第一章 小林家の人々

○小林宅(祖母宅)・珠代の部屋

T「平成三十年 春」

燻る線香の煙。

棚に置かれた喜一郎の遺影。

その横に喜一郎の妻、志津の遺影が並ぶ。双方共、白黒の写真で喜一郎は軍服、志津は訪問着姿で表情が固い。

珠代、水を替え、遺影に手を合わせる。


○同・洗面所

鏡に向かって入念に歯磨きをする修一。


○同・ベランダ

朝の柔らかな日差しが水槽に差し込み、水面がキラキラ光る。

藻が水槽の中を覆うように浮いている。

珠代、水槽に餌をパラパラ入れる。

藻の間をすばしっこく泳いで餌に集るメダカ。

珠代、メダカの様子を嬉しそうに眺める。


○同・キッチン

朝食の準備をする由美。

用意されたおかずを二つの弁当箱に詰める舞。おかずに入った細かいピーマンをよけながら弁当箱に詰めている。

由美「舞ちゃん、何してんのん! おっちゃんまで遅刻するやん」

舞「嫌いや言うてるのに、入れるからやーん」

舞の肩越しから弁当箱を覗き込む珠代。

珠代「舞ちゃん、贅沢やなぁ。お婆ちゃんが子供のときはな、戦争で食べるもん無かってんで、ほんで」

舞「また始まった」

由美「舞ちゃん、大事なことやで」

スーツに着替えた修一がテーブルにつく。

修一「時代が違うねんから、ええやん」

由美「時代が変わっても、食べもんは大事やで。な、お義母さん」

強ばった表情で頷く珠代。

舞「個性やん。選べるだけ食べるもん、あり余ってるねんから、ええやん」

修一「そうや、そうや。ピーマン食わんでも生きていける」

悔しそうに舞と修一を睨む珠代。

由美「個性は関係ない! バランス良く栄養摂らな。な、お義母さん」

珠代「あんたら終い(しまい)にバチあたるわ!」

怒って自室に戻る珠代。

由美「何で、そんな言い方しかできひんのん」

舞「だって、おばちゃんがピーマン入れるからやーん」

自室から叫ぶ珠代の声が響く。

珠代の声「由美さん、ピーマン取っといてなぁ」

由美「はーい」

舞「(珠代の部屋に向かって)おばあちゃん、当てつけがましいねん!」

由美「舞ちゃん! いつまでも子供みたいなこと言うとったら、お友達に笑われるで」

膨れっ面の舞。

修一「舞ちゃん、ずっと子供のままでいいいやんな」

無邪気に微笑む舞。

由美、うんざりした様子でテレビに目を向ける。テレビの画面には 8:20の時刻が表示されている。

由美「舞ちゃん! 時間」

舞、慌てて弁当を鞄に詰めながら、

舞「早よ、言うてぇな〜」

由美「何でも人のせいにして、ほんまに勝手やな」

舞、話も聞かず鞄を持って駆け出す。

由美「舞ちゃん!」


© 黒猫 2012-2020

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