第23話 女子同士の戦いは醜くも美しい 11
自室の封鎖を、解除した途端。
ドアの前で仁王立ちしていた美也子を見るなり、天河銀河は一瞬、目を大きく見開きました。
が、すぐにいつもの笑顔に戻ると、
「お待たせ。じゃあ、皆が心配しているし、下に戻ろうか」
と言って部屋を出ようとしました。しかし。
美也子は、憤怒の表情で銀河の前に立ちふさがると、いきなり彼の頬を一発手で叩きました。
「わぶっ!?」
いきなりぶたれましたが、銀河はまたか、とは思いました。
学校で、帰り道のファーストフード店で。あるいはこの自分の家で。
自分が女子にぶたれたり、女子同士がぶたれあう修羅場を経験したことは何度もありました。
けれども。この痛みは、どこか特別な「重さ」を持っていました。
美也子を見やると、彼女の目からは、涙が溢れ出ていました。
「なによなによなによ!! いっつもいっつもあんたはこうやって女の子を部屋に連れ込んで! それでイチャイチャして!! それを横目にしながら御飯作ったり洗濯したりするあたしの身にもなってよ!! あたしはあんたの何!? 母親代わり!? それとも便利なメイド!? それとも女奴隷!? 一体なんなのよ!! さあ、答えて!!」
美也子の言葉の洪水を浴びて、銀河は一瞬心臓が止まりそうな感覚を覚えました。
が、その数瞬後には、答えは決まっていました。
(──決まっている。僕の答えは、いつもこうだ)
「決まってるじゃないか」銀河は美也子を不意に抱きしめ、力強く言いました。
「君も僕の大事な一人だよ、ミャーコ」
それに対し、美也子は涙目で、銀河の抱擁を強引に振りほどくと。
快音。美也子は、もう一発銀河の頬を叩きました。
そしてきっと、銀河を睨みつけます。
「何が僕の大事な一人よ!? あんた頭おかしいんじゃない!? もうっ、サイッテー!!」
そう言って、廊下へと飛び出そうとした時でした。
強い意志を持った手が、美也子の腕を掴みました。
美也子が後ろを振り向くと、銀河……、ではなく。
トレアリィが、彼女の腕をがっしりと掴んでいました。
彼女は美也子を、銀河の部屋の中へと引きずり込んでいきます。
「なっ、なによ!?」
意外に強い力に驚愕しつつ、美也子が抗議すると、頬に二発の衝撃が飛びました。
美也子は、反射的に自分の頬を手で抑えます。
「……なっ、なによ! この泥棒猫!!」
「何がドロボウですか。非礼を働いたのは、あなたの方ではありませんか」
トレアリィは、何者も許さぬという声で答えました。未だに光る間接照明が揺らめきました。
口調も、元のお姫様口調に戻っています。
「あなたもご主人さまを愛するものならば、妃の一人や二人、受け入れる器量の広さを持つべきでしょうに」
「それはあんたの星の常識よ!! あんたの星と、この地球とは違うのよ!!」
まあ、地球にも一夫多妻制の国は幾つもありますが……。
トレアリィは美也子の言葉を受け流すと、彼女を離し、冷静に言葉を返します。
「今は、こうやって言い争っている場合ではないはずです。我が国の救出部隊がここに接近している筈です。交渉次第にもよりますが、戦闘が始まるのはもはや避けられない情勢かと」
「そうでやんすね。アキトによると、先ほどあっしらの国の艦隊が探知しそうだみたいなことを言ってたでやんすし」
「でもっ……!」
それでも美也子は、諦めきれないという声を上げました。照明がまた揺らめきました。
(──なんでこの女の言うことを聞かなければならないの。なんで銀河を寝とった女に従わなければならないの。あんたなんかに……!)
彼女の心中が、氷のマグマのような何かで満たされた時でした。
「美也子」
銀河が、彼女をもう一度、背中からそっと抱きしめました。
美也子はその時、彼の体からかぐわしい匂いが溢れ出たのを、感じ取りました。
美也子の氷のマグマが、溶けてなくなっていくのが、彼女自身で感じられました。
(──なぜだか分からない。わからないけど、心が落ち着く。なんて気持ちいいんだろう。まるで、銀河とエッチしている時のような……)
静まった美也子に、銀河は子供をなだめるような声と表情で語りかけます。
「今はこの非常時だし、落ち着いて欲しい。君の力も必要なんだ。僕には」
「本当? 本当に?」
「ああ、本当だよ」
その言葉に、美也子は自らの拳を強く固めました。何かしらの決意を固めたようです。
そして、銀河に向かってこう言い放ちました。少しうつむき、目元を隠した表情で。
「……わかったわ。ならね。あたしは決めたわ。……銀河、あたしはあんたの地球代表の女になるから」
「……え?」
「だから……。最後にもう一度、殴らせて」
「……は?」
美也子は抱擁を無理やり解き、振り返ると、銀河の右頬をストレートで殴りました!
その表情には、あー、すっきりした! という言葉が浮かび上がったものでした。
とても気持ちよさそうですね。
「わぶっ!?」
美也子の気持ちがいい一発が入り、銀河は勢い良く床に叩きつけられると、何度も転がり、壁に強く激突しました。
「あいててて……」
頬をさすりながら、銀河は立ち上がります。
彼の唇のはしは、殴られたにもかかわらず、大きく歪んでいました。
(やれやれ。いつものように美也子を抱きしめたら収まったか。でもなんで抱きしめたりナデナデしたりするとみんな大人しくなるんだろう。……不思議だなあ)
そう思った時です。
大きな震動が、一つ、家中に走ったのは。
直下型地震が起きたかに思えましたが、それにしては震動があまりにも短すぎます。
「なっ、何!?」
美也子が、慌ててあたりを見渡した時です。
廊下から誰かが走ってくる音が聞こえたかと思うと、部屋に人影が飛び込んできました。
ほっそりとした、しかししっかりとした体つきを持った女性の影です。
美也子は、彼女を見るなり声を上げました。
「天宮さん!?」
天宮綾音──、いや、プリシア・リブリティアは部屋へと駆け込むと。
息もつかずに、その場にいた一同にこう告げました。
「我々と、グライス艦隊が、再び交戦を開始しました」
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