第20話 女子同士の戦いは醜くも美しい 8
一方、天河家一階のリビングでは。
「あー、銀河くんと美也子さんが作ってくれたご飯、美味しいなあ〜。だから稽古後に遊びに来ちゃうのよね〜」
「あんたは銀河(の体)目当てでしょうに……」
「なにかおっしゃりました? 美也子さん?」
「……いえ、何もー」
家にやってきた天宮綾音ことプリシアが、銀河のためにミャーコこと猫山美也子が作った晩御飯をもりもりと食べているのでした。時折、部活の後に銀河の家に遊びに来て夕食を食べることはよくあることなのですが、この非常事態においてもいつものように、美味しそうな顔で夕食をもりもり食べるというのは、なんという胆力なのでしょう。
「美也子さ〜ん。おかわり〜」
「はいはい……。まったく、こんなときもご飯だなんて、天宮さんは豪胆よね……」
と、綾音にご飯をよそった美也子は、台所に戻ると、
「おっそいわね……。ふたりとも……」
自分のスマホを見ながら声を上げました。苛立った猫のように。
リビングの明かりは、窓の外の地球とは異なる街並みを浮かび上がらせています。
そのビル群はどこか城塞を感じさせるようでした。
一方、銀河の体を奪い取ったアキトは、二人のやり取りを見ると、ふっと、笑い、それから自分の端末を見ました。余裕しゃくしゃくの表情でした。
しかし、何もしてなかったというわけではありません。
「おそらく、もうしばらくしたらグライスの艦隊が我々を見つける頃だな。備えよう」
そう言うと、端末を操作し、次々とナノクリスタルコアを出現させました。
微小機械や物質製の物体を、動作させるときに使われる青白いクリスタルです。
そのクリスタルは光り輝くと、小さな人間の形を作りました。
アキトが持っている人格プログラムが、実体化した姿。
小人のような大きさのホログラムマンは、大きな木目調のテーブルの上に立ちました。
ホログラムマンは、十センチ程度から十メートルぐらいまで大きさを変えられるのです。
「よお、マスター。参上したぜぇ」
そう言って現れたのは、
彼はアキト、いや、銀河の姿とは違い、筋骨隆々とした男の姿をしていました。
人格プログラムは、ナノクリスタルコアにインストールし、ナノマシンやナノマテリアルにより実体化することにより、ホログラムマンとして独立して行動できるのです。
そして机の上に、次々とホログラムマン達が現れました。
「戦士、参上しました」
「メイジ、参上したぞい」
「ローグ、呼ばれて参上いたしましたっ!」
その他にも何十人もの小さな擬似人間達が、テーブルの上に揃いました。
彼らの姿を確認するとアキトは、
「みんな、わかっているな。おそらくもうまもなくすれば、グライスの艦隊がペリー王妃とトレアリィ姫を『救出』しに来る」
そう言って目の前の椅子に座っているペリー王妃と、そのそばに立っているメイドホログラムのディディの姿をちらっ、と見ました。
それに対してペリー王妃は、仲の良くない国の首脳と会見する時のような、険しい顔つきを見せました。ディディも、同様です。
彼女らの態度に対し、何事もないような表情と口調で、アキトは言葉を続けます。
「それに対し、我々は防衛行動を取る。各自日頃の訓練通り持ち場に展開し、防衛に応れ」
「了解!」
机の上のホログラムマン達は青白い光に包まれると、その後には全員姿を消しました。
「これで準備の一つはできた。……さて」
彼らの様子をただ黙って見ていたペリー王妃は、そこで背筋をぴんと伸ばし、アキトに相対しました。
「……アキト殿下。あなたは今何をしているかわかっておられますよね?」
「わかっている」アキトは顔をニヤリとして言葉を続けます。「わかっているからこその行動なのだ。あなた方は地球に対して有利な交渉を得るために、あのようなことをした。我々も同じなのだ。我々はあなた方に有利な交渉を得るために、こうしている」
「ならばこのような場ではなく、公式の場で交渉すべきなのでは? 例えば、我々のステーションシップで」
「今の私達が公式には行方不明になっている以上、表の場に出ることは許されません」
アキトの隣に座っている天宮綾音、いや、プリシア・リブリティアは、動かしていた箸を置くと、優しげな表情の中に何かを秘めながら言いました。
「私の望むことはただ一つ。私達と、地球の民をこれからも静かに、穏やかに、平和に暮らさせてほしいことだけです。それだけです」
「……」アキトはわずかに片方のまゆを上げました。「プリシアもこう言っている。ペリー王妃、グライス艦隊に、これ以上の私と地球への干渉を止め、撤退することを約束して欲しい。そうすれば、殿下と王女を『自由』にしてやってもよいとこちらも約束する」
「それならばまずは、この転送波妨害を解除してくださるかしら?」
「それは今の要求を了承なされてからです。陛下」
お互いの言葉を聞いて、双方は黙りました。
どちらかが譲らないと、何も始まらない状況です。
いや、始まらないどころか。戦いは、既に始まっているのです。
リビング中を包む険悪な空気に触れ、美也子は大きくため息をつきました。
(なんなのよこれ……。まるで、運動会とか学園祭での役割分担を押し付けあう時のような嫌な空気……。ここから逃げることできないかしら……)
そう思った時でした。訛りのある救いの声が、頭のなかに響いてきました。
〔美也子はん美也子はん〕
〔ディディ!?〕
ナノコミュニケーターによる脳内秘匿通信です。
彼女の言葉を聞き、美也子は迷子の時に母親の声を聞いた時のような思いを抱きました。
〔どうしたの?〕
〔いや、こんな首脳会議のまっただ中に放り込まれて、あんさんが嫌な思いしてないかと思ったでやんす〕
〔ありがと。こんな学校のいじめがあった後の学級会をさらに重くしたような空気……。早く抜け出したいわ〕
〔なら、銀河はんとトレアリィ姫さまの様子を見に行くというのは、どうでしょうかねえ?〕
〔!〕
ディディの提案を聞いて、美也子ははっ、となりました。忘れ物に気がついた時のように。
(そういえばあたし、さっきまで銀河のことに気にしてたじゃない。忘れてたっ!)
そう思うと、美也子は急にソファから立ち上がりました。
「どうなさいました猫山さん?」
「あ、綾音さん。ち、ちょっと銀河の様子を見てくる。つついでに、あの姫様の様子も」
美也子はそう言い訳しました。
言いつつも、リビングの出口の方へと向かいます。
ディディも、そそくさと美也子の後を追います。
「あっしも姫さまの様子をみてくるでやんす〜」
「とか言ってここから逃げ出すなよ。私のホログラムマンが見張っているからな」
「わかっているわよ!」
「いってらっしゃーい。娘に致したか聞いてくるのよー」
アキト達に見送られて、美也子とディディは銀河の部屋へと向かいました。
(まったく……。いけ好かないやつよね、アキトって皇子様……。まあ銀河とアイツって、似たところがあるけどね。似た者同士だから、アイツは銀河に取り憑いたのかしら?)
そんなことを思いつつ、ディディを連れて二階へと上がる美也子でしたが……。
そこで見た銀河の部屋の扉は、真っ白い壁になっていました。まるで国境の壁のように。
「え、ええっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
美也子は、彼女と銀河を遮る壁の前で、そのまま立ち尽くす他ありませんでした……。
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