第21話 女子同士の戦いは醜くも美しい 9


 一方。銀河は自分の部屋で、裸のままベッドに横たわっていました。

 女と交わった後の心地よい疲労感と開放感、幸福感、そして満腹感が彼の身を包みます。

(──ふぅ、おなかいっぱいだ。ごちそうさまでした)

(彼女の味は、なんていうのか、パンばかりを食べた人が、ごはんと味噌汁と納豆と目玉焼きを食べた時のようなカルチャーショックというような)

(地球人というパンばかり食べていたから、トレアリィという日本のごはんは、本当に新鮮だった。彼女が持つ知識や能力、術力といった栄養もあって美味しい)

(特に術力というごはんの味は、格別だ。本当に、ごちそうさまでした)

(でも、美也子と綾音には悪いことをしたかな。こういう時にこんなことをするなんて。非常識なのかもしれない)

(……でも、しょうがないんだ。僕の体を奪い返すためには)

 自分にそう言い聞かせながら、銀河はゆっくりと顔を側に向けました。

 側では、トレアリィが目を閉じ、銀河の体に身を寄せていました。彼女のほんのりと温かいぬくもりが、触れた肌を通して伝わり、温い吐息が、彼の顔に優しくかかります。

 彼女の顔と体は、満足そうにも、少しぐったりしているようにも見えました。

 後悔の色さえ、わずかに浮かんでいるように思えます。

 銀河との交わりは、予想以上の疲労をもたらしたようです。

 ホタルのように、身から溢れ出ていた青い光は消えていました。

 銀河に術力を吸い尽くされたのでしょう。

まさに、銀河はトレアリィを食べ尽くしたのです。

 胸は双子の山のように大きく、体つきは、しっかりしていました。銀河の家にやって来た時にふらついていたのは、地球の生の重力に、慣れなかっただけのようです。

 彼女の裸身は、まるで女神の像のようでした。とても美しく、神々しく見えます。

 銀河は、その女神のような彼女の顔を見て、声をかけました。

「トレアリィ」

「……なんでございますか?」

 トレアリィはうっすらと目を開き、言葉を返しました。シーツがわずかに音を立てます。

「……今回の件は、一体どうなるの?」

「……おそらく、グライスだけでなく、ザウエニアやリブリティアの、この星への介入を招くことになるわ。わたくし達のステーションシップが、この星系近辺を航宙していた時、両国の情報収集艦などが、数隻航宙しているのを確認したから」

 トレアリィは、銀河の言葉に何事かを感じ、身を起こしながら言いました。

 神秘的な銀髪が、サラリと揺れます。

 彼女は先程までのほほ笑みを消し、政治の場に出た王女の顔になり、言葉を続けます。

「アキトはグライスの艦隊に勝てるのか?」

「いいえ。勝てる見込みは薄いはずよ」

 トレアリィは、すぐそばにあった端末を手にしつつ、即答しました。

 端末の光が、彼女の顔を浮かび上がらせました。その顔は確信の顔でした。

「先程リビングにいる時に、アキトの端末を探ってみたけど、彼が持っているのはこのシャルンゼナウ一隻だけのはずよ」

「……」

「無論、空母には可変型戦闘艇が搭載されていて、アキトが持つ人格プログラム達が乗り込むでしょうけれども、それでもわたくし達のステーションシップの護衛船団には、およそ対抗できないはずよ」

「そうなのか……」

「ですからアキトは、わたくしやお母様を人質に取りながら、交渉を行うものと思うわ。狙いは、地球の現状維持、そして自分達の結婚を認めてもらうこと」

「現状維持って……。君達の存在が地球に知れ渡った以上、現状維持は無理だと思うけど」

 銀河も、身を起こしながら言いました。その声には確かさがありました。

 月周辺での戦闘は地球からでも見えたはずだよなと、彼は先ほどディディが、TVで中継した映像を思い出しながら考えていました。

 事実、二人は知りませんでしたが、TVでは「月で爆発や震動」と言う速報が世界中を駆け巡っていました。そして各国首脳が電話会談を始め、各国の軍や宇宙機関、科学機関も、慌ただしく動き始めていました。

 たとえ異星人側が現状維持を決めたとしても、地球はそう望みませんでした。

 地球人は、自分達がこの広い宇宙でひとりぼっちではなかった、と知りました。

 動き始めたのです。内でも外でも。

「ええ、その通りよ。ご主人さま」

 トレアリィは銀河の手に、自分の手を重ねながら言いました。

 その温かいぬくもりが、銀河に伝わってきて、その確かさに胸をなでおろします。

「今までの他異星知的生命体との接触経験から言うと、このような突発的ケースでは後戻りできないことが多いわ。問題解決後、一気に当該星との交渉に雪崩れ込むケースが多いわね」

(──君達は始めっからそれを狙っていたけどね。トレアリィ)

 銀河は心のなかで、そうつぶやきました。

(トレアリィは僕を本気で惚れているようだし、イズーの事が本当に怖くて逃げていたみたいだから許してあげるけど、ペリー王妃は、こうなるようにすべて仕組んでたんだ。人質になるのは自業自得だ)

 自業自得。

 銀河は、薄暗い部屋の奥を見つめながら、もう一度心の中でつぶやきました。

(自業自得なのは、僕の方かもしれないな。……いけないいけない。ちょっとシリアスになりすぎてるかも)

 銀河は自嘲すると、トレアリィに向かって言いました。

「問題の解決ねー。具体的には、アキトとプリシアが捕まることだよね?」

「そうよ。ザウエニアとリブリティアの目的は、駆け落ちしたお二人を連れ戻すことよ。それだけが二カ国にとっての問題ですから」

「アキトはともかく、プリシアはどうなるんだ。彼女の肉体は?」

「即座に精神と肉体の分離処置がされて、肉体の人格は元の人格だけになっちゃうわ」

「それは困ったな……」

「どうして?」

「……あいつの中の人、綾音がプリシアを頼りきっているんだ」

 銀河は、頭を掻きながら言いました。それは銀河にとって一大事だったからです。

 彼の言葉に、トレアリィは目を丸くしました。はじめて聞くことだったからです。

「プリシアを、頼りきってる……?」

「そう」

 銀河は、ため息をついて言いました。

「綾音本来の人格は、干物系女子なんだ」

「ヒモノケイ?」

「うーん」

 銀河は、もう一度頭を掻き説明します。

 目の前にいるお姫様にわかってもらえるかどうか、自信はありませんでしたが。

「外では立派だったりするけど、家の中ではだらしない格好とか生活をしている女性、のことを言うんだ」

「まさか、プリシア皇女って……」

「その綾音の外での部分を担当していたんだ。学校とか街ではプリシアが表に出て綾音のふりをして、家では綾音がぐーたらやっていたんだ」

「そうだったんですか……。あの女が……」

 トレアリィは、首を傾げました。意外な場所に宝物を見つけた時のような顔で。

「ならば……、その綾音のためにも、あの女は残ったほうがいいのかもしれないけど……」

「そうもいかないでしょ?」

「ええ……」

 銀河の指摘に、トレアリィはちら、と下を向きました。

 でも。ご主人さまのためにも、あの女は帰った方がいい。

 彼女の心のなかには、わずかに嫉妬の炎が揺らめいていました。

(あの女が連れ戻されれば、それなりに刑罰は受けるでしょうし、そのほうが銀河系のためにもなる。でも、ご主人さまは、あの女もひっくるめて、あの宿主のことをお好きになられているようですし……。どうすれば良いのでしょうか……)

(わたくし、トレアリィ・グライスは)

「……トレアリィ?」

 そう大きな声で呼ばれ、彼女は我に返りました。

 そして自分の内心をさとられまいと、平然を装った顔で言いました。

「あっ、はい。彼女が、地球に居続けられる必要、理由があれば、良いと思うけど。それも、帝室の方々が納得できる理由が……」

「プリシア皇女が、地球に居続けられる理由か……」

 彼女の言葉を聞き、銀河は考えこむ顔をしました。それはプリシアというよりは、綾音のための思案です。

(プリシアが地球に居続けられる理由……。……はっ、これがあるじゃないか!)

 銀河は、何かを思いついた顔を見せ、言いました。その表情には笑みが浮かんでいました。

「僕が彼女を嫁に迎えるというのは?」

「ええ!?」

 トレアリィは絶句しました。再び、夜より深い静けさが部屋を包みます。

 銀河はすぐさま言葉を継ぎました。空気はそこにあるじゃないか、というような声色で。

「当然、トレアリィ。君も嫁に迎えるよ」

「そういう問題じゃありません! ご主人さまはそれでいいのかもしれないけど!」

「みんなで暮らせば楽しいって!」

「ですから! ……」

 言葉を続けようとしたトレアリィでしたが。

 銀河の、海は広くて大きいだろ、というような目を見ると、小さくため息をつきました。

 それでも、何か疑問が浮かんだようで、言葉を続けます。

「それに……。地球の結婚制度はどうなっているんですか?」

「この日本では一夫一婦制だね。六法全書、法律の本にもそう書かれているし」

「ダメじゃないですか!」

 トレアリィに突っ込まれても、銀河は続けました。瞳には真っ直ぐな意志がありました。

「大丈夫だよ。君達の国に婿入りするか、日本の法律を変えてもらうから。君達の圧力で」

「そっ、それは……」

 トレアリィは言葉に詰まりました。明かりがため息のように揺らめきました。

(まったく、何を考えているのでしょうか。ご主人さまってば。しかし、あの女の宿主のことを考えると、ちょっとは考慮に入れてもいいのかもしれない。でも……)

 そう思うと、トレアリィは銀河に尋ねます。もうちょっと何かないの、という顔で。

「でも、他に選択肢はないの? ご主人さま?」

「そうだなぁ……」

 銀河は考え、すぐさま、じゃあ、と続けました。

 その顔は、これなら勝てるという、自信に満ちたスポーツマンのような顔でした。

「例えば、彼女をリブリティア大使として認めるとか。プリシアが地球に居続けられる理由としてはこれ以上ないとは思うけど」

「そういうことは最初からおっしゃってよ! もう!」

 そう叫ぶとトレアリィは、銀河の肩を少し強く押しました。

 それから彼女は黙ってベッドから降り、テーブルの上にある自分の服を着始めました。

 でも、いい案だとは思いますわ、とトレアリィは裾に足を通しながらうなずきました。

(大使か、留学生、あるいはそれに準ずる地位や役割としてならば、地球に居続けることはできる。それは自分にも適用されてもいいことだし。あの女を支持しておけば、わたくしもご主人さまのそばに居続ける事ができる)

(わたくし、頭いいっ。……それに、今考えるべきことはそれじゃないし)

 彼女は気がついていませんでしたが、この時、もし誰かが見ていれば気がついていたでしょう。二人の会話やしぐさは、仲の良いカップルのそれであることに。

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