第27話 これでまるっと収まった……? 4


 作戦指揮所内の沈黙を破ったのは。意外にも、プリシア姫でした。

 紫のワンピースの制服を翻し、虚空に向かって叫びます。

まるで神に懇願するかのように。

「アキト様! なぜ話し合いをしないのですか!? 交渉をせずに戦闘に入るだなんて、あまりにも拙速すぎます! それに、地球の人々を戦いに巻き込むだなんて、何を考えておられるのですか!?」

 沈痛な面持ちで叫ぶプリシアの言葉に、反応がすぐさまありました。

 彼らの前に青白い光が現れ、そこから銀河……、いや、アキトのホログラムが現れたのです。

 アキトは、何を言っているんだという顔で、プリシアに言います。

「プリシア。彼らはペリー王妃達を取り返そうと躍起になっている。交渉をしても無駄骨に終わるだろう。それよりかは、期限を設けて回答を迫るほうが効率的だ」

「けれど……、だからといって地球の人々を巻き込んでいいという道理にはなりません! せめて地球を離れて戦うべきです!」

「わからないのか」ホログラムのアキトは、見下した風に首を横に振りました。「私は戦いを避けたいだけだ。だから、グライスに戦うことのリスクを与えようとしているのだ。それで何が悪い?」

「だったらこっちから攻めこむなりすればいいじゃない! こちらからステーションシップを狙撃なりすれば、それでリスクは与えられるはずよ!」

 プリシアの、いや、彼女の目には水の玉が溜まってしました。

 彼女は、必死になって言います。

「なぜあなたはそこまで戦いをのぞもうとするの!? なぜ!? 教えて!?」

 アキトを睨みつけたプリシアに、アキトのホログラムは近づき、優しく微笑みました。

 それは、何もかもを支配した王様のような顔にも思えます。

「なぜなら、この地球を守れるのは私だけだからだ。今や、私が地球の守護者だからさ。……それがわからないのか、プリシア?」

 彼女は顔を一度伏せ、そして、顔をきゅっ、と上げました。

 その目から、涙が飛び散りました。

 そして、彼女は叫びました。

「わたしはプリシアじゃないわよ!! 天宮綾音よ!! それも分からないだなんて、わかってないのは、あなたの方よ! アキトさん!!」

 その顔は、プリシアの優雅な顔とは違っていました。

 美人だけど、ちょっとゆるんだ可愛い顔。

 銀河はその顔を見て、一つ息をゆるく吐きました。ああ、綾音が喋ってる、と。

 あの干物系美少女の、綾音が外に出てるな、と。

「わたしとプリシアの違いがわからないあなたが、地球のみんなのことをわかるわけがないわよ! あなたが地球の守護者になれるわけなんてないわ!! バーカ!!」

 そう叫んだ綾音に、アキトは顔を一瞬凍りつかせました。氷の魔王のように。

 が、すぐに冷静な顔で、こう告げました。

「そうか……。お前も敵というわけか……。ならば、こうさせてもらう」

 そして手を突き出すと、そこに光が集まりました。

 いや、光ではありません。炎です。炎の弾を撃ち出そうと言うのです!

 距離はすぐ近くです。これは綾音だけではなく、銀河達も巻き込まれます! 危険です!

 そして、炎の弾が完成し、撃ちだされようとしたその時です!

 今まで閉じられていたディディの二つの瞳が、見開かれました!!

 その瞳は今までの黒色ではなく、虹色の光彩でした。

 そして瞳とともに、彼女の体も虹色に光輝きます!

 次の瞬間、艦の姿勢が大きく揺れ、銀河達の体もふわっと浮かび上がります。

「何をしたディディ!!」

「あんさん隙が多すぎでやんすね! あんさんがくっちゃべっている間に<シャルンゼナウ>のコンピュータシステムを解析させて貰ったでやんす!!」

「ぬぅ……っ!?」

「予想したとおり、駆け落ちしてて本星と通信してなかったから、セキュリティ周りがまるっと更新されてなかったでやんすね! あっしの能力程度でも掌握するのは簡単でやんす!」

 ディディがすごいんだか、艦がヘボなのか、それともアキトが間抜けなのか、よくわからないもの言いです。

 ディディが何事かをつぶやくと、彼女の近くに光の輪が現れました。

 それを確認するなり、ディディはみんなに叫びました。

「さあ、あっしの周りに集まるでやんす! グライスのステーションシップへゲートを開いたでやんすよ!!」

 その言葉に、銀河達はディディの周りに集まろうとします。

「さあ、急いで! トレアリィ、美也子、綾音!!」

「ええ! ご主人さま!」

「うんっ!」

「ちょっ、体が浮いて動きにくい……」

「……そうはさせるか!」

 激昂したアキトは呪文をかけ直し、投げつけました。

 その光は蛇のようなムチとなり、銀河達へと向かいます!

 ムチが飛んだ先は……。美也子です!

「あっ!」

「美也子!」

 そう二人が叫んだ瞬間、美也子とムチを遮る影がありました。

 その影に、ムチが絡みつきます。その影は……。

「トレアリィ!」

 そう。トレアリィに、ムチが絡みついたのです。

 スマホにも似た端末を手にしたトレアリィは、その場で身動きができなくなりました。

 が、顔を引き締め、唇のはしを強くかんだ彼女は、

「銀河!」

 とひとつ叫ぶと、その端末を銀河に向けて投げました。彼と架け橋をつなぐように。

 端末は、まるでキャッチボールをするような気軽さで、銀河の手に渡りました。

 揺れる船の中、ディディのそばに来た銀河は、火事や地震で、家族が家に取り残された時のような声で叫びます。

「トレアリィ!?」

「いいから! 銀河! ディディ! 早く逃げて!」

「でも!?」

 トレアリィの言葉に、銀河とディディは一歩足を踏み出そうとしました。

 しかし彼女は、気丈な目で、銀河達を踏みとどまらせました。

「……くっ、今はしょうがないでやんす! ゲートに入るでやんす!」

「……!」

「何をしているでやんすか! 行くでやんすよ!」

「あ、ああ……」

 後ろ髪引かれる思いで、ディディ達は光のゲートの中へと飛び込みました。

 と同時に、ゲートが閉じてゆきます。世界が遮られていきます。

 その消えゆく景色の向こう側へ、銀河は叫びます。

「トレアリィ、すぐ助けに行くからな!!」

 それを言い終わる前に、混乱する作戦指揮所の風景は消えました。

 ムチに縛られ跪く、トレアリィの姿を残して。

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