第25話 これでまるっと収まった……? 2
話はもう一度、綾音、いや、プリシアが銀河の部屋にやってきたところに戻ります。
「我々と、グライス艦隊が、再び交戦開始しました」
不規則な振動で揺れ、明かりが点滅する部屋の中。
綾音が、部屋にやってくるなり言いました。
「えっ、グライス艦隊……? また始まったの!?」
猫山美也子が、目を丸くして言いました。その顔は外の夜よりも青いように思えました。
グライスのお姫様で救出対象であるトレアリィと、おつきの人工生命体メイドのディディは顔を見合わせました。
そして、この家の今の主人である天河銀河は、ぽつりと問いかけました。
問いかけるというよりは、むしろ確認するといったほうが正しいような口調です。
「グライス艦隊……」
「ステーションシップから、二番ちゃんとペリー王妃を奪還するために派遣されたのよ。むろん交渉しましたけれども、無理でございました」
「こんな時に二番ちゃんよばわりって……!」
「あら、これは愛称よ、あ・い・し・ょ・う」
「本人が嫌がっている場合は愛称じゃないわよ!!」
二番ちゃ……、もとい、トレアリィが抗議しているのをプリシアは華麗に無視して、プリシアは銀河に歩み寄りました。
「天河君、あなたをこんな面倒に巻き込んじゃって申し訳ないわ。私にで……、って、天河君、もしかして?」
プリシアは何か言うのを自ら遮り、銀河の体をまじまじと見ました。
まるで身体検査をするかのようです。
そして、一通り見終わると、そばにいたトレアリィに向かって言いました。
「二番ちゃん、あなた、何かした?」
続く振動。それは収まることを知りません。
騒乱の中で、一瞬トレアリィは黙りました。そして、唇のはしを歪めました。
その顔は、自分が棚に並べたコレクションを自慢するような表情です。
「そうよ、ちょっといいことしちゃった。ご主人様とわたくしが二人っきりの間にね」
しかしプリシアはそれに意も介せず、微笑みながら言いました。
「なら……。ちょっと天河君。失礼いたします」
そう言うとプリシア、いや綾音は、いきなり自分の顔を銀河の顔に近づけると。
銀河の唇に、自分の唇を優しく重ねました。
「!?」
「天宮さん!?」
「プリシア!? なにすんのよ!?」
その場にいた人達が、一様にプリシアのしたことに対し驚きます。
プリシアはみんなにかまわず、唇を重ね続けます。
唇を重ねてすぐ、プリシアの体が白く輝き、小さな光粒が彼女の体から立ち上りました。
その光の粒は唇を通して、銀河の体へと注ぎ込んでゆきます。
なんという美しく、はかなげな光景。まるで蛍の交尾のような。
それは、先程のトレアリィとの交わりと同じ種類のものでした。
その光を飲み干すように、プリシアが放つ白光は、銀河の体へと注ぎ込まれていきます。
その時、トレアリィはようやく悟りました。プリシアは、自分と同じ事をやったのだと。
「プリシア! まさかあんた!」
「それ以上は言わないで。『聞こえる』わよ」
プリシアは、強い口調でトレアリィがそれ以上言うのを押し黙らせました。
それを察したのか、トレアリィも一つうなずくだけでした。
銀河は何が何やらという顔をしましたが、そのとき、銀河の視界に、
<電文:プリシア>
という表示が入りました。それを視線でクリックすると、ウィンドウが表示されました。
しかしみんなには、それに気づいたそぶりはありません。
外からは見えない非表示ウィンドウの秘匿通信なのです。そこには、こう書かれていました。
《私はアキトと出会い、恋に落ちて駆け落ちしました。
が、アキトは年下愛好家≪ロリコン≫であって、自分が好きだから駆け落ちしたというわけではありませんでした。
だから最近彼は、自分に対して愛情を失っていたのです。
それに今更気がつきました。恥ずかしながら反省しています。
また、宿主の綾音のこともあります。
私がこのまま帰ったら、干物系の綾音は大いに困ることでしょう。
私はここにいたい。
だから、私はあなたの力になってあげたい。
その代わり、力を貸して。お願いいたします》
その言葉で、メッセージは終わっていました。
メッセージを見たとき、銀河は、綾音は困っているんだ。と思いました。
(今現出しているお姫様のプリシアも、潜んでいるぐーたら美少女の綾音も、みな綾音だ)
(だからこそ、彼女を助けてあげたい。トレアリィと同じように。ミャーコと同じように)
そう決意すると、銀河は綾音に力強く一つうなずきました。
その時です。
銀河達の脳内に、にっくきアキトの声が響き渡りました。
「全員、家を出ろ。案内のものが来るので彼らについてこい」
その言葉と同時に、複数の足音が部屋の外から聞こえてきました。
綾音とトレアリィが、緊張した表情で入り口を見ると、そこに現れたのは。
アキトのホログラムマン、壮健な格闘家の風貌のモンク。
同じくホログラムマンの、小柄な少年の格好をしたローグ、の二人でした。
「よお、元気だったか? ちょっと家から出て、艦の中に入ってもらう」
そこで、トレアリィは気になっていた質問をぶつけました。
上に行ってから見かけていない、母親ペリー王妃のことです。
「お母様は……」
「おう。ちょっとふざけたようで、マスターが眠らせたが今は起きてるぜ。先にマスター達が連れて行った」
そこで彼女の表情が、少し険しくなりました。
「命に別状はないのですね?」
「ああ、ぴんぴんしてるよ。起きたときに、このお返しは必ずいたしますからね、と怖いこと言ってたぜ」
「……」
そこでトレアリィはアキトが母親に何をしたか察しましたが、あえてそれには触れず、
「わかりました。無事ならよいのです。無事なら」
そう言って一つモンクを睨みました。
睨みつけられ、モンクは相棒のローグを見ると、おどけた顔で、
「おお怖え。さすがはグライス人のお姫様ってところだ」
「ですねー」
肩をすくめて言いあうと、さあ、行きましょう。お姫様方。とみんなを促しました。
その乱暴な命令に、皆は顔を見合わせました。
が、従わない理由も特にないので、皆は無言のまま、部屋を出てゆきました。
廊下を歩いていると、美也子は違和感に気が付きました。
「少し傾いてない?」
「艦自体が傾いているからなぁ。砲戦中なのと、大気圏離脱準備中だからな」
先頭を行くモンクが答えました。
「さて、出ましょうかお姫様方。お車がお待ちです」
「お待ちですよー」
そう言いながら大げさにお辞儀をして、モンクとローグのホログラムマンは玄関を出ていきました。
美也子は彼らの姿が見えなくなった後、舌を出して小さな声で憤ります。
「なによあいつら! まったく失礼な奴らね!」
「まあそんなに怒るな、ミャーコ」
銀河は、なだめるように言いました。
「あれも僕だと思えば、腹は立たないだろう」
「そんなこともう思えないわよ。銀河とあいつらが別人と分かった以上は」
そう言うと美也子は玄関で普段履きの靴を履きました。
「まあな」
そう言うと銀河も、通学時に履く黒革の靴を履いて外に出ました。
銀河は外に出るとあたりを見渡しました。
地球の裕福な街に近いような、しかし文字などは見たことがない街並みがそこにはありました。
その街並みには人気はなく、ロボットのみが寂しそうに動き回っているだけでした。
「こっちに集まってくれ」
天河家の門の向こうで、モンクのホログラムマンが呼んでいます。
「ここにいてもしょうがないし、行きましょうか」
「ええ……」
プリシア姫は美也子にそう言葉を交わし、先頭に立って歩いて行きました。
家を出る時、銀河は不安げな表情で振り返りました。
「家、ここに置いといていいのかなあ……」
「あとでアキト……、様に返してもらいましょうよ。わたくしから強くお願いしておくわ」
「そ、そうだね……」
「あたしはちょっと信用ならないけどね……」
銀河とトレアリィ、美也子がそう言い合うと、プリシア達の後をついて行きました。
そして、ホログラムマン二人の周りに銀河達が集まると、シーフのホログラムマンは誰かに呼びかけました。
「転送してくれ」
シーフがそう言うと、銀河達の周囲に青い光が輝き、その青光に一同が包まれました。
その光が消えると、新たな景色が現れました。
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