第33話 ぱらだいすろすと

「このまま新年会へ突入する‼」

 すき焼きで僅かに回復したテンションも締めのうどんが煮えるころにはドヨーンと淀んでいた。

(なんだろう…底なし沼にゆっくりと飲み込まれるような感覚だ)

 立花先生など、ワインの瓶を握りしめながらすでに寝ている。

 なかなかに大胆な寝姿に、あの男だけがテンションアゲアゲであった。

「眼鏡をかけるべきか…かけざるべきか…それが問題だ」

 エロスを知的に表現しようとしてみたが、どうやら失敗したようだ。

 春奈の目を見れば解る。

 挙動に不審を感じれば迷わず制裁に乗り出す所存だ。

 春奈の視線に怯えながらも、立花先生のふとももにも視線を配る夏男。

「ええい…ままよ‼」

 どうにでもなれと夏男がエロスに傾き、春奈が夜叉姫に化けた。

「キィシャァァァァ‼」

 春奈が奇声を上げ、夏男に食事用のナイフを振り上げる。

「冗談ではない‼」

 フォークでナイフを受け止める夏男。

「キェェェェ‼」

 春奈の蹴りが小太郎の脇腹にはいる。

「まだだ…まだ終わらんよ」

 スチャッと懐から眼鏡を取り出す夏男。

 パキーンッ…

 眼鏡のレンズにナイフが刺さる。

「えぇい‼ 当たり所が悪いとこんなものか‼」

 フレームから外れて飛んでったレンズを拾おうと手を伸ばした夏男。

「させるか‼」

 冬華が夏男の顔に生卵をぶち当てる。

 顔の生卵を手で拭った夏男

「結局‥遅かれ早かれ、こんな悲しみだけが広がって、エロスをおしつぶすのだ…ならば少年は、自分の手でエロスを裁いて、エロスに対し、目の前の女性に対して、贖罪しなければならん…春奈、冬華なんでこれが分からん‼ 臭っ‼」

 夏男が嘆いている間に眼鏡のレンズをガスコンロで両面をデロッと焙っていた。

「焙煎‼」

「俺の眼鏡を?」

 チーズのようにとろけた眼鏡に飽きた冬華、すき焼き用の肉を持って廊下に出ていった。

 溶けた眼鏡をポイッと夏男に放り投げた。

「こ、これは!?眼鏡フレームの共振?コンロの熱が集中しすぎて、とろけているのか? 恐怖は感じない?むしろ暖かくて、安心を感じるとは…」

 爺やが立花先生に毛布をかけることで鎮静化に成功した、その頃、小太郎と秋季のオセロが一進一退の攻防を繰り広げていた。

「なかなかやるな小太郎」

「食い下がってきますね秋季先輩」


 廊下でゾンビと、鬼ごっこをしている冬華。

 ゾンビに追われるために余った牛肉を手にしている。


 広い屋敷…ここはカオスが支配する場所なのかもしれない。

 オセロに負けた小太郎、冷静に状況を眺めると、この世に楽園などないのだと思ったという。

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