第34話 1人では1万年かかることも365万人いれば1日でできるのです。


 2時間後。


 入学式を終えた大和、勇雄、望月は、【1年10組】の教室で席に座り、教卓には浮雲真白が立っていた。


「それでは皆さん、もう知っているとは思いますが、私が担任の浮雲真白です。これから3年間、共に学び、鍛え、立派なシーカーを目指しましょう」


 女性にモテそうな甘いマスクは相変わらずゆるゆるで、人懐っこい笑みで自己紹介をしてから、真白はぐっと親指を立てた。


「安心してください。先生に身も心も委ねれば、必ず強くなれますよ。強制的に」


 うふふ、と無邪気な笑顔のあとに、真白は手を叩いた。


「ではまず自己紹介といきましょう。せっかく同じクラスになれたのです。みんな仲良くしましょう。1人では1万年かかることも365万人いれば1日でできるのです。ここにいる17人が協力すれば、壊せない壁などありません」


 いかにも文部科学省推薦と言わんばかりの謳い文句を並べ立てる楽し気な真白と、教室の番号プレートを交互に見比べて、大和は違和感を覚えた。


 推薦男子たちは、クラス分けは教師も質のいい順と言っていた。

 それが本当なら、真白は最下位の教師、ということになる。

 ネームドを一撃で倒した秋雨の息子が弱いとは思えない。

 どうしてだろうと思っている間に、自己紹介が始まった。


「えと……その、ミ、ミンナ・スンマネンです!」


 長身豊乳金髪翠眼美少女の急な謝罪で、教室に変な空気が流れた。


「あ! こういう名前なんです。北欧のフィーランド国から来ました」


 ――個性強ぇな……ていうか他のみんなも……。


 大和の視線の先には、2メートル級の巨漢がいた。逆に、小学生のように小柄な男子もいた。


 女子には、褐色の肌に黒縁メガネをかけた子や、金髪翠眼の西洋人、強化外骨格パワードスーツを着た少女や、金髪銀眼で人種のわからない顔立ちの少女が、平然と座っている。


 入学式の段階で思ってはいたが、少なくとも、中学時代には見なかったタイプの生徒達だ。


 ――望月もアルビノだし、まさか真白先生、外見で生徒選んでいないよな?


 金髪銀眼で人種のわからない、CGゲームのヒロインみたいな外見の女子が立ち上がった。


 一切の体温を感じない程に無表情なくちびるから、漂白されきった言葉が漏れた。


「はじめまして。自律式汎用人型サポートAI、ニコラシリーズ、第七式オートマトンです。気軽に【七式ななしき】とお呼びください」


 ――ロボット!? いや、確かニコラシリーズって、人工的に魔力を生成する疑似魂を搭載した、もっとも人間に近い人工物だっけか?


 AIは赤子のように、数年かけて成長するため、大量生産は不可能らしい。

 それこそ数年前、倫理的問題にかかわる人権団体との衝突を、テレビで見た。

 続いて、チョコレート色の髪と目をした、小柄な少年が立ち上がった。

 優し気な顔立ちで、清涼感のある好青年然とした男子だ。


「僕は蜂道はちみち蜜也みつや、蜜也って呼んで下さい。好きなモノは動物全般で魔術適性は昆虫のハチです。なので魔力をハチミツやローヤルゼリーに変換できます」


 ――ずいぶん平和的な魔術だな……。


 正直、それでどうやって戦うのかわからない。


「ハチミツ入りクッキーを焼いてきたので、よかったらどうぞ」


 机から包みを取り出すと、蜜也はクラスメイトひとりひとりを回り、クッキーを配った。


 大和も一つ手に取って食べると、サクサクの食感と口いっぱいに広がるハチミツの甘さが最高だった。


 料理の腕と性格は関係ないけれど、彼とは仲良くなれる気がした。

 勇雄といい望月といい、このクラスには良い人が多いように思う。

 流石は真白先生が直接スカウトした生徒だと、大和は感心した。


「アタシは御雷蕾愛。言っておくけど、この学園のてっぺん獲るから、異論のある奴はいつでも相手になるわよ!」


 ――前言撤回しようかな。


「蕾愛、なんでお前俺と同じクラスにいるんだよ? 特待生なんだから、2組か3組じゃないのか?」


「はんっ。アンタに合わせてやったのよ。実力的には推薦生が集まる1組なんだけど、次アンタがアタシに負けた時、担任の指導力のせいにされたら困るじゃない?」


 大和の問いかけに、蕾愛は胸を張って鼻で笑った。

 七式が無感動に一言。


「事実と異なります。私のデータによりますと、2組の担任と喧嘩になり、真白先生に引き取られたとあります」

「黙れポンコツ!」

「しかし、虚偽の報告はいけません」

「虚偽じゃないわよ!」


 ヒステリックに叫ぶ蕾愛とは対照的に、七式はお人形さんのように無機質で、まるで壁を相手に話しているようだった。


 そして、虚偽の報告はいけません、という言葉に、望月は表情を硬くしていた。

 妙に、自分のワンサイズ小さく押さえた胸を気にしている。


 俺がなんとかしなければ、そんな使命感を手に、大和は小さく拳を握った。


 それから、大和も月並みな自己紹介をし終えると、真白は満足げに頷いた。


「これで全員ですね。では、今日は入学式ですし、早く東京を観光したい人もいるでしょう。今日はこれで終わりにしましょう」


 さっきまで七式との言い合いで不機嫌になっていた蕾愛が、ちょっと上機嫌になった。


「明日からの土日を挟み、来週の月曜日から始まる授業を楽しみにしておいてください。ただ、中には自信の無い子もいるでしょう。今日これから、グラウンドで初心者向けの補習を行います。参加は自由ですので、よろしければどうぞどうぞ」


 最後までおどけた態度で、真白は今日の授業を締めくくった。


 近くの席に座る蕾愛が小声で、「良かったわね、初心者向けだって」と、意地悪な言葉を投げてくる。


 その言葉がチクリと胸に刺さると、終業を告げるチャイムが鳴った。


 みんなが席を立つと、蕾愛はわざと大和の前を通り過ぎながら、手を振った。


「じゃ、アタシは東京見物してくるから、せいぜいがんばんなさい」


 背中を見せ、肩越しに捨て台詞を吐かれるも、大和は怒りよりも不安が勝った。


 蕾愛の言う通りだ。


 客観的に見て、大和の魔術センスが最低レベルなのは事実だ。


 この3ヶ月、真白に言われた自主訓練をしたおかげで、蕾愛との差は多少なりとも縮まった自信はある。


 けれど、今日から条件は同じだ。蕾愛の他にも、きっと才能あふれる生徒がたくさんいるに違いない。


 大和の夢は、秋雨のような最高のシーカーになることで、他人に勝つことじゃない。

 けど、油断しているとすぐに落ちこぼれるだろうという予感に、身が引き締まった。

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