2:初任務

「北東住宅街三番通りの家の母親が、部屋で寝ていたはずの長男がいないことに気付いて支部まで来たのが今朝の明け方。警備の兵を使っての捜索途中、付近の住民から息子がいないと相次いで連絡があった。全部で五件だ。誘拐されたのはいずれも男子で、年齢は十から十三。最初の被害者と同じ部屋には七歳の次男がいたが、その子は無事だった。犯人は年齢や性別にこだわってるみたいだな。それで、人員を増やして捜索を続けようとした矢先、『嗅ぎ回るな。今後も続けるようなら子供を一人ずつ殺す』って脅迫文が来た。今はいつもの見張りや見回りの兵だけ町に残して、他は表立っては動けないでいる。犯人の――おそらく複数だろうが、目的は一切不明。何かを要求するわけでもないし。そもそも要求が目的なら、わざわざ複数名誘拐する必要も、年齢や性別に拘る必要もないよな」


「さっきまでセトと四つの門の名簿を洗ってたんだ。ここ十数日のを確認してみたけど、特に収穫はなかった。普段より出入りが多いけど、白女神祭前だし例年通りだよ。門警備の担当者たちも当たってみたけど、不審者を見たって人は誰もいなかった。まあ、不審だと思ったら易々と町には入れないだろうしね。一応、手のすいてる人にもっと日付をさかのぼって見てもらうよう頼んであるけど、あんまり期待できないと思う」


 東棟の空き部屋で会議は始まった。最初にセトの説明とテイトの補足を聞く。面倒な事件だ。人質がいるなら自由には動けない。ユウラが尋ねた。


「それで、あたしたちはどうすればいいの? 手がかりがゼロの状態で、それでも町の中を探す?」


「手がかりはないこともない。誘拐された子供の家の位置と、昨日の見張りの配置や見回りの時間から割り出せば敵の居場所は少し絞れる。ただ……目撃情報が一切ないってことは、相当上手くやってる。目当ての家や誘拐後の逃走ルートも念入りに下調べしたんだろうな。かなり厄介な相手だ。あの脅迫が本気なら、絶対に不用意な真似はできない。慎重にやらないと」


 セトが広げた地図には、色分けされた印が点在していた。集めた情報と、それを基に分析した結果なのだろう。おそらく赤い枠で囲まれた部分が敵の本拠地があるかもしれない場所、要注意エリア。かなり絞られてはいるが、四人で回るとしたら決して少なくはない数だ。目を落としながら、テイトが口を開く。


「わざわざこっちを牽制してきたってことは、犯人はまだこの町に留まるつもりでいるんだろうし、もしかしたらまた犯行を重ねるかもしれない。昨日と同じ手口で来るなら、夜、今回の被害者と同じ年頃の子供がいる家を中心に警戒するのが一番かもしれないね。セトの言うとおり、敵はかなり綿密に準備をしてる。僕らも顔は知られてると思ってたほうがいいよ。それならやっぱり姿を隠しやすい夜の方が」


「一人でも見つけられれば、後をつけたり、最悪捕まえて口を割らせることもできるわね」


 とても女のものとは思えない物騒な意見だ。吹き出したいのを堪えながら、デリヤは引き続き耳を傾ける。


「緑の印の場所が、十から十三歳の男子がいる家。念のため少し年齢の幅を広げて、八、九、十四、十五の子供がいる家も調べてもらった。それは黄色でチェックしてる。それから黒い印が昨日の被害者の家。北東住宅街の、それもかなり限られた場所に密集してる。ついでに、昨日の兵の配置はパターンB。青い印が見張りの定位置だ。狙われた場所が特に手薄って訳でもないんだが……まあ、大通りに比べたら兵の数は少ないけど」


「今日の配置は?」


「今日も、今のところはBでいく予定」


 会議はとどこおりなく進んでいく。なかなかに手馴れているようだ。これまで田舎田舎と侮っていたが、デリヤは少々見直した。


「さっきテイトが言ったように、今晩、これ以上被害が出ないようにしながら、かつ敵の居場所を突き止めたい。狙われている年頃の子供が特に多い四つのエリアを一人ずつ担当して――敵を見つけたらすぐには手を出さず追跡して、隙を見て捕らえること。既に子供が捕まってる場合や、できないと判断した場合は追跡するだけでもいい。無理はするなよ。敵を捕まえるか居場所を突き止めた場合は、即支部へ戻って支部長に報告してくれ。さっきも言ったが敵は複数の可能性が高い上に手ごわい。一人で乗り込んだりしないようにな。あと、デリヤ」


 急に名を呼ばれて、少しばかり驚く。悟られないように、表情を動かさないよう注意しながら、デリヤは返事した。


「なんだい?」


「任務は初めてだよな?」


「そうなるね」


「何か予想外のことが起きたら、まずは自分の身を守ることを考えてくれ。特に今回は」


「ご忠告どうも」


「もう一つ言わせてもらうなら、訓練と実戦とじゃだいぶ違う。お前はかなりの腕だけど、気をつけるようにな。無茶だけはするなよ」


「副長さんは心配性なんだね。分かったよ」


 不快だった。他人に心配などされたくはない。腕には自信がある。デリヤは肩をすくめながら適当な返答をした。セトはなおも何か言いたげにデリヤを見たが、それ以上は言わない。続く作戦会議を話半分に聞きながら、デリヤはまた剣に触れた。脳裏には、ただ真っ白い砂の世界と化した、母の故郷があった。

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