第19話 女子同士の戦いは醜くも美しい 7

「どうしました? ご主人さま?」

「トレアリィ……。今君は、今の僕は人工生命体だと言ったよね?」

「ええ、それがなにか……?」

「今の僕は、ディディと同じ状態なわけだよね?」

「あ」

 銀河の問いに、トレアリィははっとした顔を見せました。

 それから、布団においた端末を手にします。

 しかし彼女の一連の動作は、銀河には女優の芝居のようにも思えました。

「ちょっとご主人さまを調査するわ。じっとしてて……」

 そして、視線などで幾つかの操作をすると、銀河の体に端末を掲げました。

 端末から青い光が走り、銀河の体にいくつもの線を描きます。

 銀河は目を細めました。かりそめの目でも眩しかったからです。

 青い光線はしばらく銀河の体を上下動していましたが、やがて消えました。

 その間何かしらの作業をしていたトレアリィは、今度は端末をテーブルの上へ向けます。

 端末が、再び光を放ちます。その光は、空中にホログラフィの画面を形作りました。

 画面には、幾つかの図表などが表示されました。地球のものではない文字や数字です。

 画面の数値などをしばらく見ていたトレアリィでしたが、やがて、うんうんとうなずくと、銀河に向かって言いました。

「ご主人さまの情報を調べてみたけど、知的生命体の意識、肉体エミュレーションだけど、動作システムは、ディディの二世代前の、動作システムで動いているわね」

 彼女はホログラフィ画面を一度見て、やっぱり、という顔で小さくうなずきました。

 何か面白いことに気がついたようで、彼女は会心の微笑みを浮かべています。

 トレアリィは、再び銀河に顔を向けると、説明を続けました。

「アキトの端末の動作システムも、ディディと同じ銀河シェアトップのものよ。多分地球に来たのがちょっと前で、アップデートが行われていないせいだと思うけど」

「やはりな」銀河はそこで、唇のはしを大きく歪めました。「僕の『体』をアップデートなりすれば、ディディと同じ能力が使えるってことか」

「それだけじゃないわ」姫は彼に向かって微笑みました。「この端末に権限を移せば、アキトに歯向かっても彼は機能停止などの動作を行えなくなるわ」

「余計な邪魔はされなくなるということか。でも……」

「なに?」

「この話、アキトに聞かれてない?」

「大丈夫よ!」銀河の不安に、トレアリィは満面の笑みで答えました。「この部屋は量子的にも封鎖されていますので、テレパシーも何もかも、ここに届くことはないわよ」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。今まで、アキト達にはおろか、ディディの声も入ってこないでしょ?」

「でもディディって……」

「ナノクリスタルコアで独立動作しているから大丈夫。その点も心配しないで」

「そうか……」

 その言葉を聞いて、銀河はほっと胸をなでおろす動作をしました。

 これならば、ここで何をしても大丈夫そうです。

「じゃあ、やってもらえるかな?」

「はいっ、ご主人さま」

 そう応えるとトレアリィは端末から手を離しました。

 すると、端末が宙に浮かびました。端末が重力制御で浮かんでいるのです。

 彼女は宙に浮かんだ端末の前で、指で何事かゼスチャーをしました。

 次の瞬間、端末の前の空間に赤い光が溢れ、ある形を取りました。

 それは、ホログラムとナノマテリアルで形作られたキーボードでした。

 さらに、端末の周辺にホログラムウィンドウがいくつも展開され、その様は、宇宙船のコックピットのようにも見えます。

 トレアリィは、キーボードを叩き始めました。

 何かを考える様子で顔を傾けると、銀髪も綺麗に流れます。

「権限奪取はちょっと困難ですが、時間をかければそう難しいことではないわ。そのための領域封鎖ですし。ただ、難しいのは管理者権限を奪取しても、それが元の持ち主に気づかれないことです」

「つまり?」

 彼女のなめらかな指付きが、光をまとったキーを叩き続けます。

 目の前のホログラム画面に文字や画像などが次々と流れる風景は、滝のようです。

 トレアリィは画面を見つめながら、真剣な顔つきを崩さずに言いました。

「元の持ち主の権限をあえて残して二重権限にしておき、現在の持ち主の権限、つまり、わたくしの権限を、その時まで隠蔽しておくことが必要なの。それができるかどうか……」

「大丈夫?」

「この端末、元は軍用なので、それ用のドキュメントも多数記載されております。なので、わたくしでも大丈夫かと思いますが……」

 そう言うと、トレアリィは押し黙りました。

 銀河も、黙っていました。夜以上の静けさが、部屋を包みます。

(今はトレアリィを信じるしかない。でも、失敗したらどうしよう……。ええい、その時はその時だ。また何かの手が浮かんでくるさ。でも……)

 銀河が、拳を静かに握ったその時でした。

「やったわ!」

 トレアリィが、満面の笑顔を見せて言いました。銀髪が、波打って揺れます。

「できたのか!?」

「はい、ご主人さま! 権限奪取に二重権限化、権限隠蔽作業すべて終わりましたわ!」

「これで、あいつから意識だけは自由になれたってことだな」

「はい、これで大丈夫だと思うわ。実際には、下に降りてみないとわからないけど……」

「次はアップデートだな」

「さっそくとりかかるわ」

 トレアリィは、ふたたび忙しくキーボードを動かし始めました。指が踊ります。

 が、銀河はちょっと気になることがあって、その様子を覗き込みながら質問します。

「ねえ、この部屋領域封鎖されているとか言ったけど、宇宙にいる船とかと通信しないでアップデートできるの?」

「それは安心して。この端末のアップグレードは、必要な更新プログラムなどのアーカイブをすべて一度この端末に保存してからアップグレードするのよ。だから一旦ダウンロードしてしまえば、ネットワークに接続していなくてもローカルでアップグレードできるわ」

「なるほど……」

 トレアリィの自信たっぷりの表情に、銀河は、自分も自信がわいたような気がしました。

 しばらくして。

「アップグレード、終了しました! 再起動しますね。……ちょっとだけ意識が飛びますけど、問題無いですわ。ご主人さま」

「うん」

「では、いきます」

 そうトレアリィが言うなり、彼女は再起動を促すウィンドウのボタンをクリックしました。

 すると、銀河の体がすうっと消えました。

 彼がいた場所には、ナノクリスタルコアが、水に浮く浮きのように浮かんでいました。

 が、それも一瞬のことでした。

 コアが青く光り輝くと、放たれた光が形を取り、すぐさま、人の形を取ります。

 再び現れた銀河は自分の両腕を上げると、手のひらをまじまじと見ました。

「生きてる……?」

「はい、生きています。ご主人さまっ。おかえりなさいませ」

 トレアリィが、笑顔で帰ってきた銀河を出迎えました。

 その顔は皆と一緒にいた時には、見たことのない顔でした。

 笑顔とともに、キーボードやウィンドウが次々と閉じていきます。

 そのさまに銀河の頬も緩みました。

 しかし、それでもまだ、異世界転移した地球人のような顔をしていました。

「これでアップグレード終了?」

「はい、ちょっと『ウィンドウよ出ろ』とでも考えてみて」

「あ、うん」

 銀河が言われたとおりに念じると……。

 彼の周りに次々と、様々な情報が書き込まれたウィンドウが展開されていきます。

「あ、色々出るなぁ……。ってウィンドウがぁぁぁぁ!?」

「ご主人さまっ!?」

 見れば、銀河の周りをウィンドウが埋め尽くしていくではありませんか。

 まるで一昔前のブラウザクラッシャー、通称ブラクラのようです。

「ああああわてないでご主人さまっ!? 閉じろと念じてください! 閉じろと!」

「ええと……。閉じろ閉じろ閉じろー!!」

 銀河があわてて叫ぶと。

 ウィンドウの増殖がピタッ、と止まりました。

 そして次々とウィンドウが消え、隙間から彼の体が見え始めます。

 そして、三、四枚あたりまで数を減らすと、銀河は大きくため息を付きました。

「ふう、どうなることかと思った……」

「もう、調子に乗るんですからっ……。慣れないうちは気をつけてくださいませ」

「ごめんごめん。……でもこれで、ディディと同じことができるようになったんだよね?」

「はい、ご主人さま。機能的にはディディと同等で、これに知的生命体の柔軟さが加わり、情報生命体としては最強クラスね。これで、対人戦闘から超大型航宙艦による対艦戦闘まで、一通りこなせるようになりましたわ。詳しくは、マニュアルをご覧になってくださいませ」

 トレアリィの言葉を聞きつつ、銀河はウィンドウをいくつかいじり、うなずきました。

 それから、ウィンドウをすべて閉じると、

「まあこれで一安心ってわけだよね。さあ、下へ戻ろうか」

 そう促しました。その声には、もうすることはないよね、という言葉が含まれていました。

 しかし。トレアリィが、首を横に振って、こう返しました。

「いいえ、まだやり残していることがあるわ。ご主人さま」

「何が」

「エネルギー供給です」

「エネルギー、供給……?」

 銀河が首をかしげると、トレアリィはベッドから立ち上がり、銀河のそばへと歩み寄ります。

 彼女のその姿は、はかない遊郭に売られた少女にも見えました。

「情報生命体はそれ自体もエネルギーを生み出しますが、外部からエネルギーを注入することで、より強力な能力を起動することが可能になりますの」

 銀河のそばへと歩み寄った彼女は、彼の手を取ると、立ち上がらせました。

 光をわずかにまとった銀河は、銀髪の少女のかぐわしい匂いにかすかに心が揺れます。

 彼女は、一体何が言いたいのでしょうか。

「また情報生命体は精神生命体を模したものであり、構造的にも互換性を持ちますの。当然、精神生命体もしくは術力マナが使える生命体からエネルギーの注入が行えますの」

「で、何を……」

 銀河がそう首を傾げた瞬間でした。

「今から、術力を注入してあげます」

 トレアリィはそう言うと。

 目を閉じ、唇をすぼめ、そのまま銀河に顔を重ねました。それはまさに。

 口づけでした。

「……!」

 銀河は目を大きく見開き、そのまま息を呑みました。

 いきなりエネルギー注入だとか言って、キスとか!?

 彼女の体が、青色に淡く光輝きました。術力の放出をはじめたのです。

 それに合わせ銀河の体も同じく青色に淡い光を放ちました。術力を吸収しているのです。

「んっ、んっ……」

「んっ、うんっ……」

 そして、トレアリィの体が重くのしかかります。

 女の子だから軽いはずなのに。何故か、体が重い。

 そのまま二人は、キスをしながらベッドに勢い良く倒れ込みました。

 柔らかい空気が抜けるような音がして、布団がくぼみます。

 そのまま、幾ばくか時が過ぎ去りました。静けさは、部屋の闇を深くしていきます。

 トレアリィの息遣いが。心臓の鼓動が。銀河の体にわずかに伝わってきました。

「ん、ん……」

「うん、んんっ……」

 銀河の体の中に、力がみなぎってくるのが感じられます。青く、暖かい力が。

(これが、術力マナを注入するということなのか……)

 彼は驚きながらも、気持ちが高揚するのも、また同時に感じていました。

 トレアリィは長い間キスをしていました。

 そして、ようやくのことで口を離し、頬を僅かに赤らめて言いました。

「これが、グライスでの、姫が殿方にする、術力注入のやり方の一つなのよ……」

「やり方の、一つって……」

 銀河は目前の姫君に、尋ねました。

 その声には、母親を見つけた時の迷子の子供のような、色がありました。

 やっぱり。誘っていたんじゃないか、と。

「方法は一つじゃないわ」トレアリィは笑みを絶やさずに続けます。「直接的な肉体の接触であれば、なんでもいいのよ」

 トレアリィは、片方の腕を腰に動かしました。

 そして、ピッタリとした服に付いているボタンの一つを押します。

 押すと、軽い空気音と共に、服が一気に緩みました。

 同時に、腰の部分で一体化していた服が分割されます。まるで初めから分割線があったかのように。

 彼女は、目の前にウィンドウを表示させました。

 それから、ウィンドウに表示された文字を何度か叩きます。

 すると、銀河が『着ていた』制服が消え失せました。

 彼は、生まれたままの姿へと変貌しました。

 微小機械ナノマシン微小物質ナノマシン製ですが、まごうことなき、引き締まった地球人の男子の裸です。

 トレアリィは銀河の裸身を微笑すると、彼に向かって言いました。

「特に、局部同士の接触は、かなりの術力や情報を交換できるのよ……」

 微笑みながら、トレアリィは自分の服に手をかけました。

 そして、和装のようにすらりと脱ぐと、美しく豊かな裸身が姿を表わしました。

 彼女の体は、うっすらと青く輝き、まるでホタルが集まったかのようでした。

 そして、トレアリィは銀河の体にまたがると。

 もう一度口づけをしました。

 今度は、深く、長く。強く……。

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