06話.[見ればわかるよ]

「お、おはようございます!」

「うん、おはよう」


 変に緊張されるとこちらにも謎のプレッシャーがかかる。

 ただ教室で話しているというだけなんだから落ち着いてほしい。

 少なくとも俺よりは優秀な存在なんだから、それに俺で良ければいくらでも相手をするし。


「あ、あの」

「どうしたの?」

「友達……って、なにをすればいいんですかね?」

「休み時間になったら相手のところに行くとか、お昼休みは一緒にご飯を食べるとか?」

「なるほど、わかりました」


 微妙な立場の人間がアドバイスなんて笑えてくるけど。

 友達、かもしれない永峰くんと栗原くんがやって来た。


「おいおい、裏切り者なのか?」

「違うよ、ただ昨日友達になっただけ」

「へえ、昨日ねえ」


 永峰くんの視線が突き刺さる。

 来てから無言の栗原くんもよくわからないし。


「そうだ、勉強を教えてもらえることになったんだ、これで君に勝てるかも」

「悪いけどそれでも南波には負けないぞ」


 乗ってくれてもいいのに。

 そんな真顔で言われてもそうだねとしか言えなくなるじゃないか。


「俺は有田くんといるから永峰くんたちは気にせずにふたりでいてよ」


 そうすれば中途半端な関係に悩まなくて済む。

 だって、このふたりみたいな関係が友達だと思うんだ。

 対するこちらは、うーんって感じだし。


「行こうぜ、本人がこう言っているんだからいいだろ」

「あーまあそうだな」


 これで邪魔者も消えたというわけであのふたりはもっと仲を深めることだろう。

 有田くんがいてくれて良かった、正直に言って合わせてもらうの申し訳ないから。

 俺には優しすぎる人たちだからしょうがない。

 で、放課後になったときだった。


「南波くん、この後って時間ありますか?」

「うん、あるけど」

「あの、僕、友達とファミレスに行ってみたいんですけど」

「わかった、じゃあ行こうか」


 その後に走れば問題はないだろう。

 それにしても、この言い方だとこれまでなかったのかな?

 別に悪いことじゃないけどね、無駄遣いしなかったということだし。


「えっと、もう注いでもいいんですよね?」

「うん、大丈夫だよ」


 こういうのは自分でやらないと慣れないから代わりにやったりはしない。

 俺も有田くんの後に続いてジュースを注いで席に戻る。

 ……いま、見間違えじゃなければ永峰くんがいたような。

 なんだか怖いから見るのはやめておく。


「あ、いつでも言ってくださいね、勉強のことなら大丈夫ですから」

「うん、ありがとう」


 油断していると期末がすぐにやってくるからそろそろやっても時期早々とは言えない。

 それなら明日に教えてもらうことにしようと決めて言っておいた。

 なんか凄く嬉しそうな顔をされて、頼られるのが嬉しいのかななんて考えて。


「あれ、奇遇だなあー」

「あ……な、永峰くん」

「ん? そんな顔をしてどうしたんだ? 南波くん」


 何故か敢えて有田くんの横に座っていた。

 店員さんに云々のことを言ってみたものの、説明済みだと笑顔で言われてしまい。


「珍しい組み合わせだなあ」

「ちょ……有田くんの顔が死んでいるから!」

「え? 別に大丈夫だろ、結果が出たときは俺はいつも死んでいるからな」


 確かにそうかもと考えてしまった自分は悪だ。

 これでは俺が呼んだみたいに判断されて有田くんに嫌われてしまうかもしれない。

 後で必ず永峰くんの家に行くからと説明して帰ってもらおうとした。


「約束だからな、必ず来いよ」

「うん、それはちゃんと守るから」


 残念だけど走りに行くのは今日はやめよう。

 優先しないでおくと有田くんに圧をかけかねないから。


「お、俺が呼んだわけじゃないからね?」

「疑っていませんよ、凄く驚きましたけどね」


 大人だ、なんかここで信じてもらえるのって普通に嬉しい。

 俺の友達ではあるからいたずらの類なのでは? みたいな判断をされてもおかしくない。


「永峰くんは心配性なんですね、友達のために雨の中ここまで来て」

「そうかもね」


 単純に裏切ろうとしている俺が許せなかっただけの可能性が……。

 いや、優しいのは確かだからあまり疑っては駄目、かな。

 ファミレスに行くということで満足したのか早くに解散となった。

 と言うより、彼の方が早く行ってあげてくれと言ってくれていたのだ。

 テストのときはライバルであっても日常では普通の級友ということなのかも。


「はい、あ、南波か、入ってくれ」

「うん、お邪魔します」


 永峰くんの家に入らせてもらったのはかなり久しぶりだった。

 こういう機会はなかなかないから堪能させてもらっておく。

 だからってなにができるわけでもないんだけど、うん、来れたという感じで。


「適当に座ってくれ」

「うん」


 けど、改めて家に来たけどなにもすることがないな。


「南波、どうしてあんなこと言った?」

「あー……」

「言え、言わないと帰さないからな」


 やだ……今日は付いてきたことといい強気な態度だ。

 絶対に帰さないという意思を感じる。

 

「永峰くんはさ、雪姉がいるから俺にも優しくしてくれているんでしょ?」

「雪さんがいるから南波に優しくしよう、なんて考えたことないけど」

「いや、わかるって、そりゃそういうメリットがなければ優しくなんかしないよね」


 自分にだけ優しくしてくれているわけじゃないから勘違いしたりもしない。

 でも、無条件で勉強を教えたりするのはお節介というだけでは終わらないだろう。


「わかった、つまりどうしても雪さんと仲良くするためにしているということにしたいわけなんだな、南波は」

「だって永峰くんにとってメリットがないじゃん」


 なにかをしてほしいなんて口にしてこなかったからというのもある。

 その点、栗原くんははっきりしていて良かった。

 怒るときもちゃんと怒鳴ってくれるし、そこだけは彼のそれでは足りないのだ。


「俺はさ、普通の友達らしく怒ってくれたりした方がいいんだよ。嫌なことはちゃんと嫌だと言ってほしいし、つまらないことを言ったらはっきりつまらないぞとツッコんでほしい。でも、栗原くんにはしても俺にはしてくれないんだよ君は、それに連絡先交換も名前呼びもしてくれていないのがつまりそういうことなのかなって」


 こんなことをぶつけても困らせるだけなのはわかっている。

 けれど友達だと口にするのなら差は多少あってもいいから遠慮なくきてほしい。


「別に文一と南波で対応を変えているつもりはなかったんだけどな」

「差が出るのは当然だよ、けど……このままだと辛いだけかなって」


 まだ不安になってしまうのはそういうところからきていた。

 これでも対等に扱っているつもりだということなら恐らくわかり合えない。


「遠慮しているように感じるということか」

「うん、あ、でも、無理ならいいんだよ」


 これは他人に変われと偉そうに言っているのと同じことだ。

 彼に受け入れる義務なんてない、ただの俺のわがままだから。


「静って呼んでほしかったのか」

「なんか名前を呼び合うのが友達らしいという考えがあるから」

「俺はあの日、本当に怒っていたけどな」


 それは間違いなく夜中まで待たせてしまった日のことだろう。

 あのときは淡々としていたけど怒っていたらしい。

 こちらとしては怒鳴ってくれた方が開き直れたから微妙だったけどね。


「連絡もせずに深夜まで走るとか馬鹿のすることだ、雪さんの不安そうな声を聞いたときは俺だってぎゅっと苦しくなったぐらいだからな」


 やっぱり雪姉がいてくれたからではないだろうか。


「怒りでどうにかなりそうだったからずっと待てた」

「じゃあ怒鳴ってくれれば良かったのに」

「そんなことをしたら近所迷惑だろ、真夜中だったのに」


 相手が栗原くんだったら絶対に怒鳴っていたと思うけど。

 まあ実際、ああいう対応をされたからこそもやもやが残ったわけで。


「俺からも聞きたいことがある」

「言ってみて」

「結局、南波は俺といたいのかいたくないのか、どっちなんだ?」


 そんなの悩むまでもなくいたいに決まっている。

 優しくしてくれるから好きなんだ。

 ただ、そこに引っかかってしまっているから申し訳ないという感じで。

 それを伝えたら彼は少しの間、黙ってしまった。


「俺といたいなら疑ってくれるな、雪さんと仲良くしたいからじゃない」

「うん……」


 わざわざ家に行ってまで言うことでもないか。

 外は依然として雨が降っているし、そういうことなら納得できなくても納得したふりをしてそろそろ帰るべきなのかもしれない。

 明日はいっぱい走るためにしっかり食べて休んでおかないと。


「わかった、永峰くんから聞けて良かったよ」

「おう」

「雨も降っているからもう帰るね」


 客観視するまでもなく弱い心が引っかかってくれなければいい。

 なかなかに難しいけど頑張ろうと決めた。




 有田くんとの勉強会が始まる。

 今日は永峰くんや栗原くんが残ることもなくふたりきりだった。

 うん、それで有田くんは教えるのが上手かった。

 頭がいい人ってあまり良くない人間に教えるのがあまり上手くないことも多いけど、みんながみんなそれに当てはまるというわけでもないようだ。


「全然問題ないですね、もしかしたら南波くんもライバルになるかもしれませんね」

「ないない、10位以内に入ることもできていないんだから」


 この前は根気良く永峰くんが教えてくれていたことで26位だった。

 仮に10位ぐらいはランクアップできても10以内というのは魔境だから無理だろう。

 そこまで甘い世界ではない、それぐらいは俺にもわかる。


「それより南波くん、あの人の相手をしなくていいんですか?」

「あのひ……えぇ」


 今度は扉に隠れるようにして栗原くんがそこにいた。

 ああ、勉強だけしかできない的なことを言ってしまったからか。

 手招きしてみると静かにこちらへとやって来る。


「栗原くん、有田くんに言いたいことがあるんじゃない?」

「あー……こ、この前は悪かったな、俺が叫んでいたのが悪かったのに」

「ああいえ、あのときはテストも近くてイライラしてて、僕もすみませんでした」


 1年生のときから1位を取り続けてきた彼。

 でも、今回は初めて永峰くんが彼にかなりのプレッシャーを与えられたということ。

 友達としてこれほど嬉しいことはない。

 日々努力することの大変さは一応自分にもわかるから。


「……つか、なんでわかったんだよ」

「見ればわかるよ、君は永峰くんよりわかりやすくていいかな」

「馬鹿にしてんのか?」

「してないしてない、それぐらい永峰くんにも出してほしいんだけどね」


 それでも永峰くんからすれば栗原くんのときと変えているつもりはないらしいし……。


「有田、俺にも教えてくれないか?」

「いいですよ、わかってもらえたら嬉しいですし、ライバルがいた方がやり甲斐があります」


 強いな、それならこちらは端でやっておこう。

 なんか視線を感じて見てみたらまたかというパターンだった。

 ちょっとトイレに行ってくると説明をして教室をあとにする。


「なにやってるのさ」

「南波は有田から認められているんだな」

「違うよ、相手にならないから優しくしてくれているだけだよ」


 俺が負けない学力だったのならもっとバチバチと火花を散らしていると思う。

 というか結局、名前では呼んでくれてないじゃん……。


「文一まで裏切るとはな」

「もう友達になってきたらいいじゃん」


 こういう中途半端なのが嫌いで昨日ちゃんとはっきり言ったのに無意味だったのか?

 せっかく走るのをやめてまで彼との約束を優先したのに結局これって。

 なかなか簡単に受け入れられることではない。

 トイレに行くと言った以上、きちんとトイレに行って個室にこもった。

 待っている理由は栗原くんがいるからというのが1番高そうだけど、有田くんがどんな風に勉強をしているのかが気になっている可能性もありそうだ。


「走りに行こうかな」


 もう目的は果たした後だし残っている理由もない。

 相変わらず雨だけど合羽を持ってきているので面倒くさいこともなかった。

 ま、家に寄らなければならないからあんまり意味のないことなんだけど。

 複雑な気持ちは走ることで忘れよう。


「待て、俺も走る」

「ちょちょ、風邪を引いちゃうよ!」

「それでも別にいい、南波が不安じゃなくなるまで時間を重ねないとな」


 ……ばれていたのか、下手くそだな俺は。


「俺と一緒にいたいんだろ?」

「いたいよ」

「ならいいだろ、逃げようとしなくたって」


 逃げたという見方もできてしまうか。

 これは俺にとっての現実逃避に繋がる行為でもあるから。


「なにがそんなに不安なんだ?」

「昨日も言ったけどさ、君が俺に優しくした際のメリットがないじゃんか」


 途中でコンビニに寄って傘を買った。

 この前の経験を活かして小銭は持つようにしているのだ。

 それを彼に渡して、だけど走ることはしない。


「メリットか」

「うん」


 あると即答してくれなかったことがありがたかった。

 や、自分が面倒くさい性格をしているのは確かだよ?

 いちいち人がしてくれたことに対して損得でしか考えられないところは特にね。


「自分がしたことで嬉しそうにしてくれるところを見られるのはメリットじゃないのか?」

「そもそも、なんで勉強とか教えてくれたの?」


 困っているという雰囲気を出したわけでも、頼んだというわけでもない。

 でも、気づけば1年生のときからずっと彼はいてくれた形となる。

 俺はその間、特にお礼もすることができなかったというのに。


「もしかしたら南波たちに教えることで優越感を抱いていたのかもしれないな」

「その割には君、偉ぶったりはしなかったよね」

「…………」


 コンビニの外でやるには迷惑かもしれないから歩きだす。

 頼むから雪姉のためだとか、そういうことをはっきり言ってほしい。


「つまり君が優しかっただけだよね、なのに疑うようなことをしてごめん」


 永峰仁志くんはいい人だった、で終わる話だった。

 自ら話を難しくするのは違う、もうこういう人だからというのが答えなんだ。

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