第30話 これでまるっと収まった……? 7


 月の近くから放たれた矢は、ひとつの光を持っていました。

 その光は、強く大きくなっていきます。

 天河銀河が乗るグライス宇宙軍格闘戦用可変戦艦<フォルティス>は、融合推進と重力制御推進で、地球に向かって飛んでいきます。

<フォルティス>は推進器を限界まで運転させ、さらに加速させます。

 そして、加速しながら全長約一八〇〇メートル、ブロック構造で構成された<フォルティス>の姿が変化し始めました。

 それぞれのブロックの位置が移動し始め、船の形から人型へと変わり始めたのです。

 エンジン部は足に、先端部は腕に、中央部は頭と胴体に。

 その様はスムーズで、まさに最新鋭の艦という風情でした。

 可変をあっという間に終えた<フォルティス>。

 彼女は、背中の重力スラスタを全開にし、地球軌道上へと突っ込んでいきます。

「<フォルティス>可変終了したでやんす」

「じゃ、突っ込むぞ!」

「操艦のアシストはあっしとイズーがやるから任せるでやんす。大船に乗った気持ちでいるでやんす」

「任せてくださいな! 私、ギンガ様のために頑張ります!」

「この船、実際でっかいけどな」

「うまいこと言ったつもりでやんすか!?」

「そんなことより、ほら、来たぞ!」

 全天スクリーンに表示されたのは。

 アキトの人格ホログラム達が操縦する可変戦闘艇隊です。

「銀河の奴め、グライスから艦を借りてやってきたがったか……。野郎ども、奴を通すな!」

 モンク戦闘艇がそう呼びかけると、おう、と勇ましい返事が各艇から来て、それぞれの得物を振りかざし、突撃していきました。

 高機動にまさる戦闘艇達は、あっという間に<フォルティス>を包囲し、四方八方から攻撃を加えます。

 得物からビームや術法が飛び出し、<フォルティス>の装甲を削ります。

 が、彼女も重力力場によるシールドを多数張り、その攻撃を防御!

「ちっ、湾曲障壁ディストーションフィールドか! しっかし、これならどうだ!!」

 モンク艇が、そう叫びながら<フォルティス>へと向かって加速!

 そしてマナエネルギーを拳に集中させ、大きく振りかぶり……!

 打撃! その打撃は<フォルティス>の右腕に命中!

 普通の艦なら装甲を、重力シールドをも貫くのではないかと思える一撃でした。しかし!

「なんだと……?」

 モンクの一撃は、<フォルティス>の装甲を貫きませんでした。

 まるで、オリハルコンに正拳突きをしたような堅さです!

「だがこれならどうだぁ!!」

 と、もう一度、一撃を加えようとしたその時!

<フォルティス>の右腕が大きく動き、空間をなぎ払います!

「やっぱりそうなるのかよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 その衝撃で、モンク艇ははるかな宇宙の闇の中へと吹き飛ばされていきました。

 きらん。

 黒黒とした星空の中、小さな光がひとつきらめきました。

そのさまを見ず、銀河の乗る<フォルティス>は、その巨体を艇隊へと猛烈なスピードで接近しています。

 彼女の艦体は青白く燃え上がり、青色の粒子を艦のスラスター各部から吹き出していました。

 その生命を燃やすような艦を操りつつ、電脳艦橋で銀河は叫びました。

「トレアリィ返せーーーーー!! 家返せーーーーーーーー!! 体返せーーーーーーーー!!」

「なっ、なんだこの魔力は……!?」

 銀河の迫力に、一瞬怯んだホログラム達でしたが、

「とっ、ともかく、奴を止めるぞ!!」

「おっ、おう!!」

 と叫ぶと、再び射撃を開始しました。

 しかし、その射撃が当たる寸前!

 <フォルティス>の巨体が青い粒子状になり、ばらばらに分解!

 ビームがあさっての方へと飛んで行った後、<フォルティス>はまた元の姿へ!

「なっ、艦体を術粒子マナ化しただとぉ!? そんなエネルギー、どっから持ってきた!?」

「愛の力さ!!」

 銀河は叫びながら艦載砲で可変艇一艇に一撃を加え、その可変艇を行動不能にしました!

 各艇は、ヒットアンドアウェイで攻撃を加えますが、術粒子マナ化と硬い装甲により、<フォルティス>に対する有効打にはなりません!

 電脳艦橋で彼女を操る銀河の背中からは、二つの巨大な光の翼が生えていました。

 青い翼と、白い翼。

 二つの翼から発せられる光の粒が交じり合い、緑の光の大河を作っていました。

 緑の光の大河は、<フォルティス>の術法炉という魔法の壷に注ぎ込まれ、強大な力を生み出します!

「愛の力とな!? ふざけるんじゃないぞい!」

「当たらなければどうということはないし!」

 その時ディディは、戦場の状況を見るとニヤリとしました。

「……包囲したつもりでやんすでしょうけど、あっしはそれが狙いでやんす! ……<マス・ブレインウォッシュ・ハッキング>でやんす!!」

 電脳艦橋のディディの目が、虹色に輝き……!

 そして、いくつものウィンドウが開いていきます!

 そのウィンドウの数は、可変戦闘艇と同じ数です!

<フォルティス>から強烈な虹色の光が放たれ、可変戦闘艇を直撃します!

 するとどうでしょう! いきり立っていた人型の戦闘艇は、糸の切れた人形のようにがくりと力をなくしました! 一斉に得物を手放し、その場に漂い始めます!

<フォルティス>は彼女らの間を通り抜けると、<シャルンゼナウ>への突進を再開します!

「……ふう、全人格ホログラム掌握完了。やっぱり旧式のプログラムでやんしたから、掌握は簡単でやったでやんすね。どうするでやんす?」

「各人格プログラムを僕にリンクさせておいて。後で何かに使えるかもしれないし」

「わかりやしたでやんす。……警告でやんす!」

「どうした!」

「<シャルンゼナウ>が、主砲発射準備に入っているでやんす!」

 スクリーンで拡大してみれば、地球軌道上の<シャルンゼナウ>が、長銃型主砲をこちらに構えているではありませんか!

<シャルンゼナウ>の電脳艦橋では、アキトがほくそ笑んでいました。

「後ろにはステーションシップ、避けるわけにはいくまい!」

 そう叫びながら、量子トリガーを引きました。

 その引き方は、まるでゲームをしているかのような軽さでした。

 主砲口に溜まっていた黒色の重力子エネルギーが、奔流となって放たれ……!

 どす黒いエネルギーの波が、<フォルティス>を直撃します!

「……!」

「……!」

<フォルティス>は重力シールドを全て前方に展開させ、巨大なシールドとして機能させます。

 そのエネルギーは姫君二人分の術力もあって、強大な<シャルンゼナウ>の砲撃を凌げそうにも見えましたが……。しかし!

「これはただの囮なのだよ!」

<シャルンゼナウ>の電脳艦橋で、アキトがさらにほくそ笑みます!

 自分が持っている端末のコンソールを展開し、銀河のプログラムのプロパティを表示すると、「機能制御」と書かれたウィンドウを展開させ……。

「貴様は私の手中にあることを忘れたか……」

 と叫ぶと「実行」とザウエニア語で書かれたボタンを押しました!

 しかし!

<シャルンゼナウ>の砲撃をしのいだ<フォルティス>は、相変わらず突撃してくるではありませんか!

「なに……?」

 アキトの顔に、焦りの色が浮かびました。その時です! アキトの耳に、

〔アハハハハ!〕

 トレアリィの歓声が、響いてきました!

 彼女は今、現実世界の<シャルンゼナウ>艦橋にて、術法でぐるぐる巻きにされた状態です。

〔莫迦は貴方の方だったみたいね!〕

「トレアリィ……。一体何をした?」

〔ちょっと管理者権限を変えただけよ! 貴方はそれに気づかなかったみたいだけどね!〕

「貴様……」

〔ほら、わたくしの事より、今は目の前の敵のことに集中してごらんなさい!〕

 トレアリィの勝ち誇った声が、アキトの耳に、不快なノイズとして響き渡ります。

「ええい!」

 外部音声をカットしたアキトは、小娘め、後でひどい目に合わせてやる、と歯噛みしながら、仮想モニターに視線を戻しましたが……。

 目の前に広がるのは、人型をした戦艦の巨体!

「なっ……!」

 その巨体が持つ右腕がふりかぶられ……。そして!

「イヤーッ!!」

 狙うは艦肩部! 術力が手刀に集中し、まさに剣となって振り下ろされます!

「しま……!」

 結果、鋭いビーム手刀が肩部に直撃! 肩部を寸断! 左腕を切断!

「グワーッ!」

 間髪をいれず、左腕も振り下ろされます!

「イヤーッ!」

 見事な空手チョップ! 右腕も切断! 何たる業前でしょうか!

「グワーッ!」

<フォルティス>は<シャルンゼナウ>の両腕を月の方へと投げると、彼女の肩を掴みました。

 そして、単分子ワイヤーをいくつも発射! 先端のアンカーが装甲に突き刺さります!

 これで、<シャルンゼナウ>は逃げられません!

「くっ……」

 アキトは、歯噛みすると電脳艦橋からログアウトしました。

 自らの身体、いや銀河の体へと意識を戻し、大艦橋にある操作カプセルから、よろよろと出ました。

 ここ大艦橋は、水上艦の艦橋にも似ていますが、広さは段違いなものを持っていました。

 大艦橋はメインセクションのほか、いくつかのサブセクションに分かれ、それぞれが連携しあって航海する方式になっています。

 そのひとつが、ここ、電脳航海セクションなのでした。

「……奴にしてやられたが、まだやるべきことはある……」

 彼はそう吐き捨てました。視線を床の方へと向けます。

 そこには、目の前でぐるぐる巻きにされた、長い銀髪の少女が横たわっていました。

 アキトは、彼女の術法の紐を掴んで無理やり立たせ、

「来い……。お前は餌だ……」

 知的なヤクザが脅す時のような声で、命じました。どこかへ連れて行く気です。

 その時です。目の前に、青い個人転送用ゲートが現れました。

 そして、いかにも硬そうな装甲宇宙服が一体姿を表しました。そのバイザーが上がると……。

「トレアリィ……!」

 そこには、アキトと同じ顔がありました。

「銀河……!」

 トレアリィはその顔を見て、わずかに目尻を下げるのでした。


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