09話.[我慢しないとな]

「なんか久しぶりに来た気がする」

「確かに」


 ある意味、雪姉や両親がいてくれなくて良かったと思う。

 なんてことはない、ただ事実を突きつけられるだけなんだけど。


「静、好きってそういう意味でか?」

「うん」


 直球すぎる、回りくどくないのはいいかもね。

 ああいうことを言われた時点でそういう意味かもしれないという不安はあっただろう。

 なのに彼はこうして俺の家に、部屋に入ってきた。


「理由を聞いてもいいか?」


 単純なんだけどと保険をかけてそのまま説明しておく。

 正直に言って意味のないことだ、保険をかけたところで事実が変わるわけではないし。


「そうか、本当に子どもだったのは静なのかもしれないな」

「そうだよ、優しくされたら影響を受けてしまうんだよ」


 自覚したのは最近だけど。

 でも、このままなら振られるのだとしても大丈夫そうだ。

 いられないわけじゃない、あくまでこのままを続けてくれるのなら。

 我慢を強いることになるからいいことではないのが気になるところかもしれない。


「あのときは逃げてごめん、だけど言えて良かった」

「んー、でもずるくないか? 静はそれですっきりできただろうけどさ」

「本当にごめんっ、別に忘れてくれればいいからっ」


 彼はお前とは決して言わないから安心する。

 俺が相手に対して言わないのは言う資格がないのと言われたくないからだ。

 なんか友達じゃないみたいな感じがして嫌だった――というのは情けないだろうか?


「今日みたいな態度を続けてくれれば俺もすぐに片付けられるからさ、また我慢をさせてしまうことになるけど……悪いけどお願いできないかな?」


 もう気持ち悪さはどこかにいってくれた。

 彼はいまはっきりとではなかったけど答えを出してくれたから。

 とりあえず7月までランニングは適度にして勉強を頑張ろうと思う。


「まあ無理ならいいよ、そもそもこれまでがおかしかったしね」


 いつまでも甘えていないで我慢しないとな。

 それがいまの自分には必要なことなんだろう。


「頑張ってね、有田くんに勝てるように」


 俺も10位以内を目指してやる。

 有田くんに教えてもらって優秀になっている栗原くんに聞くのもいいかも。

 って、さっきから自分しか喋っていないじゃないか!


「仁志くん?」

「静は相変わらず独り言が多いな」

「そうなんだよ、うるさかったらごめんね」

「今日は謝りすぎだ」


 それは無言の圧力をかけてきているからだと答えたらどうなるんだろう。

 前みたいにそのつもりはなかったんだけどな、で終わりだろうか。


「すぐに片付けられるのか?」

「うん、頑張るよ」


 これが自分勝手に好きだと言ってしまったことによる罰か。

 全てを聞かれて、意地でもできると答えるしかない問答。


「静が頑張らなければならないのは勉強だろ、俺の塾生なんだから」

「教えてくれるの?」

「そりゃ教えるさ、中途半端な成績を取られる方が嫌だから」


 すごいな、普通なら気持ち悪いで終わっているところだろうに。

 有田くんもそうだけど彼らは大人だ、自分にはできないことをしている。

 でも、わかっていたけど……残念だった。


「ありがとう」


 また雨が降ってきてもあれだからと部屋から出てもらった。

 その際には同性だからと気軽に触れたりはせずに。


「静、また明日も来るからな」

「うん」


 あっさり散ってしまったなあ……。

 自覚したのが最近すぎるだけにそこで初めて涙が出た。

 これだったら言うべきではなかったかもしれない。

 言えばすっきりするなんてそんなことはなく、彼を困らせただけだった。




 教室から逃げる癖は酷くなっていた。

 3分でもあれば確実に廊下で過ごすのが常。

 放課後になっても居残ることはなくすぐに家に帰って引きこもり生活。


「なんですぐに出なかった、明日も来るって言っただろ」

「ま、まだいいかなって……」


 なにもかも自分が馬鹿だったことに後から気づく。

 通常時みたいに対応されるってこれほど悲しかったのかって。

 いやでもまあ、気にせず忘れてくれればいいのだから合っているんだけどさ。


「なにがまだいいだ、10位以内を目指すにはいまからでも早くない」

「いいよ、自分でできるよ」


 少なくとも1週間ぐらいは時間をくれないと無理そうだ。

 今度は吐き気はないものの、一緒にいるのが苦しすぎる。

 面倒くさい性格なのはわかっていてもすぐに変えられることじゃない。


「ごめん、やっぱりすぐに片付けられないや」

「言っていることが全然違うな」


 君にそうさせているようにこっちだって我慢しているだけだよ、なんて言えない。


「教えてくれなくていいよ」


 くそぅ、女々しい性格をしているとはわかっていてもどうしようもないんだよなあ。

 これならまだ気持ち悪いだとか罵倒して離れてくれた方がマシだった。

 ストレートに受け入れられないって言ってくれよ、回りくどい言い方しないでさ。


「もう俺みたいな馬鹿な人間のところに来なくていいから、嫌いになってくれればいいから」


 扉を優しく閉めて鍵もちゃんとした。

 これなら周りに言いふらしてくれた方がマシだ。

 本当に矛盾しているけど、変に優しくしてほしくなかった。

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