第三章 みんな大好き『憲法第九条』

○中学校・教室

水野、手を一つ叩き、

水野「よっしゃー、発表するでー!」

と、ドラムロールを口で再現する。

女子生徒A「もう、そんなん要らんから、早よしぃな」

目をキラキラさせる舞。

水野「もうちょっと、手加減できんか」

女子生徒A「甘やかしてたら、何億年掛かっても話進まんわ。あんたの話が終わる前に、地球滅亡するっちゅうねん」

水野「だから、今から話す言うてるやろ。盛り上げようとしてるだけやん」

滝川「それで、盛り上がってるんか。これは」

と、他の生徒たちを顎で示す。

生徒たち、飽き飽きした様子で漫画を読んだりスマホをいじったりしている。

水野、手を叩き、

水野「おーい! みんな、聞いてくれー」

舞、待ちきれない様子で手を上げる。

舞「先生! さっきのん、どうやるん? ドゥルルルーってやつ」

水野「おい、お前、全然できてないやんけ。こうや、こう」

と、ドリルロール。

滝川「(水野に)もう、分かったから、早よせぇよ! 廊下で先生、待ってるがな」

廊下側に座る男子生徒C、窓を開ける。

鋭い目付きで水野を睨む竹村。

水野、慌てた様子で廊下に向かう。

女子生徒A「(舞に)ちょっとー、あんなんに、食い付きなや」

舞「だって、気になるやん。あの、ドゥルルルーが」

女子生徒B「だから、できてないって」

廊下では、水野がペコペコと竹村に頭を下げている。

滝川「どうしようかなぁ」

舞「え? ドゥルルルー? 一緒に教えてもらう」

滝川「絶対にいらん! 俺が言いたいんは」

水野、急ぎ足で教壇に戻る。

水野「えー、じゃあ説明するな。これは」

滝川「これ一つ一つ彫って、全部の文字組み合わせて、(黒板の憲法第九条を指差し)それ作るんやろ」

水野「鋭いなぁ、滝川! 正解」

滝川「仕切りは俺に任せとけ!」

水野「いやいや、無理やろ。お前じゃ」

滝川「大丈夫、大丈夫。立派な真の憲法第九条を作りますよ、先生!」

と、自慢気に水野に微笑むと廊下にいる竹村に手を振る。

滝川「(廊下で待つ竹村に)竹村先生ー! 僕は未来永劫、我が国が平和を維持できる完璧な日本国憲法、そう輝かしい第九条に仕上げる事を、ここに誓いまーす!」

廊下の竹村、誇らしげに拍手する。

水野「ああ、しかし、滝川、お前は」

滝川「先生、だから次の授業が」

と、廊下の窓を指差すと竹村、嬉しそうに微笑んでいる。

竹村「滝川、お前もやっと目覚めたか」

滝川「ええ、お国のためですから」

水野、教室を出て行く。

滝川、後ろの席の浪川に、

滝川「(小声で)木片回収や。次の休憩時間みんなに持ってきてって伝えて」

浪川「自分でやれや」

滝川「スマホ家に忘れてん。借りは返すから」

浪川「牛丼、たこ焼き、ラーメン、お好み焼き、いか焼き」

滝川「どれか一つや!」

浪川「(甘えた声で)二つ」

滝川「キモいねん、分かったから、早く拡散してくれ」

浪川、了解とばかりに親指を立てると、ノートの切れはしに滝川の伝言を複数枚書いて周囲の席の者に拡散する。

滝川、浪川の頭を叩き、

滝川「何で、そんなアナログやねん!」

浪川「だって、おかんが『何しでかすか、分からん』ってスマホ買ってくれへんねんもん」

滝川「ああ。なるほどね」

浪川、滝川の頭を叩く。

竹村、教室に入ってくる。

滝川と浪川、胸ぐらを掴み合い火花を散らす。

竹村「滝川、浪川! 何しとんねん!」

滝川と浪川、互いに舌打ちして席に座り直す。

竹村「受験生やねんから、そんな事に力使わんと、勉強に力使え。おい、日直」

  ×   ×   ×

机に突っ伏する舞。

舞を必死で起こす女子生徒B。

その横で鬼の様な形相の竹村が立っている。

寝ぼけ眼の舞。

竹村「朝から居眠りか」

舞、慌ててパラパラページをめくる。

女子生徒B「(小声で)百三十六ページ」

竹村「お前は何で、いっつも、居眠りしてるんや。教科書はいいから話、聞かんかい」

シュンと俯く舞。

女子生徒A「確かに」

竹村「たまには意見が合うな」

女子生徒A「だって先生の授業、催眠術やもん。みんな、瞼、寸止めにするん必死やん。ほら」

と、半開きの目で見る。

竹村、ムッとしながら他の生徒も見渡す。

生徒たち半開きの目ででウタウタしている。

舞、開いた教科書のページを黙読している。

竹村、パチパチと手を叩き、

竹村「お前ら、夜更かしか? しっかり今のうちに勉強しとかんとギリギリになって、慌てることになるぞ」

眠気の覚めた他の生徒たちは教科書を読む振りをする。

舞、高々と手を挙げる。

舞「先生、質問です!」

竹村「今、取り込み中や。後にしてくれるか」

舞「教科書の質問なんですけど……授業の内容以外で大事な事ってあります?」

竹村「お前が授業中に、居眠りしてたことが発端やろ!」

舞「だから、今、起きて質問してますやん」

竹村「ああ言うたら、こう言う。大体、お前は」

舞「質問したらダメなんですか?」

竹村「あかん言うて無いやろ! 何や?」

舞、教科書(中学日本史の表紙)を持ち上げ、

舞「現在の日本国憲法は、戦後、国会で審議に審議を重ねて決議したとありますが、どこの国会ですか?」

竹村「お前は何を言うてるねん! 国会に大阪支店とか北海道支店とかあるんか」

舞「国の会やのに、大阪とか北海道って何ですのん。そうじゃなくて、どこの国の国会ですか」

滝川、笑いを堪える様に机に突っ伏する。

竹村「日本に決まってるやろ! お前はさっき何憲法って言うてん!」

舞「いや、日本国って言いましたけど……文中に誰がっていう主語がないから」

竹村「無くても、日本国憲法やねんから、『日本の国会議員が』審議したって読みとれんか?」

舞「でもでも、知り合いがGHQは現行憲法の草案……あ、現行の日本国憲法を一週間で作ったって言うてましたよ。GHQって日本を占領するために作られた外国の寄せ集めの司令部ですよね? しかも、その外国人たちが日本の最高法規をいじくり倒したとも言うてましたよ。その真相が知りたくて」

竹村「ごたくはもう要らんねん! 憲法の事実は唯一つ! 平和憲法の九条が戦後、日本の平和を守り続けた。それだけや」

舞「でもでも、その知り合いが、言葉だけじゃ国は守れんって」

竹村「だから、それは!」

滝川、立ち上がり、

滝川「先生、憲法に目覚めた僕が、後で小林さんに説明しときます!」

竹村「滝川、いい心掛けや。頼むわ」

滝川「承知しました!」

竹村「じゃあ、授業再開しようか」

《チャイムの音》

竹村「まったく、このクラスは! 残りは宿題や。今日の予定やった百四十ページまで、読んでノートにまとめてくること。次回、質問受け付ける。以上」

生徒たち、ブーイング。

竹村「ああ、それと。宿題とかも、内申書に響くからな」

生徒たちのブーイング一層高まる。

   ×   ×   ×

滝川、舞に近寄り軽く頭を叩く。

滝川「ついに貴様も目覚めたか」

舞「はぁ?」

滝川「GHQが憲法の草案を作ったって、知り合いが言うてたとか」

舞「ああ」

滝川「知り合いって誰やねん」

舞「名前知らん」

滝川「それやったら、知らん人やろ」

舞「テレビ出てる人やから、私は知ってる人やん」

滝川「名前、知らんねんやったら、ほぼ知らん人やん」

舞「ごちゃごちゃ、うるさいなぁ。あんたが、前に言うてた右翼番組の人やん」

滝川「我が国に右翼なんか、おらん! おるのは、極左と左翼と保守だけや。お前が左に

寄りすぎてるから、保守を右翼言うてまうんや!!」

舞「そんな、怒鳴らんでも、ええやん」

滝川「明日、補習や。図書室で待っとけ」

と、憤りながら教室を出て行く。

舞「何の補習よ! ちょっとー!」


© 黒猫 2012-2020

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