第18話 女子同士の戦いは醜くも美しい 6

「わあ……っ、これがご主人さまのお部屋なのですね……」

 天河銀河の部屋に入ったトレアリィ姫は、目をきらきらと輝かせました。

 部屋は、白い壁の十畳程度のクローゼット付きの洋室でした。

 南と西に窓があり、他の面と窓がない場所には本棚や机。

 それに木製の大きなベッドや、広々としたクローゼットなどがありました。

 中央には大きなテーブルが置かれ、本や飲み物など、様々な物が置いてあります。

「コンパクトにまとまってて、綺麗な部屋ですわねー」

 部屋の様子を見て、トレアリィは微笑みました。

 彼女の口調は、ちょっとくだけたものになってきました。

 先ほどの態度を見せてしまった以上、隠す必要もなかったからです。

「いやいや。結構汚いよ、僕の部屋」

 見れば机の上には、机のそばにあるパソコンのキーボードやマウス、液晶モニタやスピーカーや、様々な小物などが置かれています。

 棚にはプラモ、フィギュアや小説や漫画の単行本。

 床には、本棚に置ききれなかった本や雑誌の山が置かれています。

 ちょっと物が溢れ過ぎな気もしますが、男子にはよくある部屋の光景かもしれません。

 実を言うと、部屋の棚には綾音が作ったプラモが置いてあり、銀河の彼女(?)たちが泊まりに来たときに着るパジャマとかがクローゼットにあったりするのですが、さすがにそれをトレアリィに言うわけにはいきません。言ったら修羅場確定です。

「いいのよっ。物質にあふれた生活。それもいいものだもん。わたくし達は何でもかんでも情報化しちゃうから……」

 銀河に言われても、トレアリィは笑顔を崩しませんでした。わずかに空気が緩みます。

 それから彼女はドアの方を見やり、

「さて、クソ姫とかの邪魔者が入ってこないように……」

 と少しヤンキーな口調で言うと、端末をドアにかざし、操作しました。

 端末から眩しい白光が溢れ、ドアにかかります。

 するとどうでしょうか。ドアが、壁と一体化していきます。

 そして、ドアは影も形も見えなくなりました。

 トレアリィは同じことを窓や壁、天井や床などにも繰り返すと。

 部屋にあった窓はすべて、ドアと同様に消えてしまいました。

 部屋は光が遮られ、真っ暗になりました。これでは何も見えません。

 その時、端末からいくつもの光が飛び出しました。まるで放たれた蛍のように。

 白光は部屋の四方で輝き、間接照明になりました。

 トレアリィの体が闇の中で浮かび上がり、どことなく艶めかしく見えます。

「これは……」

「入口や窓などを情報封鎖しました。これで誰も入れず、覗けなくなったわ、ご主人さま」

「……誰も見たり聞いたりできなくなったの?」

「はいっ」

 影が差す顔で銀河が言うと、トレアリィも、どこか妖艶なほほ笑みで返しました。

 その姿は、どことなく床入りする前の花魁のようにも思えます。

「さて。本題に入りましょうか」

 トレアリィはベッドに腰掛けると、そう切り出しました。

 丸い尻のラインが、布団の中へとふわっと沈みます。

 彼女が黒い端末をそばに置くと、端末も同じように浅く沈みました。

「本題……」

「ええ。わたくしトレアリィ・グライスは、微力ながらご主人さまの手助けをいたします」

「手助けって……」

 銀河は、目の前の遊女姫を見つめました。その言葉を、飲み込めないような目で。

 でも、これは強力な味方を得たのかもしれない、と思いました。

(これであのアキトに、仕返しができるかもしれない。体を、取り返せるかもしれない)

 微小物質ナノマテリアルで構成された体が、わずかに熱くなります。

「ご主人さまに、何かしてあげなきゃと思って……。それに……」

「それに?」

「アキトは口ではあんな強気なことを言っていても、実際には無能な働き者だわ」

「うん? ……ああ」

 可憐な姫の言葉を聞いて、銀河は一瞬首を傾げましたが、すぐに飲み込みました。

 それは。

「それは……、アキト皇子は姫巫女が嫌で綾音……、プリシアと駆け落ちしたことか?」

「ええ、そうよ」

 トレアリィも、小さく首を縦に振りました。

 その目には、冷静な指揮官のような色が浮かんでいました。

「アキトはやるべきことやっていないもん。姫巫女の件だって、意見や交渉で契約を先送りしてみるとか、解消できたはずだし。それができずに、好きな彼女と逃げ出したということは」

 彼女は、一旦言葉を切りました。そして、何かを押すような口調で言いました。

「彼は皇族の義務を放棄したということよ。これ一つをとっても、アキトって、本当は情けない奴と言えるわ」

「あいつはヘタレということか」

「ヘタレ……?」

「情けないやつ、優柔不断なやつ、臆病者、弱虫、意気地なし、ってことだよ」

「なるほど。そういう言葉がこの星にはありますのね。あいつにぶつけたいくらいだわ」

「それよりも……」

 銀河は、机の前にある自分の椅子に座りながら、言いました。

 その口ぶりには、まだ道を探しているような響きがありました。

「それでもあいつは力を持っている。宇宙船もあるし、転送も妨害されて出来ない。どうやって体を奪い返すか……」

 トレアリィは伏目がちになりながら言います。その言葉には僅かな道がありました。

「宇宙にいるみんなも黙っていないし。艦隊や特殊部隊を投入するなどの方策で、必ずわたくし達を保護しようと動くはずよ」

 それからトレアリィは顔を上げ、銀河の方に向けました。

 体も動き、ぴっちりとしたラインの服に覆われた胸がおおきくたわみます。

(誘っているのだろうか?)

 銀河は疑いましたが、それを尋ねるわけにもいきません。

「それに、他の勢力も黙ってはいないし。ステーションシップの動きや通信などから、この星系近辺を航行しているザウエニアやリブリティアなどの艦隊もすぐに駆けつけてくるはず。増援もあるかも。戦闘か、それに近い行為が起こることはほぼ間違いないわ」

「その時が狙いか……」

 銀河は、首を傾げました。部屋の四隅の光が揺らめきます。

(様々な勢力が、トレアリィとアキト達をめぐって介入してくる……。その時がチャンスだと。その混乱の時に、何かできるかもしれない。でも。でも、一体何ができるのか?)

 その疑問を察したかのように、トレアリィは言葉を続けました。

「例えば、アークシャードを祖とするザウエニア、リブリティア、グライスの三国は、兵器体系も似通っていて、その中の一つに、人型に変形する兵器というのがあるわ。これは、意識や人工知能などをその兵器に移しダイレクトに操作ができるの」

「そんなものがあるのか」

「ええ。これは宇宙での姿勢制御には、人型が有効であるというのが昔の研究で実証されていて、それにより多くの兵器において、人型に変形するものが存在するの。あと、術法などを艦隊戦闘スケールまで拡張、強大化するための『鎧』として、使われるのもありますけどね」

「で」

 それからトレアリィは、銀河の薄っすらと光り輝く体を見やりました。

 そして、うっとりするような目を見せます。

(また誘っている?)

 銀河は心の奥で、疑い深い目をしました。

 彼女が、本題とは別の話題を進行させているようで、彼の心はどうにも落ち着きません。

「今のご主人さまは、ナノマテリアルなどで構成された人工生命体になっておられるので、可変戦艦などに乗り移って戦うことができるわ。今ここに乗れる艦艇があればだけれど」

 トレアリィのその目があまりにも艶めかしいので、銀河は少し胸が高鳴りました。

 今は量子生命体なので、実際には心臓はエミュレートですが。

(明らかにこれは誘っているじゃないか……?)

 しかしその時、銀河はあることに、はっと気が付きました。

 気付かされ、ついさっきとは別の意味で、胸が高鳴ります。

(僕が、ナノマテリアルによって構成された人工生命体だって……? もしかして)

 何かを見つけた銀河は、椅子から立ち上がると、トレアリィに近づきました。

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