第九章 君が代特別修練

○中学校・音楽室

旭日の鉢巻を締め、片手に竹刀を持つ滝川が黒板の前に立つ。

滝川「(日野に)御老女、本日は私がこの場を取り仕切りますので」

日野「御老女って、あんた」

滝川、竹刀でピアノの椅子を指す。

滝川「あちらにお掛けください!」

日野「いや、滝川君」

滝川、竹刀で黒板を叩く。

滝川「只今より、『君が代』特別修練を執り行う」

男子生徒D「(滝川に)おい、それ俺のやんけ」

滝川「この鉢巻か?」

男子生徒D「そんな、いかつくない」

滝川、竹刀を持ち上げ、

滝川「こっちの方が、いかついんちゃうか。君のような剣士であれば、たちどころに相手を殺傷してしまう威力がありそうやな。丁寧に取り扱うので少々、拝借したい」

男子生徒D「そ、そういうことで、あれば」

浪川、男子生徒Dの頭を小突く。

浪川「乗せられんな。止めろや」

滝川、竹刀で床を叩き、

滝川「只今より『君が代』特別修練を執り行う」

男子生徒D「おい、お前どこが丁寧やねん!」

滝川「ハハハ、失敬、失敬。熱が入りすぎた」

男子生徒D「どないしてん、お前……いっつも以上にヤバイやん」

浪川「(男子生徒Dに小声で)何か悪いもんでも食うたんちゃうか。あいつ」

男子生徒D、分からないとばかりに首を振る。

女子生徒A「滝川、ギョーカイ人」

滝川「何でや」

女子生徒A「だって、さっきから『シュウレン』、『シュウレン』って、逆言うてるやん」

滝川「何の逆やねん」

女子生徒A「『レンシュウ』」

滝川、竹刀を床に投げつける。

滝川「逆に読んでない! 漢字も違う!」

男子生徒D、ここぞとばかりに竹刀に手を伸ばすが、滝川がすでに竹刀に足をかけている。

女子生徒A「似たようなもんやん」

滝川、竹刀を拾い上げ床を叩く。

滝川「全く違う!」

滝川を、うっとうしそうに眺める女子生徒A。

滝川「『練習』とは厳しかろうが温かろうが、ただただ繰り返す事や。しかし『修練』とは、厳しく己を鍛える、いわば修行のようなもんや」

滝川、竹刀を女子生徒Aに突きつける。

滝川「我がの星へ帰れ、この地球外生命体」

女子生徒A「ち、地球外生命体?」

滝川、竹刀で床を叩く。

女子生徒A、ビクリとしながら不気味そうに滝川を見る。

滝川「今から私語は禁止や!」

うんざりした様子の生徒たち。

滝川「君が代、斉唱! 全員起立!」

だるそうに立ち上がる生徒たち。

滝川、床を竹刀で叩く。

滝川「シャキッと立たんかい、シャキッと。やり直しや」

生徒たち、不服そうに着席する。

滝川「君が代、斉唱! 全員起立!」

軍隊の如き勢いで立ち上がる生徒たち。

滝川、ご満悦の様子で一同を見渡す。

男子生徒のほとんどが学ランのボタンを上まで閉めておらず、シャツをズボンの外に出している。

滝川「(男子生徒たちに)お前らなめてんのんか!」

男子生徒A「何がやねん」

滝川「今から、大事なお国の歌を歌おうという、この時に、何やそのだらしない格好は!」

男子生徒C「お前も、さっきまでやってたやんけ」

滝川、竹刀で床を叩く。

滝川「普段ダラダラしてても、ここぞというときにはビシッと決める。これを世間ではケジメと呼ぶ! 覚えとけ」

滝川、再び竹刀で床を叩く。

怯える男子生徒C。

滝川「さっさと直せや!(他の男子生徒を見渡しながら)お前らもや」

男子生徒たち、半泣きでオロオロしながら制服を正す。

呆れ顔の女子生徒たち。

滝川、女子生徒たちを鋭い視線で見渡す。

女子生徒B「エロい目でジロジロ見んなっちゅうねん」

女子生徒たち、意地悪そうにクスクス笑う。

滝川、竹刀で床を叩き、

滝川「茶髪に、ピアスに、ゴテゴテの爪。何よりも、お前ら、足、出しすぎちゃうんか!」

女子生徒A「滝川、やらしいー」

舞、机の上に載ってスカートに手を置き、

舞「もっと見したろか?」

男子生徒たち、狂喜乱舞で大騒ぎする。

女子生徒たち、舞を指差して大笑いしている。

滝川、舞の足を手で叩く。

舞「ああん、下から覗かんといてー」

と、スカートを押さえる。

滝川「お前が上にいてるんであって、俺が下にいてるんじゃない!」

女子生徒A「滝川の話だけ聞いてたら、何かエロいな」

生徒たち、更に大爆笑する。

舞「キャッ」

と、頬に手を当てる。

笑いの止まらない生徒たち。

滝川、床に竹刀を何度も叩きつける。

一層、大笑いする生徒たち。

日野、立ち上がり、

日野「ちょっと、あんたら静かに」

滝川「誰がぶっとい大根見て、欲情するんじゃ! この、どアホ!」

膨れっ面の舞。

舞「先生、滝川君、私の足、大根って言うー」

日野「小林さん、さっさと降りなさい」

舞「でもなー」

日野「早く!」

舞「はーい」

と、机から降りる。

日野「それと滝川君」

滝川、ピアノの椅子を竹刀で示し、

滝川「御老女は、あちらへ」

日野「あんた、全然仕切れてないやないの」

滝川「先生、これからですよ。口出しせず生徒を見守るのも教育の一貫じゃないんですか?」

日野「いや、でもな」

滝川「御老女はあちらへ」

と、ピアノの椅子を竹刀で示す。

日野「あ……次、大騒ぎになったら終わりやで」

滝川「畏まりました(生徒たちに)お前ら、聞いての通りや。この時間だけで済まんかったら放課後も休みもないと思え!」

生徒たち「ええー!」

日野「そんな事、一言も言うてない!」

滝川、竹刀で床を叩き、

滝川「冗談やないからな! 心して掛かれ!」

半泣きの生徒たち。

呆れ顔の日野。

日野、ピアノで君が代を演奏している。

生徒の間を、巡回する滝川。

浪川、小声の上に猫背で歌っている。

滝川、浪川に近寄り、

滝川「姿勢は気を付けや。手は足の横に付けて、指先まで伸ばす」

他の生徒も、滝川の指示で一変に姿勢を正す。

滝川、立ち止まり生徒たちの歌に耳を澄ませる。その表情、不機嫌そのもの。

滝川「あかん、あかん! 息継ぎの場所、間違えてる。先生の伴奏がまずいんですよ」

日野「何、言うてんのん。毎年これで誰にも文句、言われたこと無いで」

滝川「でも、僕は入学式のとき、ちょっとイラっときましたけどね」

日野「何で、その場で言わへんのん。中坊になったばっかりで、臆病風、吹かしてたか」

滝川、竹刀で床を叩く。

日野と生徒たち、ビクリとする。

滝川「先生、入学したての僕は心苦しかったんです。年長者に、ましてや音楽が専門の先生に意見するなど。しかし、これが最後のチャンスやから、意を決して物申してるんです。何でか分かりますか。今、この瞬間、この場で注意しとかんと、先生は一生、我が国の国歌を間違えたまま伴奏して、その教え子もまた」

日野「分かった、分かった! そこまで言うんやったら、あんたが一回手本に歌ってみぃや」

滝川「どいつも、こいつも愛国心の欠片もない。よう聞いとけよ」

滝川、『君が代』を朗々と歌う。

♪君が代は千代に〜

感心した様子で滝川を眺める生徒たち。

滝川「そして、歌い終わったら、国旗に一礼」

滝川、鉢巻を取り、頭上に掲げて一礼する。

生徒たち「(感激して)おおー」

音楽室の窓から、この様子を目を細めて眺める竹村。

滝川、竹村に気づいて扉を開け、

滝川「先生いかがでしたか? 一緒に練習しませんか」

忌々しそうに滝川を睨む竹村。

滝川、扉から顔を出し、

滝川「先生ー! ただ今、憲法第九条、絶賛制作中でーす」

戻ってくる竹村。

竹村「九条に目覚めて何で、君が代や」

滝川「我が国は民主主義の国ですから」

と、微笑み返す。

竹村「あ……せやな。九条の方、楽しみにしてるわ」

滝川「承知しました!」


© 黒猫 2012-2020

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