【Ⅳ】デリヤ
1:弾む胸
――三年前、北支部、中庭。
「槍が剣に負けてちゃ駄目だよね」
「うるさいわね。もう一戦相手しなさいよ」
「僕はもう遠慮させてもらうよ。寝起き早々君みたいな馬鹿力を何度も相手にしてたら肩が壊れる。ただでさえ昨日は夜番で疲れてるんだ」
「あたしだって夜番だったわよ。とにかくその減らず口、二度と利けないようにしてあげるわ」
勝気に笑んで――しかしどこか悔しそうな色を目の端に残したまま、ユウラは槍を構え直した。デリヤは自然と零れかけた溜息を引き止めて、わざとらしさを加えてから改めて吐き出した。見咎めたのか、ユウラの目の色が変わる。
「何よ?」
「僕はそもそも、女が戦うこと自体疑問に思ってるんだ」
「女は家で家事でもしてなさいって? 考え方が古くさいわね。つべこべ言わずに剣を構えなさい。今、女がどれだけ戦力になるか教えてあげるから」
いつも予想だにしなかった答えが返ってくる。面白い女だ。笑っていた。が、気付くとデリヤは急いで口元を引き締める。馴れ合うために、わざわざこんな僻地に来たわけではない。
「油断大敵、でしょ」
少しの躊躇も遠慮もなく薙がれた槍を、すんでのところでかわす。腹のすぐ傍で風が唸った。今のは危なかった。
「今の、当たっていたらどうするつもりだい? いくら実戦練習だっていっても、死人を出すのはどうかと思うけど」
「安心しなさい。瀕死くらいまでならセトが治してくれるわ」
「やれやれ、副長さんも大変だね」
正直に言うなら、よくやるほうだと思う。女にしてはいい身のこなしをするし、その細腕からは思いもよらないような力を持っている。思ってはいても決して口になどしないが。そして、まだ甘いところもある。相手に予想外の行動を取られたとき、槍が流れて構えが崩れやすい。その隙に懐に潜り込んで、剣を突きつける。
「はい、終わりだ。これで通算十八勝目だったかな」
ユウラはまた目に悔しさを滲ませた。
「……いちいち数えてるの? 小さい男ね」
言いながら、槍を引く。ようやく諦めたらしい。今日も任務が入らなければ日没までひとり練習を続けて、明日になればまた相手になれと言ってくるのだろう。感心もするが、うんざりもする。剣を収めながら、デリヤは二度目の溜息をついた。
「で、今日も任務はないのかい? さすが田舎、平和なものだね」
「いいことでしょ。普段はもっと忙しいわ。暇なら門の警備でも手伝ったら? あそこはいつでも忙し――あ」
赤い目がデリヤから逸れて、ずっと後ろで止まった。振り返ってみると、デリヤもこちらへ近づいてくる者たちを見つける。同じ隊の二人だ。揃って浮かない顔をしているが、何か問題でもあったか。
「任務? 遠征?」
「任務。遠征じゃない」
ユウラの問いに簡潔に答えて、セトはテイトと顔を見合わせた。やはり二人して浮かない顔だ。
「じゃあエルティで? 何かあったの?」
「子供の誘拐事件だ。昨日の晩だけで五人も、しかも就寝中に家から消えてる。……ここじゃ誰かに聞かれるかもしれない。場所を変えよう」
身を翻したセトに、テイトが、そしてユウラが続く。デリヤも後を追いながら、そっと剣柄に手をやった。ようやくこれを実戦で扱えるときが来るかもしれない。高揚感が心音を速める。今度こそ、しっかりと笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます