第二章 大東亜戦争って……何?
○パソコン教室
パソコン教室の生徒たち(主婦や高齢者たち)がパソコンに向かって、熱心にホームページを作成したり、アプリケーションの操作を練習している。
講師数人が生徒たちの間を歩いて質問に答えている。
パソコン画面に映し出されるホームページのタイトル『大東亜戦争の真実』。
西原(81)、パソコンと教材のテキストとを睨めっこしながら必死で操作するが、思い通りにならず腕組をする。
西原の傍を通りかかる睦。
西原「先生!(画面を指さし)ここに写真入れたいねんけど、どうしたらいいんです? 写真、ここに入ってるねんけど」
と、USBメモリーを睦に渡す。
睦、USBメモリーをパソコンに差し込み、キーボードを操作しながら画面を覗き込み、
睦「(USBメモリを指さし)ここにUSBメモリを差して、ちょっと、いいですか」
と、西原からマウスを受け取る。
睦「(マウスを操作しながら)このマークのボタンをクリックすると、お持ちいただいた写真が選択できるようになります。(ファイル選択のポップアップを指さし)このボタンをマウスでクリックしてください」
と、西原にマウスを渡す。
西原、受け取ったマウスでファイルを選択する。
画面に零戦と少年兵たちが表示される。
睦、顔を曇らせる。
西原「ああ、できた、できた! ありがとう」
睦、零戦を指差し、
睦美「これって、特攻隊の人が乗ってた飛行機ですか」
西原「飛行機やないがな、戦闘機やがな」
睦美「この前、ドキュメンタリーで見たんですけど可哀想ですよね。十五、六の若さで敵艦に戦闘機ごと突っ込まされて」
西原「無礼な! 突っ込まされたんやない! 彼らは自分の意志でお国を守る為に出撃してんや」
睦「でも、上官が出撃を拒否できんような空気にしてたっていうの聞いたことありますよ」
西原「あんたみたいな自虐史観の人間に、彼らのの美しい心持ちなんか理解できん!」
坂谷(40)、心配そうに睦と西原の様子を眺める。
睦「美しい心とか、美しい国とか、何か綺麗ごとに聞こえるんですよね」
西原「綺麗ごとに聞こえるんは、あんたの心が薄汚れてるからや! 今も日本がこうやって立派に主権を維持できてるんは、彼らのお陰や」
睦「でも、日本がアジアのいろんな国に侵略戦争を仕掛けてたから、アメリカが日本を止めるために」
西原、憤った様子で顔を真っ赤にして机を叩く。
驚く睦。
周囲の生徒や講師たち、振り向く。
西原「侵略やない、自衛や! 大東亜の国々も自国を防衛するために一緒に戦っててんや! GHQの言うがままに信じ込みやがって」
西原の元に駆けてくる坂谷、腰を低くし、
坂谷「弊社の小林が、何か粗相致しましたでしょうか?」
西原「どんな、教育しとんねん! 満足に先の大戦の事も知らんと分かった口ききやがって」
坂谷、深々頭を下げ、
坂谷「誠に申し訳ございませんでした(睦に)小林さん」
と、頭を下げるよう手で指図する。
睦「何が悪いんか分からんのに、頭、下げる方が失礼ちゃいます」
顔をひきつらせ西原、帰る準備を始める。
坂谷「いや、あの、西原様」
西原「(坂谷に)あんたの所の社員教育どないなっとねんや! 二度と来るか、こんなとこ! (睦に)この売国奴!!」
と、憤慨した様子で扉に向かう。
坂谷、睦の方を向き、
坂谷「スタッフルームに来てください」
不服そうな睦、坂谷の後をついていく。
○同・スタッフルーム
坂谷と睦、スチールテーブルに向かい合って座る。
坂谷「弊社に多大な損害を与えた場合、懲戒解雇を社内規定に定めております」
睦「多大な損害?」
坂谷「生徒さん一人の解約による授業料の返金、今後のご利用が無くなることによる収入減、そして、一番大きな損害は弊社のイメージの悪さが多くのお客様に知れ渡り、新規顧客獲得の現象」
睦「解約金と今後のご利用が無くなる下りまでは理解できますけど、イメージの悪さによるっていうのは心外ですわ。私も西原さんも信念貫いただけですやん。それこそ、言論の自由の侵害ですわ。それに」
と、半笑いで俯く。
坂谷「何です?」
睦「いや、何でもないです」
坂谷「いえいえ、意見があるなら言ってください」
睦「だって、私と同じ様なエンジニア上がりのおっさんが威圧的な態度取って何人も辞めさせましたやん。あいつら、そのまま続けられて何で私だけ」
坂谷「小林さんの誤解、お客様の誤解です」
睦「でも、ペコペコ謝ってましたやん。しかもチーフが謝る横で、おっさん腕組んでまだお客さんを威圧する様な目つきで見下してましたよ」
坂谷「仕方がないんです」
睦「火に油を注ぐことが?」
坂谷「私の上司だったんです。新入社員の頃の」
睦「お気の毒に。それで精神病んで、ここに再就職」
坂谷「違います。僕がやらかして契約切られそうになったのを、全部やり直して救ってくださったのが、あの方なんです」
睦「……何の関係があるんです?」
坂谷「え?」
睦「え?」
坂谷「いや、だって、恩ってものがあるでしょ」
睦「ええー?!」
坂谷「何で驚くんです?」
睦「チーフ、もう、ここで、この瞬間に目を覚ましましょ」
と、坂谷の目の前で手を叩く。
坂谷、睦の手をパタパタ払い退け、
坂谷「何なんですか?」
睦「チーフ、あなたは長年、あのおっさんに言葉で洗脳されてきたんですよ。あなたのお人好しに付け入って」
坂谷「馬鹿なこと、言わないでくださいよ。私は川辺さんをずっと尊敬してきたんです」
睦「え! だから職場まで用意したったんですか?」
坂谷「困ってるって相談されたから」
睦、人差し指を右に左に振り、
睦「ノン、ノン、ノン」
坂谷「え?」
睦、立ち上がると、坂谷を指差し、
睦「ドーン! それが洗脳なんですよ、チーフ!!」
坂谷「ハハハ。なんか、懐かしいですね。まあ、いいや。いい加減に本題に戻りましょうか」
睦「ダメですよ、チーフ。あのおっさんだけエコひいきしたら、スタッフ全員辞めて行きますよ」
坂谷「とりあえず、小林さんは弊社から契約終了にさせていただきますけどね」
睦「いやいや、だから! 洗脳っていうのは、暴言吐いて相手を圧力で精神的に支配して、何かうまく仕事をこなした時には上から目線ではあるけど褒める……これを繰り返すことで人の心を簡単に操れるんですよ。これを、『洗脳』と呼ぶ! わかりました?」
坂谷、青ざめた様子で俯いている。
睦「チーフ?」
坂谷、鋭い目付きで睦を見る。
坂谷「チャンスをあげましょう」
睦「良かった。じゃあ、私、戻ります」
坂谷「ダメです。後日、どうにかして西原さんをお呼びするので謝ってください」
睦「だから理由も分からないのに」
坂谷「それでも謝ってください」
睦「ちょっと待って下さい。じゃあ、チーフは西原さんの言い分が分かるんですか?」
坂谷「さぁ」
睦「さぁって、さっき謝ってたのは、とりあえずですか? そっちの方が失礼じゃないんですか?」
坂谷「小林さんが、謝って然るべき所を前もって謝って差し上げました」
睦「それズルいんちゃいます」
坂谷「部下の粗相は私の粗相。西原さんの言い分が理解できたら教えてください。それまで出勤していただかなくて結構です」
睦「いや、でもね、有給もまだやし、生活困るんですけど」
坂谷「じゃあ、早く復帰できるように努力してください。ご連絡お待ちしております」
睦「いや、あの」
坂谷「お疲れ様でした」
と、教室に戻る。
ガックリ首を垂れる睦。
○舞の自宅・舞の部屋(夜)
机の椅子に座る舞と、少し開いた扉から顔を覗かせる睦が睨み合っている。
睦「そんなんやったら、もう頼まんわ! ちょっとの事やのに、何なんよ……(ボソリと)今は高校も、学費いらんし。生活費だけ何とかしたらいいやし」
と、扉を閉めようとする。
舞、扉を押さえて阻止する。
舞「ちょっと待った! 何か危険な匂いがプンプンするねんけど……まさか……また?」
睦「大丈夫、大丈夫。首の皮、一枚は繋がってるから」
舞「何したん!」
睦「いやいや、ええよ、ええよ。確かに、忙しい受験生さん、巻き込むのも酷やし」
舞「皮肉はいいから、ちゃんと説明して」
睦「ほんまに、ええから、ええから。大丈夫、大丈夫」
舞「いやいやいや、お母さんの首の皮一枚に二人の命がぶら下がってるってことは理解できてるやんな」
睦、腕組みして考え込む。
睦「まあね。って、言うてみても、一人でできることにも限界あるし」
舞「だから、私は未成やからお金は稼げんけど、さっき言うてた手伝いはできるやん」
睦、満面の笑顔。
睦「さっすが、舞ちゃん! 男前!!」
舞「それって、褒め言葉じゃないやんな」
睦「そんなん、どっちでもいいやん。実は、お客さんと太平洋戦争の話してたら、お客さんが急に怒り出したんよ」
舞「いやいやいや、絶対いらんこと言うてるはずや」
睦「そんなこと無いやん。お客さん相手やで。『無理やり特攻に行かされた人ら、可哀想』って言うただけやん」
舞「何で、そんなんで怒るん」
睦「知らんやん。そのあとで捲し立てるみたいに『彼らは自分の意思で出陣したんや! 日本は侵略戦争したんやない、防衛やって』怒鳴ったかと思ったら、お客さん、えらい剣幕で帰ってもうたんよ
舞「何か、そんなんに似た奴、知ってるわ」
睦「そしたら、チーフにこっぴどく叱られて……社内規定で解雇がどうとかって言われて、明日からお休みやねん」
と、首をすくめて照れくさそうに微笑む。
舞「か、解雇……それってクビのことやんなぁ」
睦「いや、それが違うねん。チーフの矛盾ついて食い下がったったんよ。ラストチャンス掴んだわ。謝る理由わかるまで出社するなって」
と、どないやと言わんばかりの表情。
舞「自慢げに話す内容?」
睦「でも、解雇じゃ無いやん。 謝る理由さえ分かって、尚且つお客さんが許してくれはったら、晴れて復帰できるんやから」
口をあんぐり開けて呆れる舞。
舞「これって、正に絵に描いた首の皮一枚……何でいっつも、そんな無謀なん。子供一人育ててること自覚できてる?」
睦「大丈夫、大丈夫。謝る理由が分からんでも、他に仕事はいくらでもあるよ。今、景気いいし」
と、扉を閉めようとするが、舞が阻止する。
舞「要するにお母さんが太平洋戦争のことで発言した言葉が原因やんなぁ」
睦「そうそう。何で私の言うたことが悪いんか知りたいんよ。学校とかテレビでも同じこと言うててんけどなぁ」
舞「(苦い表情で)太平洋戦争……滝川……か」
睦「滝川?」
舞「同じクラスの男子。戦争の話になると、急にスイッチ入って、先生とバトりまくるねん。最後に言う言葉が、左翼! 売国奴!!」
睦美「丁度いいやん。その子に聞いといてぇや」
舞「嫌やわ。滝川、面倒臭いし」
睦「だけど、先生と議論できるぐらい知識あるんやろ」
舞「議論って言うか、食って掛かってるだけやん」
睦「他におらんねんから、頼むわ」
舞「滝川に関わったら、この大事な時期に私まで先生に睨まれて内申書悪くなるやん」
睦「そんな、みみっちい考え方でどうするん! 私らの死活問題が、かかってるねんで。高校進学どころの騒ぎや無くなるかもしれんのに。分かってるん」
舞「そもそも、誰のせいなん!」
睦「そんな、カリカリしないな」
舞、腕を組んで考える。
睦「なぁあ、頼むわ」
舞「……あ! おばあちゃんは! 戦前生まれやんなぁ」
と、スマホを操作しだす。
睦、舞を阻止する。
睦「おばあちゃん、その頃まだ小さい子供やったし、知ってる訳ないやん。五秒前の会話も忘れるのに」
舞「いや、当時知ってる人に聞いた方が早いやん」
睦「あかん! 聞いたって話さへんから」
舞、膨れっ面。
舞「あ! そう言えば滝川がいっつも見てる右翼番組があるわ……確か、うってつけの回があったはず」
と、ノートパソコンを操作する。
ノートパソコンから番組の音楽が流れ出す。
舞「これこれ。とりあえず、これから見てみようか」
睦、嬉しそうに頷きながら、
睦「じゃあ、後はよろしく」
と、部屋を出ようとする。
舞、扉を閉めて阻止する。
舞「お母さんの事やで! どうせ明日から休みやねんから、一緒に見ようや」
睦、渋々、ベッドに腰掛けパソコンの動画を見る。
© 黒猫 2012-2020
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