外伝 —鏡の章—

名もなき兵の独白

 僕が白軍北支部に所属して二年が経った。


 情けないことに、未だに憧れの実戦部隊には入れていない。理由は明白だ。実力不足、それに尽きる。決して努力をしていないわけではない。毎日欠かさず剣の鍛錬を行っているし、向いていないと言われた呪の修行だって辛抱強く続けている。技術が向上しているのが自覚できるくらいには頑張ってきた。それでも、北支部の精鋭たりえるレベルにはまだ遠く及ばない。悔しいが、同時に誇らしくもある。我が北支部の精鋭たちは、それほどに優秀だということだ。




 僕が入隊を希望しているのは、支部副長が率いる隊なのだが、聞いて欲しい。この部隊に所属する主力人員は、皆僕と歳が変わらないのに、すこぶる優秀なのだ。


 まずは隊長のセトさん。セトさんは支部副長と隊長を兼任していて、めちゃくちゃに忙しい。休みなんて倒れるまで取らない上に、睡眠時間まで大分削っているらしいのに、いつ見ても爽やかだ。当然のように腕も立つ。セトさんの剣はとにかく速くて、僕が一振りする間に三回は振ってるんじゃないかな。呪だって高水準で、風呪の腕は北支部一だろうし、何よりもあの人の使う癒しの呪はほとんど奇跡に近い。僕は一度黒獣に左足を折られたことがあるが、普通の癒し手なら完治までに三日はかかるだろう怪我が、セトさんの呪では呼吸を二回するほどの時間で治った。すごいだろう! それにだ、セトさんは頭もいいんだ。先輩が、セトさんが副長になってから色んなことの効率が良くなったと言っていた。黒獣討伐の時の指揮だっていつも的確だし、後はそうだ、性格もいいんだぞ。優しくて、いつでも冷静で、それでいて親しみやすいし、部下のこともよく守ってくれる。本当、この人と歳が近いだなんて信じられないな。天は二物を与えずなんて言うけど、あれは嘘だね。セトさんは何でもできて、本当に格好いい。


 次に、副隊長のユウラさんだ。ユウラさんは副長副官もしていて、この人も仕事がよくできる。いつでもてきぱきしていて、毅然としていて、綺麗な女性なのに、それに甘えることなくよく働く。むしろ男顔負けなくらいだ。武術の腕だってそうで、ユウラさんの槍術は鮮やかで綺麗なんだ。それでいて腕力自慢の男たちと対峙しても力負けしない。あの女性らしい細い腕のどこにそんな力があるんだろう。訓練では男たちを軽く何人も打ち負かして、涼しい顔でいる。その上、裁縫や料理も上手だそうだ。服や化粧のセンスだっていい。若干言葉が厳しい時もあるが、その裏にはいつも思いやりが感じられる。正直言って堪らない。惚れているのかって? 馬鹿言え、そんなおこがましいことあるわけないだろう! これは憧れだ。惚れた腫れたって話じゃない。そもそも、ユウラさんにはセトさんがいる。いや、実際二人がそういう間柄かっていうと、多分違うんだろうけど、尊敬できる二人が恋人だっていうんなら、それは素敵だと思う。というか、セトさん以外の男に我らが北支部の女神ことユウラさんは渡したくない。


 そして、呪部門の教官もしているテイトさん。まず、テイトさんの呪の腕は北支部どころか、全支部の中でも一番なんじゃないかと思う。上級紋章呪ももう幾つか会得しているらしいし、多分テイトさんなら本部に行っても指折りになれるんじゃないか。黒獣と対峙したときに、テイトさんがいるのといないのとでは心の余裕が違う。テイトさんがいれば、僕らは時間さえ稼げばいいんだ。それから、何がすごいって、この人は自分で呪の新しい技術も開発しようとしているってことだ。きっと天才なんだと思う。教官としては結構怖いって噂を聞くけど、僕からしたらテイトさんに目をかけてもらい、呪を教えてもらえるってことが羨ましくって仕方がない。文句は言うな。選ばれし者だって自覚をしろ! 厳しさに耐えられないなら僕と代わってくれ。だいたい、いつも穏やかなあの人が怖いだなんて信じられないんだ。きっと頼めば僕だって教えてもらえるんだろうけど、畏れ多くて……。副長の隊の主力メンバーの中なら最年長らしくて、そうは言っても若いんだけど、年長者らしい落ち着きがあるなと感じる。


 最後に……最近入ってきた新入りで、いきなりこの隊に所属できたやつがいる。ランテとかいうらしい。一度外門警備を一緒にやったことがあるが、こいつは本当に、何というかマイペース? で、先に挙げた三人とは雰囲気が全然違う。ランテには「さん」を付ける気にならないんだ。多分年下だろうからっていうのもあるけど、よく言えば他人に警戒心を抱かせない、悪く言えば隙だらけ過ぎる、そういうオーラがそうさせるんじゃないか。ただ、剣の腕は悪くない。悔しいが、僕は負けていると思う。危なっかしさもあるにはあるが、剣を振るべき時をちゃんと選べる。それって結構な経験がないとできないことだと思うが、ランテは北支部に来る前にはどこで何をしていたのだろう。記憶喪失らしくて、自分のことは何も分からないらしい。そういうのって不安になったりするんじゃないかって僕は思うんだけど、ランテには全然そういうそぶりがないのが、こいつは実は大物なんじゃないかって思わせる。そういう意味で、ランテが副長の隊に所属できたのは、少し分かる気がするんだ。




 この四人は、長期任務に出たきり長らく帰って来ない。何か大きな仕事を任されているらしいという噂だが、心配だ。いや、ランテはともかく他の三人がそう簡単にやられたりはしないだろうから、僕の心配なんて不要なのかもしれないけどさ。でも、ああ、今頃この人たちは何をしているんだろう! 隊に入りたい一番の理由は、この人たちの傍で、この人たちの活躍を見ていたいという気持ちが強いからなんだ。僕も一緒に行きたかった。どこかに記録でもあればいいのに。


 どうしても強い人にばかり仕事が偏りやすいところがあるから、いつかこの人たちに少しでも楽をしてもらえるように、僕は強くなりたい。よし、今日も剣を振ってこよう。ついでに呪の修行もしてこようじゃないか。




 ……四人が、世界の歪みを正すために奔走していたのだと知ったのは、それから少し経ってからのことだった。たくさん助けてもらったから、今度は三人の、いや、仕方がないからランテも含めてやって、四人の助けになろう。僕の力がどれだけ通用するか分からないけれど、彼らと同じ目的の下戦えるならば、それはとても嬉しいことだと思うのだ。命懸けになるだろうけど、怖くはない。いや、少し怖いけれど、きっと僕の命は皆が守ろうとしてくれる。それでも敵わなかったなら、それは仕方がない。そう思えるほどに、僕は彼らを尊敬し、信頼している。


 四人が帰ってきたら、今度こそ一緒に戦えるように。僕は今日も剣を振り、呪を磨き、彼らを思う。どうかこの剣が、呪が、思いが、少しでも彼らの力になりますように。

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