襟の下の小さな幸せ

 仕事を終えて自室に戻ったときには、もう深夜になっていた。


「ユウラ、お疲れさまー! 今終わったの? 相変わらず働き者なんだからー」


 音であたしが戻ったのを察したらしく、隣室のリイザがノックの代わりに声を掛けて部屋に入って来る。


「あんたは先に上がってたのね。お疲れ」


「担当のお貴族様がお利口さんでねー。夜になったら、すぐに宿に帰ったのよー。お陰で終業後デートもできちゃった」


 首都ルテルと東西南北各地に置かれた準都市では、毎年『白女神祭』と呼ばれる祭りが一年に一度時期をずらして開催される。世界に光を恵んだ白女神への感謝を示すという盛大な祭りで、五日間に渡って催され、その間イベントや出店などで大変賑わい、一般市民や貴族には歓迎される。しかしあたしたち白軍の人間には、毎年この上ない激務となって降りかかってくる。門の警備などの通常業務に加えて、人が増える街での警ら、違法出店がないかの確認、遠方からわざわざお出ましになる貴族らの護衛。白女神祭を迎えるのは白軍北支部に入隊して以降もう三度目になるが、開催日の五日間とその前後日はろくに休めた覚えがない。


「よかったわね。何? のろけ話?」


「やだ、ユウラってば淡白なんだからー! それもあるけどー、明日、護衛担当の交代しない? ってお話でー」


「交代?」


 貴族の護衛には毎度精鋭たちが宛がわれる。本来精鋭たちには門の警備に当たってもらいたいのだが、訪れた貴族に何かあってはまずいのは確かなので、今年も通例通りそうしていた。通常は、五日間同じ貴族を護衛し続ける。だからリイザの言い出した『交代』は、疑問符をつけて反芻するくらいには妙な提案だった。


「私たちばっかり楽させてもらうのは悪いでしょー? それに、ユウラたち、いつも一番面倒なの担当してるじゃない。今日だって、この時間まで連れ回されたんでしょー?」


「別に問題ないわよ」


「担当決めたのってセトよねー? ほんっと、いっつも自分の隊に苦労させるんだからー」


「決定権を持ってる人間と、それに近い人間が一番働くのは当然でしょ」


「最近ユウラもセトに毒されてきてなーい?」


「あたしはセトほど無茶な働き方はしないわ。やるべきときとそうでないときは、ちゃんと見極めてる」


「どうかなー」


 ふざけたように言いながら、リイザは小包を一つ差し出してきた。


「何?」


「お土産ー」


 開けてみると、中にはリップが一つ入っていた。最近若い女性の間で流行ってるものだというのは、目の前のリイザから聞いたことだ。


「交代の話、実はねー、もう支部長には通してあるの。事情全部話したら、そうしたらいいってー。セトに言ったら絶対頷かないでしょー? だから悪いけど、決定事項ってことでー」


「……気を遣ってくれるのはありがたいけど、でも」


「ね、だから明日、終業後それつけてお祭り行って来てよー。セトと」


 一瞬、言葉に詰まった。リイザが柄にもなく殊勝だと思えばそういうことか、という納得。きっと、それを考えていたために生まれた間だ。そうに決まってる。


「他の人が働いてるのに、支部副長とその副官が遊んでられると思う? それに、セトとあたしはそういうのじゃないから」


「私は、そろそろその『そういうのじゃない』を卒業してもいいと思いまーす」


「だから、違うって……」


 その後も、色々と言葉を変えて応戦してはみたものの、リイザは全く聞く耳を持たない。少しすると「私はもう疲れたからー」と言い残して、そそくさと退室してしまった。


 言いそびれてしまった礼は、明日言うとして。流行りのリップと、担当変更の支部長命令。あたしの手元には、その二つが残されることになった。


 ■


 翌日、夜の入り。変更になった担当貴族は、リイザの言う通り『お利口さん』だった。護衛対象を宿まで送り届けてしまうと、今日の任務はそれで終わりだ。護衛隊の長であるセトから、解散の指示が下る。


 他の皆が行ってしまってからもあたしが動かないでいると、セトが「お前も今日は休めよ」と促してくる。


「あんたはどうするの?」


「積み残した書類片づけるか、門番でも交代してって思ったけど、オレがそうするとお前も来るよな」


「そうね」


 働く副長を置いて、その副官が休みをもらう訳にもいかない。あたしが頷くと、セトは出店や人で賑わう大通りをちょっと眺めた。


「どこか、行きたいところがあるなら付き合うけど?」


 ふと言われた言葉を、三回くらい頭の中で再生し直した。そうしてもまだ、理解しきれなかった。


「えっ」


「白女神祭中の休みなんて、今後いつ取れるかも分からない。いつもそんな日に働かせて悪いとも思ってるんだよ、一応。折角なら楽しめよ。さすがにこの雰囲気で一人で回れってのもな」


 つられて、大通りを見てみる。家族か、友人か、……恋人か。確かに、行き交う人は皆誰かと連れ立って歩いていた。何か言わないと、と思うが、咄嗟に何も言葉が出てこない。あたしがそのまま黙っていると、先にセトが言葉を継いだ。


「仕事の方がいいなら、このまま副長室まで来てもらってもいいけど?」


「……あんただって、毎年働き詰めなのはそうでしょ。行きたいところないの? 付き合うわよ」


 返答にやたらと悩んだせいか、勝手に小さな声になった。


「祭って、客として回ったことないんだよな」


「あたしもそう多く行った方じゃないけど……なら、出店でも見て回りましょ」


 リイザの思惑通りになった。ますます礼が言いにくくなってしまったような気がした。


 ■


 警らがてらだ。落ち着かない気持ちを抱えて、繰り返し自分にそう言い聞かせながら大通りを行くこと、しばらく。


「お、副長さんに副官さんじゃないか! 一年ぶりだ、お久しぶり! あのときはお世話になりましたー!」


 出店の一画で、陽気な声が上がる。確かに見覚えのある顔だった。去年、帰り際に売上金を盗まれそうになったところを助けたのだったか。セトが応対する。


「こんばんは。売れてますか?」


「いやー、恨むよ副長さん! 警備の強化があったらしいじゃないですか。人がでずっぱりだとかで、からっきし。去年、どうせなら白軍向けに性能のいいアクセサリーを売ってほしいって言ってくれたから、たくさん仕入れたのにー」


「ああ、すみません。急なことで」


「詫び入れてくださるなら、一つ買ってください。ほら、隣に綺麗な副官さん連れてるじゃないですか。彼女なら何でも似合いますよ。性能も折り紙つきです。ほらほら」


 大人しく聞いていると、話が思わぬ方に飛んだ。


「そうですね、申し訳ないことをしたので。……ユウラ、折角だし好きなの選べよ。手持ちはあるから」


「え」


「あ、だめだめ、駄目ですよ副長さん。アクセサリーってのはね、人に選んでもらうのがいいもんなんです。自分で選ぶといつも似たようなものになっちゃいますからね。それに、人からもらうと途端に思い出深い一品になるもんで。ほら、どれが似合うと思います?」


 さらに思わぬ方に飛んでいく。店先に並ぶアクセサリーを思わず眺めた。どれもこれも繊細な作りで、きらびやかで、到底あたしに似合うとは思えない。


「……セト、いいわよ、悪いし」


 黙って品物を眺めるセトを、慌てて止めた。


「セト」


 もう一度。それでもセトは応じないで、その後静かに指を伸べた。


「そうですね、それならこれを」


 指さされたそれは、シンプルで華奢な作りのペンダントだった。小さな赤い石が埋め込まれている。とても綺麗だが、やっぱりあたしに似合うとは思えない。それに、かなりいい値段がする。


「お、さすが副長さん、お目が高い。良い品ですよこれは。値段もいいですけどね!」


「こっち側に置いてあるの、かなり腕のある呪使いが作ってますよね」


「あ、やっぱ分かる人には分かるんですね。これをつけてれば危険な仕事もきっと怪我なし! よかったら他の人にも勧めておいてください」


「ええ、機会があれば」


「つれないなあ! でもお買い上げありがとうございます!」


「ユウラ」


 どうやって止めようと考えている間に、話が進んでしまっていた。セトに呼ばれて始めて、例のペンダントが既に包まれていたことに気づく。驚くほどに仕事が早い。


「……悪いわよ、こんな高いの。払うわ」


 こうなってしまったら、今更買わないというのもと思って提案するが、セトは首を横に振った。


「いいって。こういう日にほとんど休みを出せないの悪いと思ってるし、普段から過剰労働させてる。その礼代わりだと思ってくれたら」


「それは仕事だから」


「お前の怪我が減ったら、オレも助かるし」


 なぜこう、今日は言葉が逃げていくのだろう。慣れない色のリップを塗ってしまったからだろうか。役に立ちそうな単語が一つも浮かばない。それでもと食い下がってもうしばらく戦ってみたが、結果は変わらなかった。


「……なら、もらうわ」


 敗北宣言をして、差し出されていた包みに、ゆっくり指を伸ばした。受け取ると、しゃらりと中でチェーンが揺れる音がした。


「…………ありがとう」


 きっと、セトにとっては何でもないことなのだろう。売れ行きのよくなかった店の主を助けるつもりで、その場にちょうどあたしがいただけだ。選んだものだって多分性能で決めたのだろうし、多忙で給金にもほとんど手をつけず、普段から「余ってるからいらないんだけど」と支給日のたびに言っているのは知っている。


 でも、気まぐれでも、親切心からでも、何だって。あたしに一つ、物を選んで贈ってくれたというのは事実であって。


「どういたしまして」


 軽くそう言ったあんたは、知らないんでしょ。今受け取った包みが、あたしには、どれだけ尊いものに思えているか。知られたら知られたで困るような気がするから、それでいいのかもしれないけれど。


 ■


 ボタンを一つ多く留めるようになった襟の下。そこに隠したものに触れて、少し微笑む。結局毎日つけている自分を馬鹿だと思うけれど、それでも悪い気がしないから、困った話だ。


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KAC用に書き下ろした短編ですが、こちらに再掲しておきます。

その際いただいたコメントを、以下に記させていただきます。


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◇眞城白歌(羽鳥)さん/2021年6月8日 12:26


なんかこう、白黒女神の起こりを知ってしまうと、感謝祭……という気分になってしまいますが、それはそれとしてお祭りの非日常感っていいですよね!

セトさんは人の気持ちには聡いので、ユウラが思っているより深い想いを込めたプレゼントだったんじゃないかな、とは思いますが、彼は結局何も言わずにずっと突き進んじゃったのですね。

本編で二人はあんなことになっているけど、万が一、今のユウラさんが襟を寛げる機会があって、セトさんがこの贈り物を見たら……などと考えてしまいました。早くみんなが元の通り笑えるようになることを、願ってます。

すっごい遅くの読了になってしまいましたが(しかも今読むと切なさマシマシですが)、ご馳走様でした^ ^


◇お返事


そうなんです! 真実を知ってから読むと複雑な心境になってしまいますよね……まあ、本気で白女神様を崇めている人がどれだけいるかは、ではありますが!(特に今回は北地方のお祭りなので)

お祭り大好きなんです! 最近はコロナで浴衣も着られないの、残念で残念で。Reheartsの世界に浴衣を出す訳にはいかないので出しませんけど、本当はああいう特別な装いもしてほしい……笑


あ、そうなんですよ。今回ユウラ視点からのお話なので、セトの気持ちが本当に見えにくいんですけど。

ユウラが思ってるほど淡々と渡したというものでもないです!

腕章渡した後にもユウラに思われていましたけど、本当にこういうときのセトは言葉不足で。普段はあんなに口が回るのに。笑


実はその、中央で彼女がああなったとき、描写はしていませんでしたけど、襟元寛げたときには見えていた想定です。そもそもそれまでも、怪我の治療をしたりワグレでユウラを抱えたりしていたので、もしかしたらもうそのときに知っていたかもですが!

本当に、早く笑い合えるようになって欲しいというのは私もそうで。もう折り返しを過ぎて多少は立っているはずなので、頑張りたい……


こちらまで読んでくださってありがとうございました! これを書いたタイミングも今と変わらないような状況だったので、意地悪なタイミングでした。笑


◇伊達サクットさん/2021年4月5日 2:35 編集済


読みたいと思っていたシチュエーションが現実のものに……!

とても楽しく読めました! ありがとうございます!!! と、尊い……ッ!


タグの「片想い」が目に入ってソワソワしてしまう自分がいたんですが、読んでみたら優しい話でほっとしました。ユウラがリップ塗ったり、ペンダントつけたり、あと本編だけどドレス着たり、そういうシーンが大好きです。ユウラはなかなかそういう面を見せてくれないから余計にレアなもので。

白女神祭の描写や、祭での白軍の役目、そしてユウラの人物像を知る上でホントに貴重な情報を頂けました。

祭りの空気の中、ユウラを一人にしないセトの男気もなかなか。


リイザって本編より番外編やブログとか、楽屋裏で活躍してますね。セトとかユウラとか、自分からは動かないキャラをこの話のようなシチュエーションに持っていく役割を担えるというか、便利な奴だなぁーって思いました。


襟の下の小さな幸せ、「高性能」としか書かれていませんが、どんな呪が込められてるんでしょうかね。

ユウラが戦いで窮地に陥ったとき、このペンダントの力に助けられるシチュエーションを妄想させて頂いたところで、今回は筆を置かせて頂きます。


リクエストに応えて頂き、ありがとうございました。





(……あっ、店主が「危険な仕事もきっと怪我なし!」って言ってるから、防御系の呪が込められてるんですね。一旦感想書いて読み返して気付きました)


◇お返事


私からすると、こうしてどれだけ時間が経っても読みに来てくださるサクットさんが尊いのです。本当にいつもありがとうございます。

お伝えしたことで「読んで!」ってせがんでいるみたいになったんじゃないかと少し後悔したんですが、文面から喜んでくださったように思えて、とても幸せです。こちらこそ、ありがとうございます!


ユウラ視点のお話なので、どうしても「片想い」にはなってしまうのかなと。でも、そうですね! 殺伐とした本編とは違い、少し優しい雰囲気で描くことができたかなと思っています。

そうなんですよー! 本当はユウラだって年頃の女の子だし、別におしゃれに興味がないとかそういうわけでもないんです! だからできればもっとたくさん女性らしいシーンを書けたら、とは思っておりました。

今回少し書けましたが、それでもちょっと書き足りない……またいつか、今度は本当に何事もない通常通りのお仕事シーンとか、お休みシーンとか、そういうのも書きたいなと思いました。

白女神祭、本編はあんな状況なのできっと永遠に書けないだろうなと思い。笑 外伝とはいえ書けて良かったです!

何事もなければ、基本セトは空気を読む方なので……基本。笑


そうなんですよ! リイザは出番に恵まれないんですけど、割と人を動かす力を持っている人だなというのはよく思います。

特に恋愛やら男女関係やらに関しては、さすが経験豊富なだけあり、色々計らったりできるようです! 本編でももっと活躍させたい……


あ、そうなんですよ! 追記まで拝見しましたが、お察しの通り防御呪の永続呪が込められているようです。

本当に、そうですね。いつかこのペンダントに助けられる、そんな展開も書いてみたい……


こちらこそ、いつも読んでくださって本当に感謝しております。ありがとうございます。

戻ってこれたのは、サクットさんとユウナさんの力によるものが大きくて。待っていてくださって、本当にありがとうございました。

あの先をお見せできるよう、今一生懸命書いています! 何万字かは書けているので、早く更新できるようにしますね!


◇遊井そわ香さん/2021年3月26日 13:47


なんとユウラとセトの恋の話?!

……というにはセトの本心が見えづらいというか、相変わらずの仕事人間だなーという感じですが、なかなかに良い雰囲気ですね(*^^*)

ユウラの襟の下には、そんな甘酸っぱい秘密があるのね♡


◇お返事


恋愛、というのはちょっとなので、タグには「片想い」としておきました。笑

ユウラとセトの話は、この微妙な距離感のものを書くのが好きで、昔はちまちまブログでもやっていました。

何事も起こらなければ、二人はこれくらいまったりした空気の中にいるんですけどね。本編は色々と大変なので……


セト氏は仕事中毒ですので……でもここはユウラを慮って折れているので、多少マシです。笑

ユウラ、今なおずっとつけている想定なんです。襟の下に隠しちゃうところが、彼女らしいですよね。


こちらも読んでくださってありがとうございます!

KACなのに外伝書いちゃった。手を抜いてしまった……

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