第8話 『聖女』と決断
「ベリス、ちょっといいか?」
そう自信なさげに私を呼んだのは婚約者。新品の黒いスーツに身を包み、髪先から足先まで十二分に整えた美青年。そしてこの国の第二王子という肩書きを持つ真面目な青年だ。
「ええ、少し待っててください」
私は近くの人に断りを入れ、卒業パーティーの席を立つ。
実は陛下も『聖女』様もいなかった時点で、何かあるだろうとは思っていた。しかし直前……いや、パーティーの最中まで伏せているということは何かあるのだろう。周りの貴族もそんな空気を察したのか、はたまた作法かはわからないが、そのことを責めるような空気はなかった。
「お待たせしました。お話ですよね? 応接室に行きましょう」
「ああ……」
私はまっすぐに応接室に向かう。たぶん今日は、第一王子と『豊穣の聖女』様の婚約発表でもするのだろう。祝福の言葉の一つでも考えておかなければいけない。
とはいえこれで、私もお役御免という訳だ。
そう考えながら応接室の扉をノックして入る。予想通り、陛下と杏がいた。そして第一王子は何処に? 疑問を口にする前に婚約者が陛下の横に座る。
私は杏の横に──って、近い近い。胸も当ててるのは意図的なのか? 私の貧相な乳への当て付けか?
「卒業パーティーの最中に呼び出してすまない」
「いえ、重要なことなのでしょう?」
「……ああ、そうだ」
陛下は不貞腐れた様子で言葉を続ける。
全く……ただの付き人終了のお知らせなのに、なぜこうも重たい雰囲気で、嫌々な様子なのだろうか。
「ベリス・ブラッドストーン嬢と我が息子の婚約破棄と、アンズ・クシナダの婚約について、だ」
「はあ、聖女様。おめでとうございます……それで私の婚約破棄と『聖女』様の結婚になんの関係があるのですか?」
「正確には、『アンズ・クシナダとベリス・ブラッドストーンの婚約』について、だ」
その思考の答えはすぐに、陛下の口より示された。
……はい? 私と『豊穣の聖女』の婚約? いや待て思考が追い付かない。
ただわかるのは、婚約者が震えていることと、隣の杏の明るい雰囲気だけ。私に関連する事柄が、当事者を差し置いて進められていたことへの不快感を抱きながら、私はその真意を問う。
「……確か、歴代の『聖女』は皆、役割を終えたら、召喚した国の第一王子と結ばれると聞きましたが」
「博識だな。確かにそうだ」
「この国の第一王子もそれに則り、昨年縁談を破棄していたと記憶していますが」
「そのようなこともあったが、復縁している」
「この国では『同性婚』は認められていないのでは?」
「……」
陛下は押し黙る。どうやらこれから法改正を行っていくつもりだったらしい。
しかしこの国の国教は同性愛や不倫を悪とし、重婚もまた禁じている。いくら国王とはいえ、そのようなことで職権濫用をされては困る。
『杏もよ。私と婚約するって……第一王子の方が得よ?』
『そんなわけありません! 私は私の意思で、ベリスさんと結婚したいんです』
処置無し。頑固な子だとは知っていたけど、これは横暴が過ぎるわ。そして胸を押し付けるの、柔らかくて意識がそちらに向くから、本当に止めてほしい。
「アンティもいいの? 私としては第二王子と結婚するのが理想的だし、家の為にもなるのだけど……」
「……俺は」
処置無し……というより、誰に聞いても最終判断は私なのよね、これ。全く……これがあるから私は貴族社会は嫌いだ。産まれる前から決まっていた婚約者、当事者の預かり知らぬ所で進行する問題、大事なところで決断することを渋るその態度。その全てが気にくわなかった。無論、私もそんな貴族の一員。同族嫌悪やブーメランであることも十二分に理解している。そんな部分も含めて、私は嫌いなのだから。
「……陛下。私も発言する権利くらいは残されていますよね?」
「ああ。十二分に、ブラッドストーン嬢の意向は尊重するつもりだ」
「でしたら──私は、第二王子との結婚を選びますよ」
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