……」


 顔中にしわを寄せて、リーダーは歯が折れそうなほど歯ぎしりをした。直後、彼の背中からドラゴンの翼が生えて、宙に飛び上がった。

 炎と硫酸の両方を操っていたが、彼の適性はドラゴンそのものらしい。


「何が武芸だ! 手足が届かなきゃ何もできない無能じゃないか!」

「問題ない」


 空でゲラゲラと笑うリーダーを尻目に、勇雄はシールド男子が落としたライフル銃を蹴り上げた。


 ジャグラーのように空中で銃のグリップを握ると同時に銃口を空に向け、引き金を引いた。


 一発の弾丸はリーダーのあごをかすめ、彼は白目をむいて動きを止めた。


 どうやら、衝撃で脳震盪を起こしたらしい。


「言ったはずだ。魔力戦闘以外の全てを修めたと」


 こともなげに告げて、勇雄はライフルを地面に捨てた。


 が、それを待っていたかのように、落下し始めたリーダーの体から、リーダー自身が抜け出した。


 まるで分身の術だ。


「油断したな! アンフィスバエナは双頭竜! お前が撃ったのは魔術で作り出した偽物だ! じゃあな無能。このまま職員室に行ってお前に襲われたって証言してやるよ!」

「いや、それは無理だな」


 大和は、目の前・・・のリーダーに、背後からそう言ってやる。

 リーダーは、肩越しに振り向き、空を飛ぶ大和に目を剥いた。


「なぁっ!? なん、で?」


 ――ヴォルカンフィストは派手すぎる。入学早々大きな騒ぎは、真白先生に迷惑がかかるかもしれない。なら。


 右膝を持ち上げ廻し蹴りの体勢に入ると、腰を捻りながら右踵と左爪先を噴火させた。

 ジェット噴射よろしく、反動で放たれた弾丸シュートはリーダーのみぞおちに抉り込まれた。爪先に、内臓の柔らかさを感じた。


「げぶぉぁっ!?」


 平手打ちを喰らった羽虫のようにリーダーが地面に激突すると、敷石には蜘蛛の巣状のヒビが走っていた。まるで蜘蛛に捕まったハエだった。


「ふ、ふたりがかりなんて……ひきょう、だぞ……」


 最低の言葉を遺言に、リーダーは気絶した。腹部は、黒く焦げている。


「五人がかりに言われたくねぇよ」


 足裏から噴射するジェットの火力を調節しながら地面に降り立つと、勇雄が駆けてきた。


「凄いな、今のはどういう技術だ?」

「イラプションアーツのことか? 俺はいわゆる山属性って言えばいいのかな。とにかく、攻撃に合わせて各部を噴火させることで、打撃力を上げることができるんだよ。ちなみに高熱のオマケつきな」


 大和がファイティングポーズを取ると、炎も無く、拳が暖色に光った。


「それは素晴らしいな。魔力の無い私には真似できない芸当だ。素直に羨ましい」

「そ、そうか?」


 ここまでストレートに褒められるのは珍しくて、大和はやや照れた。


「ところでだけど、これ、暴力事件にならないよな?」

「なるわけがないだろう。推薦生五人がかりで私のヒヨコパンチに負けたと告白する勇気があれば別だがな」

「それもそうか」

「うむ…………ヒヨコパンチか」


 勇雄の口元が緩む。


 ――あれ? もしかして気に入っている? いや、まさかな。


「医務室には連絡を入れた。では大和、あぁ、大和と呼んでいいか?」

「お、おう」


 これだけ性格イケメンで、ヒヨコパンチの名前に惹かれるわけがないと、自己完結した。


「では、講堂へ急ごう。スケジュールは十五分前行動が基本だ」

「え、俺、初対面なんだけど一緒にいいのか?」

「貴君は真白師匠が選んだ生徒だ。悪い人の筈がない。そうだろう?」


 頼もしい笑みを浮かべ、勇雄は握手を求めてきた。


 ――貴君って、古風だなぁ……けど。


 地元の友人たちとは違う、蕾愛とも違う。同じ道を志す親しい間柄、初めての【戦友】に大和は嬉しくなり、握手を交わした。


「あ、そうだ。その前に俺、寮で制服に着替えないと」

「それなら講堂横の更衣室を使えばいい。この学園は戦闘で制服の損耗が激しい。制服は学園中の更衣室に新品のモノが常備されている」


「そうなのか?」

「ああ。たいていの新入生は制服姿で記念写真を撮る為に、早くに来て着替えるから、今は空いているだろう。荷物もそこのロッカーに預けるといい」


「お前詳しいな」

「入学要綱に書いてあったぞ?」


「お前、あのバカ長いの全部覚えているのか?」

「無論だ」


 勇雄の頭上に、【勤勉】の二文字が浮かんで見えるような気がした。大和は感心半分、呆れ半分で苦笑を漏らした。

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