第31話 これでまるっと収まった……? 8


<シャルンゼナウ>の大艦橋内で対峙しあう、アキト・メル・ザウエニアと、天河銀河。

 アキトは、同じ顔を持った相手が持つものをちらりと見て、言い放ちました。

「『騎士剣』か……。いい身分になったものだな」

「ペリー王妃がお許しになってくれたのでね。僕は姫を助ける騎士になったってわけさ」

「そうはいくかな?」

 アキトはそう言うと、指をぱちんと鳴らしました。

 するとあちこちから、電磁投射銃を持ったアンドロイド達が音もなく現れ、銀河に向かって銃を向けるではありませんか!

「多勢に無勢だな」

 しかし銀河は眉一つ動かさず、答えました。

 そして両腕をクロスさせて、広げます。

「それはどうかな? ……ホームパーティだ!」

 するとどうでしょうか!

 銀河の周りに、たくさんの青白い転送門が出現!

 その多数の門から、銀河のものと似た装甲宇宙服が、次々と現れます!

 ディディとイズーがコントロールする、無人装甲宇宙服部隊です!

「私のアーマーさばき、ご覧なさいな!」

「撃て!」

 アキトがそう叫ぶと、周囲にいたアンドロイド兵士達は一斉に電磁投射銃を放ちました。

「ディディ! イズー!」

 銀河も叫び返します!

 彼の叫びに応じ、装甲宇宙服部隊は、片方の手のひらのビーム発生器でシールドを作り、弾丸を防御! ある機体は、もう片方の手のひらのビーム発生器を放ち、応戦! またある機体は、全身に装備したマイクロミサイルなどを放って攻撃!

 連続した爆発!

 ビームやミサイルにより、次々と機械仕掛けの人形達が爆発四散します!

「ちいっ!」

 アキトは術法で宙に浮く円盤を作り、トレアリィを載せて一目散に逃げ出します!

「待て!」

 銀河は追いかけますが、行く手をアンドロイド兵士達が阻みます!

「待てと言われて待った奴はいないぞ!!」

「逃がすかよ!!」

「逃しませんわよ!」

 二人の声とともに、装甲宇宙服のうち、かなり大柄の装甲服が前にずいと前進!

 アンドロイド達はその重装甲服に向け銃撃!

 が、電磁投射銃の銃撃をものとせず、マウンテンゴリラのような装甲宇宙服は進撃!

 両腕で連続したパンチを繰り出します! 部品と火花がいくつも飛び散ります!

 アンドロイド達は、無残にもバラバラになって飛んでいきます!

「ここは私に任せなさい!」

「わかった!」

 アンドロイド達を排除した銀河は、イズーの言葉を背中に受け、アキト達の後を追います!

 そしてフロア奥にたどり着いたものの、そこはエレベータで、既に下に向かった後でした。

 だからといって、このまま待つわけにもいきません!

 銀河は、騎士剣を扉に向けビーム照射! 

 扉をじりじりと溶かすと、エレベータ空間内へと飛び込みます!

 足の裏のビーム発生器兼スラスターで一気に落下!

 猛烈なスピードでエレベーターカーゴの後を追います! まるで落ちるかのように。

 ……いました! エレベーターカーゴです! 既に止まっています!

 銀河は騎士剣をかざし、カーゴの表面を焼ききる程度の出力でビームを照射!

 天井に穴を開けます!

 じりっじりっと穴が空き、ある程度空いたところで、銀河は腕で無理やりこじ開けました。

 が、カーゴの中はもぬけの殻でした。カーゴドアは開きっぱなしです。

 銀河はカーゴの中に降り立ち、ドアから出ようとした時!

 そこに殺気! 何かが飛んできます!

 銀河は腕の手甲部分で防御! 手甲が爆発します!

 どうやら攻撃術法のようです。

「危ないな……!」

 銀河は、ヘルメットの中で歯噛みしながら前進します。

 そのフロアへと踏み出すと、そこは満点の星空が広がる光景でした。

 目の前には、<フォルティス>。

 その後ろには、地球のたった一つの自然衛星、女神の名を冠した星が見えます。

 ここは艦の展望室のようです。そこかしこに地球のものに似た植物などが置かれてしました。

 本来ならば、ここは乗組員達が安らぐ場所になるはずです。

 そして、その展望窓の直前に……。

 銀河の目の前に、愛しい人と、憎むべき敵がいました。

 彼はヘルメットのバイザーを上げると、一方足を踏み出しかけて止めました。

「トレアリィを返せ……!」

「その前に、君に言っておくべきことがある」

「なんだよ?」

「ありがとう。君には長い間世話になった。それに色々迷惑もかけた。申し訳ない」

「何を今更……!」

「まあ何を言っても言い訳がましいが。この戦い、結局私の負けだ。君を倒したとしても、グライスの連中には勝てないだろう。だが」

「だが?」

「これからの君達地球人は、苦難の時代が始まるぞ。地獄の釜の蓋は禍々しく開かれた。様々な異星人が、地球に乗り込んでくる。それらの異星人は、友好的とは限らない。むしろ、地球を貪ろうとしてやってくる方が多いだろう」

「……」

 銀河は、片方の手を背中に回しました。

「実を言うと、私に姫巫女メイデン達がつけられたのは、つまり、私が救世主メッシアに選ばれたのは、この地球を統治、いや、はっきり言えば、侵略せよという神々パンテオンの神託が下されたからなのだ」

「え……!?」

 アキト皇子の告白に声を上げたのは、人質にされているトレアリィでした。

 銀河も、顔をしかめます。

「私はそれに反対した。だが皇王ちちうえや大神官達は執拗に使命を果たせと迫ってきた。だから私はプリシアを連れて逃げてきたのだ。この地球へと」

「そんなの、信じられるかよ……!」

「信じるも信じないも、いずれはわかる。賽は振られ、カエサルはルビコンを渡ったのだ」

 銀河はちらりとアキトから視線を外し、どこかを見ました。

 それを知らずに、アキトは言葉を続けます。

「まぁその前に、ここにいる愛しい人の心配をしたらどうだ?」

 そう言いながらアキトは、片方の手のひらに赤い術法陣が輝かせ、トレアリィの胸に突き付けました。その光には必殺の意志がありました。

「銀河……!」

 トレアリィの声は、先ほどとは違う性質を持っていました。

 一歩でも動けば、ひとつでも何かをすれば、アキトは彼女に向けて呪文を放つ。

 わかりきったことが、銀河の体を身動きできなくさせます。

「撃ってみろ。君のような『善良な日本人』は撃てないはずだ……!」

 アキトは眉一つ動かさず、感情を含まない声で告げます。

 銀河はその声に抗うように、騎士剣を持っている腕を上げ、アキトに狙いをつけました。

 アキトはわずかに唇を歪め、赤い術法陣をさらに輝かせようとした、その時でした!

 アキトの背中に、冷たく硬いものが押し付けられ……。

「!?」

 次の瞬間、強烈な電流のようなしびれが、アキトの体を襲いました!

「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!」

 アキトは悶絶して、その場にうずくまりました。

 トレアリィはその隙に、アキトから逃走!

 と同時に、トレアリィのそばに影が浮かび上がります。ディディです。

 彼女は片手に、銀河の騎士剣を一振り手にしていました。

「姫様、ご無事でやんしたか!?」

「……ええ、大丈夫よ。ディディ」

 銀河がアキトとの会話の際、片方の手を背中に回した時、透明化していたディディに騎士剣の一振りをこっそり手渡していたのです。

「ごふっ……!」

 アキトは、悶えながらも右の手のひらを銀河の方にかざし、呪文を唱えます!

 一矢報いるために!

「ご主人さま!」

 それに気がついたトレアリィが、悲鳴を上げます!

 彼女の声に弾かれるように、銀河は騎士剣の引き金を引こうとしましたが。

 しかし、引き金は重く、冷たく感じられました。吐き気さえこみ上げるほどでした。

(今撃たなければ、こっちがやられる。けれども撃てば、僕はアキトを、僕の体を殺す……! どうすれば……!)

 その時です!

 一条の光が、疾走りました……! そして、崩れ落ちたのは!

 ……アキトです!

 銀河が、トレアリィが、ディディが、光の発射点の方を一斉に見ました。

 その発射点で、手のひらに青色の術法陣を輝かせていたのは!

 ……男装の麗人、イズー、でした。

「なぜ……!」

 銀河は、答えを知っている生徒のように問いかけました。

「貴方の代わりを、私がしただけよ……」

 イズーも、生徒の内心をわかっている教師のように答えました。

「……ありがとう」

 銀河は、イズーから視線をそらし、そう返すのが精一杯でした。

 その時アキトの、いや銀河の体から、黄色い霧のようなものが出てきました。

「……。これが精神生命体ってやつか……。ディディ、任せたよ」

「任せるでやんすよ」

 ディディが騎士剣の引き金を引くと、「銃口」の前の空間に、テニスボールぐらいの大きさの球が現れ、霧を吸い込み始めました。

 霧はもがくように動いていましたが、やがて、球の中にすべて吸い込まれてゆきました。

 この球は、精神生命体などを閉じ込める拘束用の球、通称「拘束球」です。

 この拘束球、近くに精神や情報などを含めた生命体がいると、それを吸い込み、閉じ込める機能があるのです。これを作り出すのも騎士剣の機能の一つです。

「これで、よし、と」

 ディディがそう言うと、大きなピンポン球が床にぶつかるような音が、一つ鳴り響きました。

「……あいつがディディに気づかなくてよかったよ」

「そうでやんすね。本当におマヌケなやつでやんした。これで何もかも終わったでやんすね」

「ああ……」

 銀河はディディにそう言いながら、アキトの、いや自分の体を見ました。

「ようやく僕の体を取り戻せた、か……。このまま入ればいいんだよな……?」

「そうでやんす」

 銀河がディディに言うなり、装甲宇宙服のハッチが開き、青白い霧の塊を身にまとった、ナノクリスタルコアが出てきました。

 クリスタルコアと霧は、倒れている「銀河」の体の中へ吸い込まれていきました。

 そして、彼の体が薄く光輝きます。

 しばらくして、閉じていた銀河の目が、ゆっくりと見開かれました。

 そしてパジャマを着た彼の体が、よろよろと起き上がります。

「パジャマがボロボロだ……。気に入っていたんだけどなあ……」

 銀河は自分の身なりを見るなり、そうぼやきました。そこへ、

「ご主人さまぁー!!」

 ディディによって縛めを解かれた、トレアリィがはしゃぎながら抱きついてきました。

「うわっ、ちょっと! トレアリィ!?」

 銀河も、慌てつつとても嬉しそうな顔です。

「……大丈夫? 怖くなかった?」

「ええ、大丈夫でした。だって、ご主人さまが助けに来てくれると思ってましたから……」

 瞳をうるませて答えるトレアリィの顔は、まさに悪竜から勇者の手によって助けだされた姫のような顔でした。

「あ、ありがとうトレアリィ……」

「ご主人さま、ずっとそばに居てくださいね! ずっと離れないでくださいね!」

「……ちょーっと、それはずうずうしいんじゃないですかね? お姫様ぁ?」

「あらあら、独占しようとしてもそうはいきませんわよ、二番ちゃん?」

 二人がはしゃいでいると、突然、少し遠くからそんな声が飛んできました。

 銀河とトレアリィが、そちらの方を向くと……。

 セーターにジーンズを着た猫山美也子と、秋津洲学園の紫と赤紫のツートンのワンピース制服姿の天宮綾音が、仁王立ちしていました。

 彼女らの姿からは、赤いオーラが立ち上っているようにも見えました。

「……み、ミャーコ! 綾音! いつの間に!?」

「あんたがアキトを捕まえた直後には、もうここにいたわよ!」

 気がつけば、多数の武器を持った兵士達がゲートから次々と現れ、艦内のあちこちへと向かっていきます。

 彼らは、グライスのステーションシップ駐留の兵士達でした。

「あー、本当にお熱い様子で羨ましいわねー? 銀河、今日のごはん、抜きだからね!」

「ちょっと、それはないよ!? って、もうそんな時間過ぎてるけど……」

「じゃあ私がご飯を作ってあげようかしら?」

「天宮さんそれずっこいわよ! 餌で釣ろうとしてもそうは行かないんだからね!」

「あら、私に釣られるのが嫌なら、貴方が釣れば? フフフフフ……」

「この正体干物系女め……!」

「なんかいったー?」

「いきなり出てくんな!」

 二人が喧嘩する光景を見ては、トレアリィは、何あれ、という顔で銀河に問いかけました。

「美也子さんとプリシア、あの二人仲が悪いのかしら……?」

「いいやトレアリィ」

 銀河は、ゆっくり首を横に振って微笑みました。

「ああいうのを、地球では『喧嘩するほど仲が良い』って言うんだよ。覚えておいて」

「そうなんですか……」

 トレアリィも二人が言い合う光景を見て、ゆっくり微笑むのでした。

 銀河は、展望窓を見上げました。

 三十八万キロの彼方、この星系の恒星が放つ光を受け、白色に光り輝く星が佇んでいます。

「月が、綺麗だね」

「ええ、本当に」

 優しく降り注ぐ月光の元、銀河とトレアリィはそう言い交わすと、唇を重ねました。


 と、その時でした。

 硬いものがぶつかって動く音がしたので、そちらの方を見ると。

 新たに、人間型の生物が現れていました。

 騎士の鎧にも似た服を着込んだ、二人組の男です。

 腰には、銀河のものに似た騎士剣をホルスターに収納しています。

 銀河は慌てて唇を離すと、ディディに問いかけました。

「あ、あれは……」

「ザウエニアの皇室警察官でやんすね……。でもどうして」

 ディディが展望窓を見ると、外に<シャルンゼナウ>や<フォルティス>とは別の人型戦艦が停泊しています。

 いつの間にか、ここにやって来たようです。

「あなた方は……」

「グライスのトレアリィ王女様ですね? ザウエニアの皇室警察です。逃亡者アキト容疑者を追ってやってきました」

 彼は、転がっていた拘束球を拾い上げると言葉を続けます。

「アキト容疑者の確保、ご協力ありがとうございます」

 それから皇室警察官は、銀河の方を見やると、

「そこの現地人は、アキト容疑者の寄生先ですね? ちょっと事情聴取のため」

 そう言いながら警察官は騎士剣を抜き、銀河の方へと構えます!

「え、ちょっと、何!?」

「この現地人を連行いたします」

 そう言うと彼は、騎士剣の引き金を引き……。

「銃口」からテニスボール大の球が飛び出すと、拘束球が銀河の体を光の粒子に変え、渦巻くようにして吸い込んでいきます!

「ちょ、なんでえぇェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

「えっ、ご主人さま!?」

「銀河!?」

「天河くん!?」

「ギンガ様!?」

 驚愕する四人を残し、銀河は拘束球の中へと消えていきました。

「では。これで失礼いたします」

 そう挨拶するなり、アキトと銀河の拘束球を手にしたザウエニア皇室警察官達は、自分たちの艦へと帰って行きました。

 あっという間の早業に、トレアリィも、綾音も、美也子も、ディディも、そしてイズーも、ただただ呆然とするばかりです。

 ようやくのことで、絞りだすように出た叫びは。


「どうしてこうなるの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」


 みんなの叫びは、静かに佇む、女神の星へと届かんばかりに広がっていったのでした。


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