第26話 これでまるっと収まった……? 3
目の前には、巨大なスクリーンがいくつか設置され、その後ろには、いくつもの席とコンソールが置かれていました。
その部屋はTVなどでよく見る、NASAやJAXAと言った宇宙探査の管制室に似た感じにも思えます。
「ここは……」
「<シャルンゼナウ>の作戦指揮所だよ」
近くから声が飛んできたので、銀河がそちらを見ると、そこにはアキトとペリー王妃、それに数名のアンドロイドが銃を持って立っていました。
「お母様……! ご無事でしたか!」
トレアリィが母親を見るなり、ほっとした表情で抱き着きました。
「大丈夫よトレアリィ。ちょっと痛かったけどね」
「母子の感動の再会を邪魔して悪いが」
アキトが二人の会話に割り込むと、
「これから本艦は本格的な戦闘行動に移る。大気圏離脱するぞ」
そういうなり、上昇する<シャルンゼナウ>に、変化が表れました。
飛行甲板のエレベータが動き、そこから次々と戦闘機にも似たマシンが現れたのです。
そのマシンは、甲板の前のほうへ着くと、パチンコではじかれた球のように勢いよく飛び出していきました。カタパルトで発艦したのです。
それらのマシンは、アキトの人格ホログラムマン達を融合させた可変艦載艇でした。
次々と艦載艇は飛び出していき、あっという間に全機発進しました。
「艦載艇、全艇発艦終了」
「本艦は第一宇宙速度で上昇中。慣性制御よし」
アンドロイドの合成音声が、作戦指揮所で告げました。
「よし、これまでは順調だな」
そう言って、アキトは笑いを大きくしました。
「さすがは私の配下だ」
その時です。
宇宙から来た砲撃が、<シャルンゼナウ>をかすめました。
衝撃で艦体が激しく揺れます。
それは銀河達が、今まで体験した地震などとは違う性質の揺れでした。
「うわっっ!?」
「ああっ!?」
美也子やプリシア達は、近くにあるもので体を支えようとします。
が、トレアリィは間に合わず、倒れそうになりました。
「きゃあっ!」
そのときでした。そばにいた銀河が、即座に体と腕で、彼女の体を強く支えました。
「よっ」
彼の優しいぬくもりが、トレアリィに伝わります。
「あっ……」
「大丈夫?」
銀河がこれまた優しい声でたずねると、トレアリィは頬を赤らめて、
「はい……。ありがとうございます……。ご主人さま……」
とうっとりとした顔で答えました。なんてほほえましい光景なんでしょう。
その様子に、美也子とプリシアは顔を見合わせ、顔面をしかめます。
それから、わざとらしい笑みを作って銀河に近づくと、
「ねえ銀河、支えて〜」
「私も支えて〜」
と銀河に寄りかかります。
「うわっ、お前ら……! でも、いい感じ……!?」
銀河は、ふと立ち寄った店で、買いたいゲームを幾つも見つけた時のような顔をしました。
それに対しトレアリィは、二人に向けてあからさまに嫌な顔を見せると。
女性に対する嫌味を、湾曲表現で美也子達に二言三言浴びせました。
それでも、彼女らを引っぺがすことなどをしなかったのは、グライスを含め、ザウエニアやリブリティアの上流階級が、一夫多妻制を採っているからでした。
ごく当たり前なのです。男のそばに多くの女がいることは。
「ふふふ、銀河はん、モテてるでやんすね」
「やっぱりああいう男子は、娘の婿に迎えたくなるわねぇー」
ディディとペリー王妃は、その様子を見てほほえましく笑いあいました。
「さてそうしている場合じゃないぞ諸君」
空気の読めない発言をしたのは、アキトでした。
彼は大スクリーンを見ながら、ここの主人は私だ、という言葉遣いで告げました。
「我々はもうすぐ大気圏を突破し、地球の周回軌道に乗る。そこからが本番だ。……これからの操艦は私がとる。サポートをよろしく頼む」
それからアキトは耳の後ろを叩き、
「コンピュータ、私を航海艦橋へ転送」
そう言って、青白い術法陣の淡い光に包まれ、消えました。
その後には、はじめから誰もいなかったかのように、小さな風が吹きました。
「どこへ行ったんだ?」
「艦の頭部にある航海艦橋でやんすね。艦が人型に変形するときは、艦長や操舵手などが、そこの操艦システムと情報同化して操艦するでやんす」
ディディにそう説明されて、銀河はなるほど、と一つ深くうなずきました。
やがて、体が一瞬軽くなりました。
地球の周回軌道上、高度四〇〇キロメートル付近へと艦が上昇したのです。
本来ならここは無重量状態なのですが、艦の人工重力発生装置により、艦内では相変わらず約一Gの重力が働いているのです。
ここまで来るのに約数分。アメリカやロシアは迎撃機をスクランブルさせましたが、到底追いつけるものではなく、すぐに引き返しました。
「本艦はこれより格闘戦形態へと変形する。総員準備にかかれ」
「艦長」のアンドロイドがそう言うと、警報が鳴り響き、各セクションの長もそれぞれ部下などに指示を出します。
しばらくして、艦内に声が響きわたりました。
「こちらはアキトだ。操艦システムに情報同化した。可変を開始する」
「了解、可変開始」
アキトと艦長でそうやり取りがあった後。
床の下、いや、艦全体が大きく揺れ動き始めました。
外の架空の視点から、この様子を眺めてみると。
左右の甲板が割れ、大きく広がっていきます。
同時に艦体後部の左右エンジンが下へと降りていき、人の形を取り出します。
中央の長大な砲を、展開した「右腕」がつかみ、一丁の銃と化しました。
後方を向いていた艦体部の背中のエンジンが背中へとくっつき、バックパックと化しました。
変形が終了すると同時に、艦橋部展望用の巨大な窓が光り輝きました。まるで、目のように。
それらの変化を得て、<シャルンゼナウ>は人型──格闘戦形態へと変形しました。
<シャルンゼナウ>の変形と同時に、周囲の戦闘艇群も変形を開始し、<シャルンゼナウ>をかなり小型化させたような人型兵器に変形しました。
各艇は剣や杖、斧など、それぞれの人格プログラム達が得意とする武器を得物としています。
「本艦および全艇、変形終了」
変形が終わると、アンドロイドのオペレータがそう告げました。
そして、今まで感じていた加速力や揺れが、なくなりました。
<シャルンゼナウ>は、地球軌道上を周回する状態に入ったのです。
その時、大スクリーンやアンドロイドクルーの会話などから見聞きしていたトレアリィが、疑問を呈しました。
「ねえ、なぜこの星の軌道を離脱しないのでしょうか? 考えられるのは、衛星の周回軌道上に陣取る、わたくし達と距離を取りたいんでしょうけれども……」
「けれどもって、なんだい、トレアリィ?」
「ご主人さま、わたくしにはそれだけには思えなくて……」
彼女がそう言った時です。
艦内に音声が響き渡りました。それは魔王の宣戦布告のような響きを持っていました。
<グライス艦隊、聞こえるか。私はザウエニア皇子、アキト・メル・ザウエニアだ。貴方達に要求する。直ちにこの星系領域から撤退し、不干渉を維持せよ。さもなくば貴軍と交戦も辞さない>
交戦という言葉に、一同息を呑みました。銀河とトレアリィは顔を見合わせます。
美也子は何かを求めて綾音に顔を向けましたが、綾音はただ横に小さく首を振るだけでした。
ペリー王妃は、ただ目の前に広がるスクリーンを睨みつけ、ディディは、ただ目を閉じて何事かを考えている様子でした。
<撤退を保証するならば、今ここにいるペリー王妃とトレアリィ王女、ディディ三〇三を解放する。しかし撤退しないならば、命の保証はない>
アキトの言葉に、ペリー王妃の顔が僅かにゆがみます。
そこで要求は終わるかに思えました。しかし、アキトの言葉はまだ続きます。
<さらに言うなら、このまま交戦に突入しても、我々はこの軌道上から離れないだろう。我々の背後には常に地球がある。その意味がわからないほど、君達は莫迦ではないだろうが>
彼の発言を聞いた美也子は、え、と大きな声をあげ、震える声でこう続けました。
「それって……、地球も……、人質にするって……、ことよね……?」
「え、ええ……。やっぱり、距離を取るだけではなかったのですね……」
美也子と言葉を交わしたトレアリィも、呆然としました。
ザウエニアなどの艦隊戦においては、ビームやレーザーだけではなく、反応弾や融合弾などの反応(核)兵器なども当然飛び交います。
それらが艦に当たらずに、地球に落下して爆発したら。
海ではまだいいですが、もしも大地、それも都市に落下したりしたら。
一体どんな被害が出るのか。考えたくもありません。
地球の人々を戦いに巻き込む。そんな卑劣な作戦を、アキトはとってきたのです。
<我々は必ずしも交戦したくはない。ただ、我々とこの地球が、安らかにいられるようにしたいだけなのだ。それを、グライス、ザウエニア、リブリティアなどが保証してくれるなら、私はペリー王妃達を解放する>
アキトの傲慢な物言いは更に続きます。
銀河は拳を強く握りました。
<……時間をやろう。我々の艦がこの星を一周するまでだ。その時まで回答がなければ、我々は戦闘を開始する。以上だ>
アキトの要求はそこで終わりました。作戦指揮所内に、静寂がまた訪れます。
地球上空、約四〇〇キロメートルにある物体が、地球を一周するまで約九〇分。
その後に時間が過ぎるか、グライス側が要求を拒否すれば、アキト艦とグライス艦隊との、地球を巻き込んでの戦闘は開始されてしまうのです!
なんていうことでしょうか。地球は、危機にひんしているのです。
異星人同士の戦いに巻き込まれるという、危機に。
その時。
地球にいる多くの人々が、空を見上げていました。
都市で、町で、海で、山で、砂漠で、平原で、そして戦場で。
朝焼け、青空、夕暮れ、そして夜の空で繰り広げられている。
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