第5話 秘密の会合

 夢を見た。エレナと一緒に映画を見に行った時のこと、お揃いのネックレスを買った時のこと、おやつの取り合いで喧嘩したこと、そんな思い出たちが真っ黒な泥に飲み込まれていく夢。泥の中をかき分けて思い出の幻想に手を伸ばしても、浸食は止まらない。濁流に押し流されていく様子を見ていられなくて、願う。汚さないで、せめて思い出だけは。共に未来を紡ぐことはもう、叶わないのだから。両手に力がこもり、その途端閃光が走った。


「アンネ!アンネ!起きてって。」


「うわぁっ。」


上から落ちてきた声に飛び起きると、目の前の視界が薄紫に染まっていた。思わずもう一度目を閉じる。目を開くと、握った両手の隙間から紫色の光が溢れているのが見える。


「なんだろう。」


「魔法、使えるようになったんだ。」


寝ぼけ眼をこすっていると、二段ベッドの上からじっと覗き込んでいたメイの一言で一気に脳が覚醒した。


「今使えるようになったの、嘘でしょ……!」


あんなに思い悩んでいたのに眠っている時に使えるようになったなんて。本当にままならないことばかりだ。


「いいなぁ、私まだだから焦っちゃうなぁ。」


そう言って唇を尖らせるふりをしてから、メイは笑う。それを見て私もネロが魔法を使えるようになった時にメイのように笑えたら良かったのにとアンネは思った。他人んお幸せを素直に喜べる人間でありたい。


「アンネのそれはどんな魔法なんだろうね。」


私よりも楽しそうな顔をしてメイは言う。


「ほら、魔法にも色々あるじゃん。例えばエリー先生の専門は召喚術だし、ルイスさんの術式は降霊術でしょ。スーザン先輩のやつは幻術みたいなやつって言ってた。アンネのは……光?」


「決まってるものなんだっけ?」


確か先生の説明によると、術式は固定されたものではなく本人が考えて構築するものだったはずだ。


「いや、決まってるわけじゃないけど適性はあるって言ってたから。光かぁ、思いつくのは目くらましの術式とか?」


自分より勢い込んで話すメイに苦笑いをする。目くらましって……、なんかしょぼい気がする。


「他人の術式考えてないで自分の魔法使えるようになる方法考えたら?」


軽口を叩いてから少し棘があったかもしれないと反省したが、メイは軽やかに笑ってくれた。その時、教会の鐘が鳴る。二人は顔を見合わせ、一拍の静寂の後慌てて着替え始めた。




「うわぁ、滅茶苦茶カッコ良さそう!」


「どれどれ、」


アンネとネロは図書室の人一人寝れるほどの大きさの机に辞書くらい厚い本を何冊も広げていた。エリー先生に魔法が使えるようになったことを報告すると教室を追い出された。なんでも術式を構築するにはイメージを自分の使う魔法のイメージを明確に持つことが大切らしい。そのために先行の魔法使いたちが使う魔法の数々を見てきなさいと言われ今日も二人は図書室にいる。


アンネが今開いているページには甲冑の騎士たちが描かれていた。分類は降霊術とある。


「降霊術っていったらあのルイスさんの術式かぁ。」


「絶対かっこいいじゃん。」


無数の甲冑を自由自在に従えたルイスを想像する。ほんの少しだけしか彼女のことを知らないが、その姿はとても様になっていると感じた。エリー先生は言っていた。自分に合った術式を見つけること、と。ルイスさんには降霊術がぴったりだ。じゃあ私に似合う魔法ってなんだろう。


「アンネは自分が使いたい魔法のイメージとかないの?」


「いやぁなんか逆にありすぎて困るっていうか……。」


「あぁ、なるほど。」


氷の絶壁を作ったり、手で炎を操ったり、フェニックスを従えたり、花をたちどころに咲かせたり。アニメや漫画で見たことがある魔法の数々はアンネの童心を刺激してやまない。


「僕はあんまりアニメとか見たことないし、そもそもイメージがあんまり湧かなくてさ。だから皆の見て考えようと思ったんだけど先生は他人ひとの術式とか魔法を真似するのはあんまりやらない方がいいって言うし。」


ネロはそう言って眉を下げる。術式の効果、条件を知ってしまえば敵に対策が取られてしまう。つまり、同じような術式を使うのは対策が取られやすく戦場において得策ではないのだ。だから魔法は一部のものを除いて初見が一番強いと言われている。だから魔法使いはオリジナリティを一番大切にする。出来るだけ今までにない術式を生み出すべく、頭を回してイメージを絞り出すのだ。


「まぁそのうちネロも思いつくよ。」


まだ自分の術式も編み出せていないのに励ますようなことを言ってアンネは笑った。




 風が強い日だった。窓がガタゴトと音を立てて揺れている。メイはその横で何も言わず、立ち尽くしたまま外を眺めていた。振り返らない背中はどこか声をかけるのが躊躇われるような憂いがあった。ベッドに鞄を置くとやっとアンネが部屋に帰ってきたことに気づいたらしいメイが、こっちを振り返り、やけに明るい声音で喋り出す。


「アンネ帰ってたんだ。自分に合う術式は見つけた?あっまだ言わないで。当てて見せるから。」


メイは顎に手をあてて首を傾げる。アンネが黙って見守っているとぱん、と手を叩いて両手を手をグーで握ってぶんぶんと振った。


「カライドスコープとかどう?ほら、色んな角度から光が入って色んな色の光が反射するの!瞬間ごとに模様が変わるのも、くるくる表情が変わるアンネにぴったりだと思うんだけど。」


「そうかな、考えてみる。」


「ということは?」


「まだ決めてない。そんなに早く決めれないよ。」


「そっかぁ。」


「でもカレイドスコープ、考えてみる。使えたら綺麗だろうな。」


空気を切り裂いて、瞬間ごとに変わっていく魔法陣の模様。色とりどりの光が角度をつけてあたりに乱反射するその様を思い浮かべて、アンネは口角を上げる。そんな綺麗な魔法を自分にぴったりだと言ってもらえたことが嬉しかった。


「ところでアンネ、」


そこまで言って、メイは逡巡しゅんじゅんするように口ごもる。アンネが目で先を促すと、メイは瞳を伏せて囁いた。


「会合のこと、知ってる?」


「かいごう?」


「そう。知らないなら大丈夫。」


「えぇ、そこまで言ったら教えてよ。」


両手を振って微笑むメイに唇を尖らせる。


「いいの、これは秘密なの。」


そうやっていたずらっぽく笑みを浮かべてメイは誤魔化す。いつの間にか窓の外では風がおさまっていた。これなら、読書にも集中できそうだ。そう思い、アンネは遊戯室から借りてきた本を広げて読み始めるのだった。




渡り廊下を歩いていると、ひゅうっという風を切ったような音が聞こえてアンネは歩みを止めた。中庭の木陰で槍を振るう女性が一人。銀髪をポニーテールにして、まだ初夏だというのにタンクトップ姿のその人はアンネたちの寮、レイモンド寮の寮長スーザンだった。


「授業お疲れ様。」


「スーザン先輩もお疲れ様です。鍛錬ですか?」


「見本試合があるからね。」


「見本試合?」


「あれ、まだ先生から言われてない?」


そう言われてアンネはエリー先生から明日は試合演習会の説明があるから礼拝堂に集合するようにと言われていたことを思い出す。


「……言われたかもしれないです。」


「見本試合っていうのは、五月にある試合演習会の説明会で披露されるオリエンテーション、エキシビションマッチみたいなものかな。毎年各寮の寮長同士が試合することになっているの。」


くるくると槍を指で一回転させながら、スーザンは見本試合について説明する。


「えー!なんだか楽しそうですね。」


「見てる方はね。やる方は大変なんだよ、戦闘不能になるまで戦わないといけないから。」


「え、死ぬんですか?」


「いや、味方殺してどうする!?気絶とか、拘束するとかでっていうことよ。」


大きく背伸びをして、スーザンは槍を構える。そのまま勢いよく前に突き出す。


「今年は負けたくないから。」


きゅっと口を結んだ横顔。ちらりと見える首筋には汗がしたたる。


槍が風を切る。斜め上に、前に、横に。踏み込む足を変えながら、槍が出される方向も変わる。動きはなめらかで、まるで演舞をしているかのようだ。だけどこれはただの踊りではない。離れていても伝わってくる張り詰めた殺気。殺さないと言っていたけれど、これはどう考えても相手を殺す気で槍を振るっている。


彼女が誰を想像して戦っているのか、わかった気がする。同じような熱のこもった瞳を向けているのを前にも見たことがある気がした。

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