第28話 これでまるっと収まった……? 5
銀河達が飛び込んだ光のゲートの向こう側は、<シャルンゼナウ>の作戦指揮室にも似て異なる場所でした。
そこは大きな円形状の部屋で、先ほどの作戦指揮所と違い、天井から白光が降り注いでいます。銀河達は一瞬、目を細めました。
「ここは……」
「グライスステーションシップ<サスケハナ>の司令室よ」
銀河の問いに、ペリー王妃が答えます。
そしてそこにいた人々が一斉にこちらを向き、歓声を上げました。
「ペリー王妃……。お帰りになられたのですね!」
「お帰りなさいませ!」
「王妃!」
数人の男女がペリー王妃のもとに駆け寄ります。
彼彼女らの中の、一体型の灰色の服を着た、がっしりした体格に黒い肌、坊主頭、髭面の指揮官らしい男が、ペリー王妃に敬礼して言いました。
「ペリー王妃、ご無事でございましたか。……そこにいるお三方は?」
「フィスコ司令、そこの二人は現地人よ。そしてそっちの一人は、現地人の女性に憑依したリブリティア王女、プリシア姫よ。丁重にもてなしてあげて」
「プリシア姫……。数周期前に行方不明になられたと存じておりましたが……」
フィスコ司令と呼ばれた男は、プリシアに向かって丁寧に敬礼しました。
「ええ……」
プリシアは、そう返事すると、それっきり黙ってしまいました。
フィスコ司令は何かを察したのか、それ以上は言及せずに、再びペリー王妃の方を向き、質問します。
「……トレアリィ王女様は?」
「それが……。先ほどゲートで飛ぶ前に、アキト皇子に捕まって……」
「アキト皇子に……!? では、救出部隊を!」
一連の会話中、銀河はさっきのトレアリィの顔を思い出していました。
(美也子を守るために自分を犠牲にしたトレアリィ。それに、トレアリィは僕に戦うための力を授けてくれた。それなら……。戦うときは、いまだ)
銀河は顔を上げ、フィスコ司令に向けて言いました。
「僕にやらせてください! 僕が、トレアリィ姫を助けます!!」
「どうしたんだ君は!?」
「何を言っているのよ!? あんた、死ぬ気!?」
フィスコ司令と美也子に丸い目をして驚かれた銀河ですが、それにも構わず言葉を続けます。
「僕はアキトに体を奪われ、情報生命体となりました。が、そのおかげでトレアリィ姫から色々な能力を頂きました。……その力を使うのは、今、この時なんです! 僕に備わった力があれば、トレアリィ姫を救えるはずです! お願いです! 僕にトレアリィ姫を助けさせてください!!」
そう言って深々とお辞儀をしました。
その言葉に、ん、という顔をしたフィスコ司令は、ポケットから端末を取り出し、銀河の体をスキャンします。
そのスキャン結果を見て、彼は科学上で意外な発見を見た時のように目を細めました。
「ふむ……。君の言うことは間違いないようだな……。生体エネルギーも十分だし戦闘プログラムもインストールしているし、なるほど、志願するには申し分のない能力だな」
「……」
その言葉を聞き、ペリー王妃は考える素振りをしていました。
そして、ひとつ息を吸うと、王族としての威厳を込めて命令を下しました。
「フィスコ司令。融合操作式の可変戦艦を一隻用意しなさい。それと、この少年に『騎士剣』一式の用意を」
ペリー王妃の言葉に、周囲にいたグライス人達は一斉にザワッとしました。
そのざわつきに、美也子はえ、という顔をしました。
フィスコ司令も、驚いた顔をして抗議します。
「ちょっとお待ち下さい、ペリー王妃! 現地人に『騎士剣』とは……!」
「彼が娘の救出を志願しているのです。それに……、彼も娘も、相思のようですので。それ以上の理由はいらないでしょ?」
「……。はっ、『騎士剣』を用意いたします……」
その言葉を噛み締めたあとで、フィスコ司令は敬礼すると、その場から早足で去って行きました。
美也子は何が何やら、という顔でディディに聞きます。
「ねえ、騎士剣ってなに?」
「それはでやんすね」ディディは、物知り博士の少年のように胸を張って言いました。「ザウエニア人やグライス人などが持つ端末や電脳などと連動して使われる道具でやんすよ。まあ剣とは言いますが、銃に似たような感じでやんすね」
「ふーん」
美也子は、頭に黒い何かが渦巻いているような顔をしました。
が、ディディはさらにいじわるをするときのような顔つきになって言いました。
「でもでやんす。この『騎士剣』の何が重要かでやんすとね?」
「まだ何かあるの?」
「この『騎士剣』を持つってことは、ザウエニアやグライスなどでは、一人前の王族や貴族、騎士などとして認められるということでやんすよ」
「えっ」そこで美也子は猫のように大きく目を広げました。「ということは……」
「そうでやんす」ディディはふふふ、という顔をしました。「銀河はんは、ペリー王妃にグライス騎士、あるいは貴族として認められたということでやんす」
「え、僕が……?」
銀河も目を丸くして言いました。
彼がペリー王妃の方を見ると、彼女も銀河の方を見て、ひとつウィンクをしました。
「娘をよろしく頼むわね。サー」
その言葉に、銀河は試合前に監督から期待しているよ、と声をかけられた野球選手のような顔になって言いました。
「はっ、はいっ!」
その時フィスコ司令が、少し大きめの箱を持って帰ってきました。
「妃様。『騎士剣』を、お持ちいたしました」
ディディが箱を開きます。そこには、二丁の銃にも似た物体が収められていました。
「銀河はん。これが『騎士剣』でやんす」
ディディは騎士剣を箱から取り出すと、まずペリー王妃に手渡しました。
「これが騎士剣……。銃としか思えないけど……」
「長い歴史の中で、騎士剣の意味が変わっていったでやんすからね」
ペリー王妃に騎士剣二振りを手渡すと、ディディは銀河に向かって言いました。
「銀河はん、そこにひざまずくでやんす」
「え」
「いいから」
言われるがまま銀河がそこにひざまずくと、ペリー王妃は、騎士剣の一振りを銀河の肩に当て、厳かな口調で言いました。
「貴方の名は」
「天河、銀河です」
「ではアマカワギンガ、我、汝をグライス騎士に任ず。お前の主人である、トレアリィ・グライス王女を裏切ることなく、誇り高き騎士であることを忘れるな」
それから、騎士剣を銀河の前に差し出しました。
「騎士剣にキスするでやんすよ。それが騎士の誓いでやんすからね」
ぎょっとしつつも、ディディに言われるがまま、銀河は騎士剣にキスをしました。
はじめは鉄の味がすると思いましたが、キスをしてみると、それはプラスチックにも似たような感触でした。
そして王妃が銀河に立ち上がるようにと言うと、宝を手渡すように、騎士剣二丁を丁寧に手渡してくれました。
銀河が騎士剣を手にすると、それなりに重みを感じます。
(これが騎士としての重み……)
「さあ、叙勲は終わりました。これで貴方は一人前のグライス騎士です。では、征くのです。貴方の愛しい人である、トレアリィを助けるために」
「……はい!」
その言葉に、銀河は心強さを感じました。まるで伝説の勇者に選ばれたかのような。
銀河は立ち上がり騎士剣を見ました。そして、ウィンドウにマニュアルを表示させます。
そこには、騎士剣の機能の説明が書かれていました。
まず当然のことながら、銃や剣と言った、武器としての機能。
次に、ショックなどで人間などの体から精神生命体などを追い出したり、精神生命体を騎士剣から打ち出した、特殊な檻に閉じ込めたりする機能。
それから、可変戦艦などと融合するためのキーの機能。
また、術法(魔法)の焦点具などの代わり、つまり杖などの代用機能。
さらに、ナノマシンやマナなどを使い、様々な物体を生み出せる立体出力機。つまりは3Dプリンタ。
そして、電脳(仮想世界)ネットワークなどをハッキングするときのツールetc……。
一言で言えば、『騎士剣』は万能ツールなのです。
マニュアルに目を通した銀河が、首を強く縦に振った瞬間でした。
「お待ちになってください! ギンガ様!」
皆が、一斉に司令室の入口の方へ顔を向けると。
そこには、警備員に両脇を抱えられた、あのイズーがいました。
「何故彼女をここに入れた!?」
フィスコ司令が困惑気味の声で言うと、警備員は、
「いえ、この囚人が暴れるので人格矯正措置をしたら、突然自分を倒した男に協力したいと言い出して……」
と同じく困惑した声で言いました。
「彼女はトレアリィ姫様のストーカーだろう! 何をやらかすかわからん!」
「私は、ギンガ様のお力になりたいだけです! わかってください!」
その様子を見つつ、美也子とディディがひそひそと話しあいます。
「ねえ、どうしたのあの子?」
「どうも銀河はんに惚れてしまったようでやんすね……」
「と言うか銀河に負けたから腹を見せて従う、って言う方が正しいような……。犬か……」
どうやらイズーは、人格を変えられて、その上で残っていた自分の好みに従い、銀河に惚れ、従うことを決めてしまったようです。
それにしても、銀河の家にやってきた時の冷酷さからは、かなりの変貌ぶりです。
警備員が言っていた「人格矯正措置」って、怖ろしいものがあります。
それはともかく、イズー達のやり取りを、黙って聞いていた銀河でしたが。
(テレパシーで探ってみたけど、僕に本当に惚れているみたいだ。裏切るようにも思えないし、ここは手伝いが一人でも多く必要だと思うし……。よし)
そう決断すると、イズーの方を向き、
「……イズー、何かできることはあるか?」
と尋ねました。
イズーは、まるでしっぽを振る発情期の犬のような顔をすると、
「ええ! 戦艦の操縦から、対人格闘戦まで、なんでもできるわよ?」
「なんでも、って言ったね? 今言ったね?」
「は、はい!」
「じゃあ決まりだ。ちょっと手伝ってもらうぞ」
銀河の発言に、フィスコ司令以下司令室の面々は、え、と、何か変なものが目の前を通りすぎた時のような顔を見せました。
しかし、ペリー王妃はしばらく思案顔をすると、一つうなずきました。
「この際、手伝える人は囚人だろうがなんだろうが手伝ってもらいましょう。今は我が娘の、そしてこの惑星の危機なのですから」
その言葉に、フィスコ司令は一つうなずくと、
「……そいつの手錠を外せ」
と言いました。
手錠が外され、自由の身になったイズーは銀河に駆け寄ると、
「この御恩、一生をかけて返させていただきますわー」
まるで、忠犬のような笑顔で喜びました。
美也子と綾音はそれを見て、キモい、と声を合わせてつぶやきました。
二人は犬があまり好きではないようです。
そこへ、ディディが近寄りました。
「さて行くでやんすよ。戦艦の用意もできたみたいでやんすからね」
彼女がそう言うと、すぐ近くに青白く丸いゲートが開きました。
その向こう側は、どうやら銀河がこれから乗り込む可変型戦艦のようです。
「じゃ、行ってくるよ。ミャーコ、綾音」
銀河は散歩に出かけるかのような気軽な声で、美也子と綾音に声をかけました。
「大丈夫……?」
「大丈夫だって。きっとトレアリィを取り戻してくるよ」
その言葉に美也子はムッとした顔を見せ、言いました。
「そのまま帰ってこなくてもいいわよ。トレアリィとお幸せにねー」
「なんだよ……」
「まあまあ、猫山さん。そんなこと言わないで。じゃ、天河君。二番ちゃんのこと……。あと、アキトのこと、よろしくお願い致しますわね」
そう言って深々とお辞儀をした天宮綾音、いやプリシア姫に、
「ああ、わかった。じゃあ、行ってくるよ」
銀河はそう返すと、ゲートの中へ入って行きました。
彼とディディ、そしてイズーが光の門の中へと姿を消しました。
転送門は音もなく閉じ、光の粒となって霧散しました。
「銀河、帰ってきて……」
美也子は、門があった場所をじっと見やりました。
そして、子供が一人ぼっちの時になったような声で、そうつぶやいたのでした。
綾音は、美也子の姿を少し遠くから見やると、
〔なあんだ、やっぱり美也子ちゃんも寂しいんだ〕
と心のなかで唇をゆがめました。
プリシアも綾音と一緒に、
〔ねえ、猫山さんって、ホント、ツンデレちゃんよね〕
と笑いあいました。
そして彼女らは、三十八万キロ向こうにある、青い宝石をモニタ越しに見ました。
その宝石は、静かにきらめいていました。これから始まる戦いなど知らぬかのように。
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