04話.[決めたのだった]

「また筋肉痛だぁ……」


 だけどいまはそれよりも気になっていることがある、それは雪姉だ。

 あの時間まで起きていたということは相当不安な気持ちにさせたということだし。

 それになにより、雪姉を泣かせてしまったことが駄目だろう。

 俺もせめて連絡してからにしろよ、それかもしくは今日朝から走るとかさ……。

 大体、終わらせると言ってきたのは栗原くんの方だ。

 俺はそれに同意をしただけだというのに引っかかって迷惑をかけるとか馬鹿だ、大馬鹿だ。


「はぁ……」


 ……雪姉が泣いたところなんて本当に初めて見たな。

 あの後はすぐに2階へ上がってしまったし、こちらもしばらく放心していたからわからない。

 ただひとつ言えることはこのままじゃ嫌だってこと。


「ゆ、雪姉ー……?」


 5分以上待っていたものの返事がない。

 諦めて下に行ったら出かけているということがわかった。

 お昼ぐらいまでのんびりしていたこちらが悪いだけで、決して避けられているというわけではないよね? ……ないと思いたい。

 そして永峰くんにも謝罪の電話をしようとして連絡先を交換できていないことに気づいた。

 家は知っているから行けるけど、正直に言って栗原くんより会いたくないからやめておく。

 というか、神経を逆なでしてしまうだけかもしれないからこれは一応相手のためでも……。


「で、でも、別に待っていてくれなんて頼んでないしな!」


 これで雪姉からも永峰くんからも嫌われたらもうどうしようもないな。

 近づけば近づくほど不快にさせるだろうから近づくことすらできない、つまり詰み。

 まあいいや、そうなったらそう変わるだけだろう。


「ふっ、どうせ高校を卒業すれば離れ離れになるんだから」


 雪姉は家を出ていくと言っているし、永峰くんとだってこのままなら終わりだ。

 だったら変なものに拘って時間を無駄にする方がもったいない。

 そんな風に迷惑をかけておきながらクズな自分はそう考えていた。


「痛いな……」


 それでも現実逃避をするために歩き始めた。

 現実逃避をするためなのに歩く度に現実を教えられて最悪だけど。


「げっ……」


 そしてたまたま歩いた先に雪姉と永峰くんが一緒にいるところを発見してしまった。

 慌てて脇道に逃げたけど、……ふたりってそういう関係だったのだろうか?

 なんか色々と複雑だった、別に敢えて級友の姉じゃなくてもよくない? という気持ち。


「いたた……急いだせいで痛いしさ……」


 しかもあのふたりには謝らなければならないというのに自分が選択したのは逃げること。


「おい、なに逃げてるんだ」

「ぎゃあ!?」

「はぁ……あからさますぎだろ」


 永峰くんは物凄く呆れたような顔をしている。

 特に怒っているというわけではなさそうだ、その点だけはいいかも?


「ゆ、雪姉の相手はいいの? それにお会計は……」

「雪さんももう来る、それにあそこは先払い制だからな」


 いぃ……逃げたい、感情的になってくれた方がまだマシだ。


「南波、昨日はなんであんなことをした?」

「なんでだろうね、遠くに行きたかったのかもしれないね」


 本格的に走ることが好きになって長距離走れたと言いたかったのかもしれない。

 5キロや7キロ程度で褒められるのは舐められているのと同じだったから。

 結局のところ、身長以外で彼らと戦えるようなスペックではなかったからだ。


「今日は休日なんだから朝早くから出れば良かっただろ?」

「それに気づいたのは帰ってからだからね」


 謝罪の言葉を吐こうとは全然していなかった。

 あくまで彼の質問に答えているだけ、それだけで十分だと考えて。


「あ、そこにいたのね」

「すみません、片付けてもらって」

「それは構わないわよ」


 ただの姉というだけなのになんか嫌だった。

 全く知らない男の人とならともかくとして、関わっている子となんて。

 寧ろこそこそしていたのはふたりの方じゃないだろうか。

 遊びに来てほしかったのはそういうことかと今更気づけた。


「それじゃ」


 デートみたいなことをしている男女のところに空気を読まずに残る人間ではなかった。

 そんな物好きな人間じゃない、なんにもメリットがないからね。

 筋肉痛だし足の裏も痛いけど走れない程じゃないから走って距離を作る。

 姉や彼に出会わなくて済む場所と考えて家には帰れず。

 今回はお金も持ってきていないからお店にも寄れず。

 別に死ぬわけでもないから適当に歩いていた。

 ただ、流石の自分も遠くまで行こうとは思えなかったけど。


「みたらし団子か……」


 こういうときばかり美味しい食べ物に反応してしまう脳。

 意地を張っていても仕方がないから家に帰ってお金を持ってきて食べた。

 結局、栗原くんのあの表情はどういう意味だったんだろう。

 ここで一緒に食べ物を食べた仲だから余計に気になってしまう。

 それとこれは永峰くんのことになるけど、姉に近づくために優しくしてくれていたんじゃないかという考えが出てきた。

 そりゃそうだ、なにかメリットがなければ勉強を教えたりはしないわな。


「ごちそうさまでした」


 そこそこ複雑だけど応援してあげようと決めた。

 付き合えてしまえば不自然に世話を焼いてきたりしないだろうしと。




 月曜日。

 学校に行ったら栗原くんが登校してきていた。


「おはよう、風邪が治って良かったね」

「まあな」


 そういえば何気に2年間ぐらい風邪を引いてないな。

 健康でいい、このままずっと記録を更新し続けたいものだと思う。

 席に座ってぼうっとしていたら永峰くんが前にやって来た。


「おはよう」

「うん、おはよう」


 足の裏も痛くなくなってきたから今日から走ろうと思う。

 ひとりになるから今度こそ遠くまで行かずに帰ってこようと決めていた。

 って、ちょっと現実逃避をしてしまったけど、これってどういう間だ?


「あ、雪姉と仲良くしたいだけなら言ってくれればいいじゃん」

「わざわざ言われたかったのか?」

「うん、そうすれば応援だって最初からしたのに」


 関わらないという方法を選んでいた。

 もういまとなってはしてくれることの全てを疑いから始めてしまう。

 名字呼びのことも連絡先のこともそう、そりゃいらないよなという話。


「まあそれは永峰くんの自由だから」


 もしかしたら付き合えてから言うつもりだったのかもしれないから、正直俺がしたことは逆効果というか空気の読めないことだった可能性もある。

 けど、別にふたりのところに突撃したわけでもないのだ、勝手にふたりが来て先走ってしまったみたいな感じでもあるのではないだろうか。

 拒むことなくあの場に残り続けたらネタバラシをされていたかも。

 だからって他人が仲良くしているのを嬉々として見たいわけじゃないからなあ。


「俺が雪さんからなにを言われたか知りたいか?」

「え、別に知りたくないかな」

「『静のことをもっと見ていてほしい』って言われたんだ」


 余計なことを。

 義務感でいてほしいわけじゃないんだ。

 自分の意思で一緒にいたいって考えてほしい。

 けれどいまの面倒くさい自分だったらいたいとは思わないだろう。

 客観視だけは得意なんだ、彼らが自分の意思でいてくれているとは思わない。

 なにかしらの強制力がなければこんな面白みもない人間とはいない。


「でも、南波はそんなことを望まないだろ?」

「うん、誰かに頼まれたから近くにいられるって嫌だし」


 待て、なんか話が変わってきているぞ。


「俺のことはいいから雪姉に集中しなよ、あとは学年で1位を取れるようにさ」


 あんな夜まで待っているとか無意味なことをして時間を消費するのは駄目だ。

 自分のためにもこちらのためにもならない。

 だからやめてほしかった、これならまだ完全にひとりの方がマシだった。




 少しずつできることが増えていくのが楽しい。

 中間テストも永峰くんがこれまでずっと教えてくれていたから簡単にできた。

 上々の結果であり、俺としては大満足だった。

 ただ、永峰くんはどうやら学年1位を取れなかったみたいで暗かったけど。

 たまにある放課後前に掃除をしていたときのこと。

 いきなり後ろから衝撃を受けて倒れそうになったけどなんとか耐えた。


「って、栗原くんか……」


 プランクをやっておいて良かったと思う。

 そうでもなければ倒れて床とまたキスすることになっていたから。


「そんなに俺に恨みが溜まっていたの?」

「違う……なんかぶっ飛ばしたくなったんだ」


 それは同じ意味では?

 あれから最低限の会話しかしていなかったから驚いた。


「……なんで仁志といないんだよ」

「それは永峰くんが来なくなっただけだよ」


 テスト勉強に集中したかったのもあるかもしれないし、あの夜中まで外にいた件かもしれないし、偉そうに学年1位を目指せと言ったからかもだし。

 兎にも角にも、行かないことを選択をした彼の考えを尊重してあげているのだ。


「なあ、また3人で集まろうぜ」

「それは永峰くん次第だね」


 掃除タイムだったのを思い出して再開する。

 でも、栗原くんのところには永峰くんは行っていたのになにが不満なんだろ。

 掃除が終わってSHRからの解散。


「静、仁志を連れてきたぞ」

「あ、じゃあみんなで走る?」

「……まだ続けていたのか?」

「うん、いまだったら栗原くんより多く走れるよ」


 1キロあたりのタイムも恐らく上がっているから継続はやはり最強だ。

 プランクだってスタンダード以外のやつも取り入れている。

 荷物はいつものところに置き、しっかり準備運動をしてから走り出した。


「そんなに速くて保つのか?」

「大丈夫、この前合計で40キロも走ったんだから」


 永峰くんは無言だけど付いてきてくれている。

 走っていれば無言だろうと気にならないから本当にいい。

 それにちょっとは気分転換にだってなるだろうから。

 頑張ろうとするのは大切だけど根を詰めすぎてはならない。


「今日はここまでかな――またいないや」


 いつの間にかふたりがいなかった。

 これは置いてけぼりにしてしまったと言うより、やる気がなかったんだろう。

 元々ふたりに合わせるつもりなんて微塵もなかったからしょうがないかもね。

 走り足りなくて戻っていたら留まっているふたりを発見した。


「帰ろうか」


 自分が無理やり誘っただけだから文句は言わずに普通のことを口にして。

 なんだかなあ、確実に壊したのは自分だから走って逃げたいぐらいだ。

 結局、まだ彼にも姉にも謝れていないまま。

 ただ自分を慰めるためだけの謝罪なんていらないだろうし。


「いい加減にしろよ!」


 あまりの大声に飛び跳ねそうになったのを抑えて後ろを向く。

 こっちを見ているということは俺に主に言いたいということか。


「ちょっと前みたいにいてえんだよ俺は!」

「大声を出しすぎだ」

「大体、お前らのせいだからな!?」


 というか、主に俺のせいなんだけど。

 永峰くんとだけいようとは考えないんだな、優しいんだな。


「南波が俺を避けるからだ」

「なんでそんなことになったんだよ!」

「南波が夜中まで家に帰らずに走っていたからだ」

「はあ!?」

「栗原が風邪を引いた日の話だ」


 どう考えてもふたりだけでいれば問題も起こらずにいれるというのに。

 それでも彼は必死な顔でどういうことだとこちらにも聞いてきてくれる。

 面倒くさいとは思わなかった、彼は素でいてくれている気がして。


「なんでそんなことをした!」

「んー、それは栗原くんがあんな顔をしたからだよ」

「俺がっ? ――あ……それはお前があっさり終わらせてしまったからだよ」

「じゃあ終わりにするなんて言わなければ良かったのに」


 相手から終わりにしようと言われたらわがままは言えない。

 だから全て自分が悪いと言うつもりもなかった。


「多分、逃げたかったのかもしれない」

「……それは謝る、だからもう普通に戻ろうぜ!」

「永峰くん次第かな」

「おい仁志!」


 いつまでもこうして言い争いをしている方がもったいないだろう。

 別に同情でいてくれているのならひとりの方がマシだと考えただけで、完全にひとりでいるのを好んでいるわけではない。

 でも、彼は来ることをやめてしまったからしょうがなくそういうことだと片付けていただけであってね。


「……テストだったから勉強に集中していただけだ」

「なら仲直りでいいよな!? それ以外だったら許さないからな!」

「本当に栗原は寂しがり屋だな、俺らがいないと嫌なんだろ?」

「嫌だ! お前らと楽しくやりたいんだ!」

「わかったよ。そういうことだから南波、諦めてくれ」


 こうなったら嫌だなんて言えない。

 そのために頷いたらまた栗原くんが突撃してきた。

 今度はそれを受け止めて持ち上げる。


「はは、力持ちになったな南波も」

「君たちが勉強ばかりをしている間にも運動は続けていましたから」

「んー、なんかむかつくな」

「だよな、元はと言えば静のせいだしな」


 勉強でも運動でも、いまとなっては罰じゃない。

 そういうのもあって余裕ぶっこいていたら……。


「雪さんに謝れ、それぐらいはしないとな」

「そうだぞ馬鹿静、姉ちゃんに迷惑をかけるとか最悪だ!」


 永峰くんに謝ることよりも難しいことを言ってくれた。

 でもまあ、あれからまともに姉とは話せていないから必要なことか。

 すぐに実行しろということであの公園で待つことになった。


「家で待っていれば良かったじゃない」

「南波に謝らせなければならなかったので」

「別にもういいのよ、しっかり帰ってきてくれて元気に過ごしてくれているし」

「雪さんは南波に甘すぎます!」

「お前が言うな、仁志が静に甘すぎだろ」

「栗原はちょっと黙っておいてくれ」

「なんだと!?」


 ああ……栗原くんはちょっと短気なところがマイナスかもしれない。

 とにかく姉――雪姉に改めてきちんと謝った。


「……もうあんなことしないで」

「あ……うん、ごめん」


 おかしいな、実姉に抱きしめられてドキドキしている自分が。

 なんか恥ずかしかったから永峰くんに送るよう頼んで別行動をした。


「なに実姉に抱きしめられて顔を赤くしてんだ馬鹿!」

「……綺麗だからさ」

「それは……そうだな」

「それでも狙うのやめた方がいいよ? 永峰くんも狙っているし」

「狙わねえよ! 魅力的なのとは別問題だろ!」


 まあいいや、栗原くんがやかましくなって良かった。

 永峰くんには心から応援してあげようと決めたのだった。

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