第94話 らいふりみっと

「爺や‼ しっかりして爺や‼」

 田中さんが目を覚ますと、隣のベッドにゾンビが寝かされている。

 そして見覚えある面々が揃っていた。

「なんだ?」

「まだ入院しているのか田中」

 夏男が田中さんの朝食をモリモリ食っている。

「……また入院したのかオマエ?」

「いや俺じゃない、爺やだ」

「爺や?…ゾンビじゃねぇか」

 ゴンッ‼

 春奈に単二電池を投げつけられた。

「爺やはゾンビじゃありませんわ‼」

 入院したのはゾンビのような爺やである。

「爺や倒れたです」

「キミの時は見舞いの1回も来ない連中がこんな夜更けに全員集合とはね」

「そういう一言、一言が俺を傷つけるんだぜ…とうとう俺はブラジャーでメンタルを支えなければ生きていけないほどのダメージを負う羽目になったんだぜ」

 ガバッとシャツを捲り上げてブラジャーを見せる夏男。

(ピンクか…男だと解っていても目が行ってしまうのは性なのだろうか…悔しいというか負けたというか…)

 元々、ゾンビのような爺や、危篤状態といっても外見には変化が無い。

 それでも、良くはなってないことは解る。

 春奈は、ほとんど家に帰らず病院に泊まっていた。

 皆も毎日、見舞いに来ていた、爺やもそうだが、春奈の方を気にしているのだ。

「春奈先輩、少し休んでください」

「ありがとう、大丈夫ですわ」

「三宮寺さん、先生が診てるから…少しだけでも眠りなさい」

「爺やの傍にいてあげたいのですわ…ずっと一緒に居てくれたんですもの」

「春奈…」

 真顔の夏男、白いシャツから透けるブルーのブラジャーがイラッとさせる。

「好きにさせてやれ…無理をしてでも後悔するよりはいい…そういうことだってあるさ」

 秋季はドアにもたれ掛かっていた。

 爺やの容体は悪化していった。

 緩やかに…緩やかに…穏やかに…静かに…その時を迎えるために。

「後悔しないようにしなさい…三宮寺さん」

「もちろんですわ」

 ニコリと笑う春奈、少し痩せたように思えた。

 たった数日前まで、僕たちは当たり前に過ごしていた。

 一晩で変わってしまった世界に馴染んでいたつもりで…違うんだ。

 僕たちは現実を受け入れてなどいなかったんだ。

 この変革を僕たちは見ないようにしていた。

 独りじゃないことに安心して、目を閉じた。

 死という現実が目の前に訪れて、薄目で見た現実は、あまりに残酷だった。


「お嬢様…爺や、幸せでした…お友達と楽しく生きてください…皆さま、お嬢様をよろしくお願いします…」

 爺やは静かに息を引き取った。

「嫌…嫌よ…爺やー‼」

 春奈は泣き崩れた。

(いたたまれない…忘れてた…人は死ぬんだ…そんな当たり前の事を僕は、わすれていた…)

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