08話.[この後のことも]

 有田くんは積極的にクラスメイトと関わるようになった。

 ああして変われるのは素直に素晴らしいことだと思う。

 しかも遊んでいるだけじゃなくて、みんなに勉強を教えていたから自分にとっても得なはず。

 なによりいい変化は仁志くんとも普通に話せるようになったことかな。

 周りとしては利用するみたいな形になっちゃうけど、学年1、2位のふたりが教えてくれるのは大きい。

 そんな中俺はと言うと、


「廊下は落ち着くなあ」


 教室から逃げ癖がついてしまった形になる。

 やっぱりなんだかんだ言っても、というか、他の人と仲良くしているのを見たくないんだ。

 叶わないことだってわかっているのに独占欲を働かせて馬鹿みたいだった。

 そもそも自分の近くにだけいてくれる人というわけでもないのにね。


「でもさ、3人で仲良くしたいって言っていた栗原くんが率先して他の人といるなんてさ」


 独り言も増えてしまう。

 なんだろうな、問題は仁志くんだけじゃないというか。

 そういうのも見たくないからこそこんなところにいるのかもしれないけど。

 休み時間が終わったら戻らなければならないのが嫌なところだ。

 でも、こちらに意識をやる人間なんかいないからその度に出ればいいのは気楽。

 お昼休みも同じこと、今日は雪姉が作ってくれたやつだから凄く新鮮で美味しかった。

 午後の授業を乗り越えて外に走りに行けばすっきりする、かと思いきや。


「自覚しなければ良かったな……」


 大体、お見舞いに行ってこちらが意識するってどういうことだよ……。

 ちょっと転んだだけで寝てしまったのも問題すぎる。

 そこまで寝不足というわけでもなかったのにな、安心感の違いだったのかな。

 とりあえず荷物は家に置いてあるから終わったらゆっくりと家に向かって歩き始めて。

 その途中で逃避するなら今回にするべきだったなと後悔した。


「よう」

「え、あ、うん」


 なんかこうして栗原くんと1対1で話すのは久しぶりな感じがする。

 家の外で待っていたということは用があったのだろうと考えて中に入ってもらうことに。

 飲み物を渡してこちらはなんとなく床に座ってみた。


「いきなり来て悪かったな」

「いや、もうちょっと早く帰ってくるべきだったね」

「走りに行っていたんだろ? 約束をしていたわけでもないんだからいいんだよ」


 なんだろう、なにか言いたいことがあったのかな。

 もしかしたら教室から逃げている点で言われるかもしれない。


「有田に勉強を教えてもらってから勉強が好きになったんだ」

「お、それはいいことだね」

「でもそれは仁志がこれまで教えてくれていたからこそなんだよな」


 俺もそういうのがあって勉強ができるようになった。

 赤点を取らなければいいだなんて適当にやらなくなっていい変化だと思う。

 彼のおかげで走る楽しさだって知れたわけだし。


「えっと、つまり仁志くんといたいってこと?」

「ん? そりゃ友達としてはいたいけどな」


 名前を出したからてっきりそういうことかと思ったけど違うようだ。


「やべえ、なにを言いたいのかわからなくなった」

「仁志くんが好きとか?」

「友達としては好きだぞ、優しいからな」


 こちらとしてもなんのために来たのかわからないぞ。

 これぐらいの会話ならなにも相手の家ですることではない。

 逃げている自分が言うのもなんだけど、廊下とかで話し合えばいいはずだ。


「あ、静はなんでまた逃げるようなことをしているんだって聞きに来たんだ」

「聞かれると思ったよ」


 みんなが盛り上がっていて眩しくてと説明しておいた。

 流石に仁志くんが好きで、他の人と盛り上がっていて嫌だなんて言えない。

 別にばらされるからとかそういうことじゃない、栗原くんはそんなことをしないはずだし。

 ただ、これは誰にも情報がいくことなく終わらせることだから必要ないのだ。


「なるほどな、嘘つきやがってこの野郎」

「えぇ」

「また仁志となにかがあったんだろ? 近づいていないからわかるんだ」


 基本的に俺は来てもらう側だった。

 そもそも彼が来るのは放課後の勉強会ぐらいのときだけ。

 最近だってそう、彼や有田くんといるだけで。


「タイミングが重なりすぎているんだ」


 あー……失敗した、本当に下手くそだな自分は。

 誘導尋問されているだけかもしれないけど正直なところを吐いておいた。


「仁志が誰かと仲良くしているなんていまに始まったことじゃないだろ?」

「そうなんだけどさ、みんなにも平等に対応するところがいいはずなのに逆効果というか……」

「独占欲なんて働かせていると辛くなるばかりだぞ」


 いま実際そうなっているからよくわかります。

 でも、自分にだけ違う一面を見せてくれる、なんてことがあったら良さそうでしょ?

 別に特別に好きでいてくれていなくてもいいから、少し距離が近い方がいいというか。


「だったら言えばいいだろ」

「言えないよ、断られたら引きこもるよ?」


 そうなる可能性しかないんだから自分が逃げているんじゃないか。

 こうすることが1番だ、他人に変えてもらおうとしてはならない。

 

「ま、なかなか好きだとは言えねえよな」

「え゛、な、なんでそんな話になってる……」

「つまりそういうことだろ」


 大量の人間と関わっているとわかっているのにそういう感情を抱いてしまうところがそういうことに繋がると言われてしまい黙ることしかできず。


「仁志のことが好きなんだろ?」

「……好きだけどさ」

「あいつが受け入れるかねえ……」


 まだ自分が異性だったら1パーセントぐらいは可能性があったかもしれないけど……。


「安心しろ、言いふらしたりはしないから」

「栗原く――」

「文一だ」

「文一くんが言いふらすような人だとは思っていないから」


 仮に同性愛者だと言いふらされても事実だからいいけど、相手に迷惑をかけるようなことになってしまうのは違うからほいほいと話すことはできない。


「でも、言わなければ伝わらないぞ」

「それはわかっているんだけどね」


 結局、その後も同じようなやり取りが続いて解散となった。

 せっかく来てくれたのに申し訳ない。

 自分がせめて女の子だったならって思わずにはいられない。

 でも、現時点で怪しい行動をしてしまっているから恐らく近い内に仁志くんからも言われるだろうし……。

 もう一層のこと相手に迷惑をかけるとわかっていてもぶつけさせてもらうべきかも。

 さっさと有りえないと言われてしまえば割り切れるように頑張れる気がするから。


「珍しいな、こんな時間に」

「ごめん、連絡先を知らなかったから」


 そこまで非常識な時間というわけでもない。

 現在は19時半、今日中になんとかしたかったのだ。


「それで?」

「あー……」

「ここじゃ言いにくいのか? それならあの公園にでも行くか」


 せっかく言ってくれたのならと移動することに。

 幸い、いまも雨が都合良く止んでくれているから気分も楽だった。

 いやまあ、正直に言って吐きそうだったけど。

 そして実際に気持ちを吐くんだけどと、つまらないことを内で言ってみる。


「うぷ……」

「調子が悪いのか?」

「いや……これからのことを考えると吐きそうになってね」

「これからって、公園に行くのにか?」


 ふぅ、公園の場所が彼の家から近いのがまた……。

 乾いているのを確認してからベンチに座る。

 猛烈に吐きそう、けれどこれが終われば解決するんだから。


「これは教室から逃げているのと関係があるのか?」

「うん、そうだよ」


 言えば相手の気持ちはともかくすっきりする。

 1度だけゆっくりと深呼吸をしてから全てを吐いた。

 このために帰るのが遅くなるとは説明しておいたから問題ない。


「聞いてくれてありがとうっ、それじゃ!」


 なので思いきり言い逃げをした。

 しょうがない、わざわざ聞くまでもないことなんだから。

 唐突だけど、夜道というのは逆にテンションが上がるものだ。

 告げてしまったことでわざとおかしくしているというのもあった。

 ある程度走ったところで中身を全部出して続きを走って。

 帰りはわざと歩幅を小さくしてめちゃくちゃ時間をかけて帰った。




「今日も休むの?」

「うん……気持ち悪くてね」


 もうこれで3日目のズル休みということになる。

 これまで皆勤だったけど一切気にせずに休んでいた。

 連絡先を交換していなくて本当に良かったと思う。

 仮に交換してあってもくる可能性は低そうだけど。

 ただ、少なくとも返事はちゃんと聞いておくべきだった。


「あまり長く休んでいると学校に行けなくなるわよ?」

「大丈夫、明日は行くよ」


 言ったら言ったでこの気持ち悪さだ。

 どうせどうにもならないからそろそろ行く。

 いや、寧ろ今日から行こう。

 まだ連絡もしていなかったから大丈夫大丈夫。


「雪姉、悪いんだけど学校の外まで一緒に行ってくれないかな?」

「いいわよ」


 流石にひとりじゃ重圧がすごいから仕方がない。

 問題なのはこれまた学校までの距離が離れていないこと。

 雪姉にお礼を言って校門をくぐって。

 いつもより遅い時間ではあっても遅刻しているわけではないのが幸いか。


「来たのか」

「あ……ズル休みは2日で終わりかな」


 普通に対応できるところがすごい。

 なかなかできることじゃない、話しかけることだってそうだ。


「ズル休みだったのかよ、風邪を引いたのかと思っていたんだけどな」

「ははは、俺は最近風邪を引いたことなんてないよ」


 適度に運動しているのがいいのかもしれない。

 それかもしくは馬鹿だから風邪とは無縁の生き物なのかも。

 まあ自分のことだけを考えて告白してしまうのは馬鹿か。


「ひ、仁志く――」

「はよーっす」

「お、文一か、おはよう」


 やばいやばい、朝から聞くなんて自殺行為だ。

 気持ちが悪いのは相変わらずだからちゃんと言ってからトイレに入る。

 その際も焦ったりはしない、演技力下手くその自分でもそれぐらいはできる。


「おえっ……」


 朝ごはんは食べてきていないからなにも出てこない。

 口内を水で綺麗にして教室に戻る。


「おかえり」

「うん」


 これから授業だというのがいまは気になるところだな。

 休み時間はなるべく廊下で過ごすことにすればいいか。


「そういえばさっき、なにか言いかけてなかったか?」

「うん、遅かったけどおはようって言おうとしただけ」

「なるほど、それを文一が邪魔したということか」

「おいおい、その言い方はねえだろ……」


 確かにそれではあんまりだと思う。

 ただなんだろう、このあくまでなにも聞いていない的な態度は。


「それより静、ズル休みなんてしてんじゃねえ!」

「ご、ごめんっ、走りすぎたら酷い筋肉痛になっちゃってさっ」


 実際は走ってもなんらすっきりしないし、寧ろ不快感が増しただけだった。

 その後もろくに食欲が湧かなかった、ろくに寝られなかったで最悪だったのだ。


「あ……いや違うや」

「もしかして言ったのか?」

「うん……」


 本人が側にいようが関係ない。

 もう栗原くんにも知られているんだから隠す必要もない。


「で、臆してズル休みか」

「うん、言ったら楽になると思っていたんだけどね」


 もしかしたらあの態度はなかったことにしたかったのかもしれない。


「まあ待て、本人がいるんだから仲間外れにしてくれるな」

「余裕な態度だな」

「だって静が逃げてしまっただけだからな」


 あれであのまま残れるような強さはなかったということになる。


「静、放課後になったらまた一緒に走りに行こう」

「うん、わかった」


 ある程度の気持ち悪さぐらい我慢しようと考えていた自分。

 だけど放課後に近づけば近づくほどというか、うん、やばかった。

 トイレを利用するほどではなかったけど、笑っていられる余裕はとてもじゃないけどない。


「行くのか」

「うん、色々話を聞いてくれてありがとう」

「行動したのは静だからな、俺はなにもしてないから礼なんかいらない」

「高い高い」

「子ども扱いするな、気をつけろよ」


 どうやら彼は有田くんと勉強をするみたいだ。

 俺もこのごたごたが終わったら真面目にやらないと。


「遅いぞ」

「ごめん」


 ふぅ、これでもう問題はない。

 これからやることはただ走ることだけ。

 今度はこちらが先行させてもらう。


「そんなにゆっくりでいいのか?」

「うん、今日はこれでいいかなって」


 なんでもそうだけど継続できなければ意味がない。

 最近のこれは向上させるためではなくすっきりさせるためにしていることだ。


「まさかまた長時間走っていたわけじゃないよな?」

「あの後はすぐに帰ったよ、仁志くんは?」

「俺はあそこに残ってた、静が戻ってくるかと思ってな」

「あーごめん、正直に言ってあのまま留まる強さがなくて」


 先行を選んだ自分は凄く馬鹿だと思う。

 本能的ななにかかもしれない、すぐ後ろにいられるとどうしても気になる。


「それなのによく言えたな」

「ごめん……自分勝手だった」

「謝ってばっかだな」

「ごめん……」


 足を動かしたままする会話ではない。

 それでも止まる勇気もなく、前だけを見て走っていた。

 歩いた方がマシなんじゃないかというぐらいの速度で。


「赤だな」

「うん」


 ここからは先を走ってもらうことにする。

 とりあえず追う形の方が合っているということに気づいた。


「このまま走っても意味はない、今日はここまでにしよう」

「わかった」


 とにかく前もしくは横を歩くことを頼んだ。

 彼が選んだのは少しだけ前の場所。

 真横より話しやすいということだろうか。


「俺の家と静の家、どっちがいい?」

「じゃあ、俺の家で」

「了解」


 内側は全然静かじゃないんだけど。

 本当にどうして両親はこんなに可愛らしい名前にしたんだろう。

 俺がせめて170センチある野郎でなければ多少はマシだっただろうに。


「最近、勉強しているか?」

「うん、最低限はね。でも……」

「はは、俺で良ければいつでも教えるよ」

「それもしてほしいんだけど、純粋に一緒にやってほしいかなって」


 有田くんの勉強会には栗原くんが参加していて無理だから。

 それにほら、偉そうだけどあちらばかり褒めていたら彼が拗ねてしまう。


「おいおい、最近はなんでも自分でできるなんて自惚れてないか?」

「できるよ、だって君が教えてくれていたんだから」

「はは、授業をサボった人間がよく言えるな」

「それなら見ててよ、ちゃんとできるところを見せるから」


 まだ6月にもなっていないし時間はたくさんある。

 だからこそたくさん勉強をして今度こそ10以内を目指してみようか。


「着いたな」

「鍵を開けるよ」


 勉強でも運動でも大敗北なんてプライドが許さない。

 頑張ろうと決めた、この後のこともね。

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