05話.[その思いだけで]

 なんだこれというのがいまの正直な感想だった。

 俺たちを含めて複数の男子と、それと同じぐらい複数の女の子。

 興味を抱かれている永峰&栗原くんペアと、寂しい俺たちと。

 あとは単純に、


「あれ、どうしたんだい?」


 この気持ちの悪い喋り方をする永峰くんが受け入れられなかった。

 差し出してくれていた手を無言で叩いてこの場から離脱。

 やっぱり付いてくるんじゃなかった、ただの人数稼ぎじゃないか。

 しかも向こうには実の姉がいるというのが微妙なところで。


「雪姉も無理やり誘われたんだろうなあ……」


 つまり先程のあれは所謂、合コンというやつで。

 まず間違いなく行く意味のない場所だった。

 それとも雪姉と話していた方が良かったか?


「なあ南波……」

「あ、お疲れ」


 相手にされていなかった他の子も出てきたみたいだ。


「永峰と栗原がいたら意味ないからな、ははは」

「わかるよ、俺も全く相手にされていなかったし」


 その雪姉も時々永峰くんたちと話しては飲み物を飲むだけだった。

 こちらも注文はしていたために飲み終えてお金だけ置いてきた形となる。


「それよりあの美人な人が南波の姉ちゃんって本当か?」

「うん、そうだよ」

「羨ましいなあ……女子にモテなくてもいつでも目の保養になるし」

「ははは、確かにそうかも」

「くぅー……自慢しやがって」


 彼は「まあいいや」と言って仲間と一緒に帰っていった。

 こちらは約束の場所である公園で待っておくことにする。


「静てめえ!」

「いやいや、あれで残る方が空気読めてないって」


 やっぱり共学校じゃなくて良かったと思う。

 学校に女の子がいたら同性の勢いに付いていけなくなっていただろうから。


「でも、雪さんがいるとは思わなかったけどな」

「あ、それはそうだな、あんまり乗り気じゃなさそうだったけど」


 そりゃそうだ、ああいうのに興味を抱く人じゃない。

 なにより永峰くんが別の子と楽しそうにしていて気になったのではないだろうか。


「というかごめん、正直に言って永峰くんが気持ち悪かった」

「ぐっ……お、俺だって好きであんな話し方をしていたわけで――」

「いや、こいつずっとノリノリだったぞ?」

「そ、そういう文一だって女の子に囲まれて顔を赤くしていただろ!」

「な、慣れてないんだよ……しょうがねえだろ!」


 帰るか、このふたりにしかわからない世界の話をされても困る。

 いや違う、鞄を置いて走りに行くことにしよう。


「まったく、無駄に時間を使っちゃったよ」


 永峰くんがどうしてもと言うから行ったのに結果はあれ。

 こちらを放置し女の子と楽しむその様はクソ、としか言えなかった。


「そうだ南波、南波に渡しておいてくれって言われてたの忘れてたわ」

「うん? まさか連絡先かなんか?」

「そうだな」


 あのとき交換した子とだってなにも話をしていないというのに何故なのか。

 正直に言って恋愛とかいまはどうでもいいんだ。

 気の利いたこととか言えないからしょうがない。

 そういうのはこのふたりに渡しておいてほしいと思う。


「栗原くんは?」

「文一なら今日は走る気分じゃないってさ」

「へえ」


 女の子と連絡先を交換できてやり取りで忙しいとも教えてくれた。

 きょ、興味ねえ……そんなの聞いたってどうしようもないぞ。


「本当に長く走れるようになったよな」

「うん、そうだね」


 今日は10キロと決めてあるから嫌なら止まっていてくれればいいと言っておく。

 だけど何故か付いていくということだったからそれ以上は言わずに走ってた。

 どちらかと言うと勉強に傾いていたから体を動かしたかったのかな?


「ありがとな、合わせてくれてたのわかったから」

「お礼なんかいいよ、これまで散々お世話になったし」


 とはいえ、いまから帰らなければならないのわかっているのかな?


「南波」

「なに?」


 呼び止められて足を止めた。


「行かなくて悪かった」

「いや、それは俺もひとりの方がいいと考えて意地を張ったから」

「まさか文一にあんなこと言われるとは思わなかったけどな」


 確かに、それはそう。

 やはり不自然なんだ、こっちにまでいることを求めてくることは。

 けど、そう言ってくれるならって受け入れた形になる。


「テスト、残念だったね」

「……ばれてたか」

「うん、雰囲気でわかったよ」


 あまりゆっくりするとこの前みたいなことになるから走りながらの会話となった。

 彼は今度こそ1位を取ってやるとまたあのいい顔で言っていた。

 なにもしてあげられないし無責任かもしれないけど頑張れって言って。


「あ、遅えぞ!」

「女の子と仲良くできたのか?」

「んー……わからん」

「なんだそりゃ」


 もし異性と付き合うことになったらまたこうして3人で帰ることもなくなるんだ。

 だからそれまでは、いてくれる内は拒絶せずに一緒にいたいと思う。

 ……この様子だとすぐに帰れなくなりそうだけど。


「文一は無理だろうな、顔を赤くして終わりだろ」

「か、会話ぐらいできるっ」

「そうか、それなら積極的にデートとかに誘ってみたらどうだ?」

「お、お前はどうなんだよ!」

「んー……いまは学年1位を取ることに集中したいからな」


 それにどうせ焦らなくても最強な雪姉が近くにいてくれているしね。

 この時点で立場が違うわけだ、だから栗原くんはそこをわからないといけない。


「なんだよ……あれだけ女子ウケを狙って変な口調をしていたくせに」

「あれは合わせていただけだ、空気を読めない存在にはなりたくないんだ」

「空気を読めないと言えば静、お前急に帰るんじゃねえよ」

「誰も俺なんか気にしていなかったしね」


 永峰くんに勝てないとわかるや否やこちらに絡んできた。

 雪姉も近づいて来ることはなかったから空気を読んだんだ。

 女の子たちはこのふたりに対象を絞っていたのに空気を読まずに他の男が残ったままだと気になるだろう。

 中には気になって集中できない人間もいるかもしれない、彼みたいに自分の時間を無駄にしてまで関わろうとしてしまう損してしまうタイプがいたかもしれないからしょうがなかった。


「そもそも永峰くんに怒るべきだね、こんなのをあんなところに呼んだのを」


 最近のそれで微妙な存在だってわかっていただろうに。

 栗原くんは俺がひとりを好む場合があると知っていたのだから勘弁してほしい。

 相手が6人だって言うから6人無理やり集めるとか質が悪い。

 人数合わせで呼ばれることほど虚しいことはないぞ。


「別に同情とかじゃなかったんだけどな」

「ごめん、今度からはいいから、なんか現実味が湧かないし」


 自分が特定の異性と仲良くしているところとか全く想像ができない。

 あとやっぱり異性は対同性より気を使わなければならないから嫌なんだ。

 そんなことをしているぐらいならプランクとかランニングをした方がいい。

 例え痛くなっても治ったらより強くなってくれるんだから。


「あ、こっちだから」

「「じゃあな」」


 これから梅雨の季節が始まる。

 それでも走る気だった、合羽を着れば大丈夫大丈夫。

 それどころかいつも走っているところをあまり人が利用しなくて走りやすい。

 多分、終わった後のお風呂も気持ちがいいと思うし。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「あ、お疲れ」

「ふふ、あなたもね」


 こういう余裕があるところも異性が来る要素のひとつなんだろう。

 すぐに怒ってしまったりする人だと一緒にいて疲れてしまうから。


「でも、逃げたのは感心しないわね」

「うっ……居辛くて」

「どうせなら私も連れていきなさいよ」

「む、無茶言わないでよ、あの状況で雪姉を連れて出たらやばいって」


 なにより永峰くんは敵視してくるかもしれない。

 そんなことをできるはずがなかった。




「おいっ、子ども扱いをするな!」

「いやー、だって丁度いいところに頭があるからさ」


 背の低い栗原くんを見ていると撫でたり持ち上げたくなる気持ちはよくわかる。

 口では文句を言っていても怖いのか暴れたりしないところとかも面白い。


「ふぅ、少し静かにしてくれませんか?」

「あ、悪い」


 あれはというかあの人が学年1位の人だ。

 何気に同じクラスだというのも永峰くんにとってはプレッシャーだろうな。


「なんだよあいつ、勉強ぐらいしかできねえくせによ」

「ここでは勉強ができる人間が1番だろ?」

「違う、しっかり他者と関わりを持ちながら勉強も運動もできる奴が1番だ」


 ということは永峰くんは1番なんじゃないだろうか。

 栗原くんの言うようにあの人は他者と一切一緒にいたりはしない。

 運動もあまり得意じゃないのはわかっている、しかも当然のように振る舞う。


「俺は仁志の方が1位に相応しいと思う」

「そう言ってくれるのはありがたいけど……」

「だからちゃんと1番を取れ!」

「頑張るよ」


 なんかヒロインと主人公みたい。

 素直に相手を認め頑張れと言えるのはいい存在ではないだろうか。


「おかしいな、誰かに見られている気がするぞ」

「それは自意識過剰だろ……」

「いやいや、あそこら辺から視線を感じる」


 何故と驚くこともなくふたりを迎える。


「ふたりはお似合いだね」

「「は?」」

「永峰くんが主人公で栗原くんがヒロインで」

「「はあ?」」


 俺はそれを眺めているモブというところ。

 正直に言って入りたいけど入れない領域というか、ねえ?


「なるほど、それなら文一と付き合うかな」

「はぁ!? 嫌だよ仁志となんてっ、毎日勉強漬けにしてきそうだからな!」


 別に同性だからとかじゃないんだ。

 なるほど、同性とかそういう壁を関係なくしてしまうぐらい魅力的だと。


「だからうるさいって言っていますよね!」

「悪いっ、廊下でやるわ」


 栗原くんはすぐに感情的になるところを直した方がいい。

 そうしたら他人思いでいい子ということで片付けられるだろうから。


「で、なんで俺も?」

「南波がじっと見てきていたからだろ、寂しそうに」


 いや、決してそんなことはなかった。

 俺はただ近いようで遠いふたりを見ていただけ。

 ……同じ意味かな? はぁ、面倒くさい性格だ。


「こいつって自分から来ねえよな」

「確かに、来てくれたことは少ないな」

「だから友達なの? とか聞いちゃうんだよ」


 そんな昔の話をされても困ってしまう。

 でも、実際あれから雪姉のためにいるんだってわかっちゃったしな。

 いまはこちらが折れてというか、そういう感じで一緒にいるけど。


「そういえば今日は雨だけど」

「走るよ、ひとりでちゃんと」


 今日は家に荷物を置いてからのランニングとなる。

 雨天時に走ったことは傘を忘れたときにしかないからわくわくしていた。

 ただし気をつけないとすっ転んで顔中が泥だらけになりそうだ。


「俺は走らねえぞ」

「悪いけど俺も無理かな」

「ひとりで走るって、誘ったりはしないよ」


 雨のときなら余計に自分のペースで走りたいし。


「じゃあ気をつけろよ?」

「うん、永峰くんも公園で待っていたりしないでね」

「しないよ、流石に雨の中待つのはメリットがなさすぎる」


 というわけで放課後になってからすぐに家に帰って開始して。

 まずは7キロぐらいにして確かめることに。

 結果は特に変わらなかった、少し蒸れるというだけで。

 あ、たまに滑りそうになるから気をつけなければならないのは確かだけど。

 なんか不安になって家に帰る前に公園に行ってみたけど無人で安心した。


「あれ、有田くん?」

「ん? ああ……」


 学年1位の人がこんな道端でなにをしているんだろう。


「なにしていたの?」

「猫がいたので」

「あ、ごめんね、俺のせいで逃げちゃったかな」

「いや、どうせ見ていても飼えるわけではないですから」


 学校のときとは違って態度が柔らかい気がする。

 やはり同じクラスに2位が存在するのはプレッシャーなのだろうか。


「ごめんね、教室で騒いじゃって」

「いや……」


 本当は仲間に入れてほしかったりとか……人間だからありそうだ。

 けど、自分から言うのはなかなか勇気のいることで。

 俺だって永峰くんの方から来てくれていなかったらまだひとりだろう。


「それよりすごいね、ずっと学年1位だなんて」

「勉強ぐらいしかやることがないだけですから」

「格好いいと思うけどね、それで結果が出ているんだから」


 しかも無駄にはならない、最強の趣味というか日課というか。

 プランクとかランニングの結果が役立つのは限定的なところだけだから尚更ね。


「南波くんは永峰くんと仲がいい……ですか?」

「いや、永峰くんが優しいだけかなあ」


 雪姉と仲良くするためだったとしたら悲しい。


「僕、負けたくないんです」

「永峰くんは逆に君に勝ちたいって思ってるよ」

「だってずるいじゃないですか、勉強、運動、コミュニケーション能力もしっかりしているなんて、だから負けたくないんです」


 その思いだけで去年からずっと1位を取れているってすごいけどな。

 一時期は上を目指すことをやめていた自分からすればそれも天才みたいなものだ。


「でも、……本当は友達が欲しいんですよね」

「俺で良ければなるけど」

「い、いいんですかっ?」

「なにも面白いこととか言ってあげられないけど、それでもいいなら」

「ありがとうございます!」


 寂しさの表れだったのだろうか。

 有田くんにとってはこれが素だと、本当の彼らしいところだと。


「と、友達でいてくれるなら勉強、教えてあげますよ?」

「それは心強いなあ」

「わかりやすく教えられるかどうかはわからないですけど」

「ありがとう」


 堅苦しいタイプだと考えていたけどそうじゃなかったみたいだ。

 上手くいけば永峰くんや栗原くんとも友達になれるのではないだろうか。


「永峰くんたちに言おうか?」

「い、いや、いいです! ライバルなので!」


 どうやら今回は1番危うかったらしい。

 なるほど、仲良くしていたらあっさり負けてしまうかもしれないと。


「それにあのふたりより南波くんの方が落ち着けそうですから」

「つまらない人間でごめんなさい」

「あっ、そうじゃなくてっ、あんまり騒がしくしなさそうと言いますか……」

「栗原くんはともかく、永峰くんはあんまり叫んだりしないけどね」


 何事にも淡々としているというか、俺に怒ってきたことはない。

 ……やっぱり雪姉と仲良くするためなんだろうなって改めて寂しくなった。

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